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まあそれは置き、振袖娘は二種類の甘酒をいたくお気に召したようだ。箸休めに出した醤油煎餅も二度漬けの濃厚な品を選んだのが正解だったらしく、小気味よい音を盛んにさせ満面の笑みで食べている。と思いきや甘酒のお椀を口元で傾けしばし恍惚とし、次いで煎餅のバリバリ音を高らかに響かせ、再びお椀を・・・といったひと時を振袖娘は堪能していた。その様子を、俺も負けぬほどのニコニコ顔で堪能させてもらった。二種類の甘酒と三枚の煎餅をすべて平らげ、やっと己を客観視できるようになった振袖娘が、「翔さん酷いです」と今度は演技抜きで涙ぐんでしまったのは、ちょっぴり可哀そうだったな。
認めたくないが母さんのお陰で泣く女性にそつなく接することが出来るようになった俺は今回も手際よくこなし、本命の話題を自然と始めることに成功した。本命の話題は、土地神巡りの再開だね。年内再開という大雑把な目標にしたのが仇となり、既に半年が過ぎてしまっていたのだ。と反省していたのだけどなんと昨日、酒粕甘酒と講義を新たに加えることになったのである。塞翁が馬というより予めそう決まっていたような気が、しきりとする俺だった。
振袖娘とは長い付き合いということもあり、土地神巡り再開の予定はサクサク決まった。また名家巡りでの失敗も、つまり分身のみをテレポーテーションさせた失敗も役に立った。失敗前は土地神巡りも30の分身で30箇所を一気に訪れる予定だったが、それを改めたんだね。そうはいってもデータも取りたいから、肉体で1箇所訪問し分身で1箇所訪問するという、2箇所同時開催にしたけどさ。
甘酒と煎餅を楽しんでもらえたし決めるべきことも決めたし、今回も会合を無事終えられた。という状況になったら振袖娘はいつもサクッと消えていたのだけど、今回は勝手が違うらしい。ソワソワなのかモジモジなのか、それともそれ以外のオノマトペなのか定かでないが、八畳の座敷に振袖娘は正座し続けたのである。また視線を決して合わせようとせず、そのことから適切なオノマトペを割り出せるかもしれないと思った俺は、地球時代の記憶を探ったりしていた。みたいな感じに、女性が悩んでいるのに上手く対応してあげられない今の自分に、ようやく悟った。昨夜午後9時ちょい前、翼さんと交わしたテレパシーで会話の主導権を容易く掌握できたのは、平行世界のハーレム俺の能力だったのだと。
「翔さん」「ひゃい、どうかしまひひゃか?」「ププッ ってごめんなさい、笑ってしまいました」「いえいえ噛んだのは俺ですし、笑ってもらえたお陰で落ち着けましたから全然いいですよ。それより、どんなことでも話してください。俺とあなたの仲ではないですか」「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
お言葉に甘えてとの発言とは裏腹に、妖精長のオノマトペ的な仕草はその後も十数秒間続いた。このままではさすがにマズイと思ったのか妖精長は頬をペシペシ二回叩き、更に深呼吸を二回したのち、この言葉がやっと紡がれたのである。「妖精族に今訪れている変化の波を、怖く感じるように私はなってしまったのです」と。
変化と、不変。どちらが宇宙の本質ですかと大聖者に問うたら、宇宙中の大聖者が「変化」と答えるはず。本体も肯定しているしそれで話を進めると、宇宙の本質が変化なのは間違いなくともだからといって、
変化を恐れるな
との言葉をいかなる場面でも使って良いと考えるのは、大きな間違い。妖精長に打ち明けられた今は、その最たる場面と断言できる。妖精族に変化をもたらした張本人の俺に、妖精族の長が腹を割って「変化が怖いのです」と、明かしてくれたんだからね。
なら俺は、どう対応すべきなのか? あくまで私見だが「俺とあなたの仲ではないですか」という友人としての呼びかけに応じて妖精長は清水の舞台から飛び降りたのだから、
友人としての俺
を貫くことが今は何より重要な気がする。本体も肯定しているし、その方向で話を進めてみよう。前回も今回も、ありがとな本体!
という訳で俺は友人として妖精長にお願いした。「どのような変化をいつから怖くなったのか。できれば教えてくれませんか」 妖精長はもっともですと納得し、答えてくれた。とはいえ一度あることは二度あるを踏襲し数十秒間まごついたのち「怖さを覚えた最初の変化は最後にさせてください」と、妖精長に頭を下げられちゃったけどさ。
妖精長はその後、様々な変化について説明し、俺は心の中で背中をどんどん丸めていった。心の中限定にできたのは、自覚があったお陰。妖精族に変化をもたらした張本人は俺、という自覚がそれだね。それがなかったら実際に背中を丸めてしまい、説明を最後まで聞くのは難しかったかもしれない。この振袖娘はなんだかんだ言って、最も心の優しい妖精だからさ。
それは後回しにして話を進めると、妖精族に訪れた変化は「人と関わることで生じたもの」と「人と関わっていないのに生じたもの」の二つに大別できるという。前者は人と妖精に限らず、宇宙のすべてに適用されると言えよう。関わらなければ影響を受けず、関わったら影響を免れない。これは、宇宙の真理だからね。
よって妖精長は前者を比較的サラッと流したけど、「人と関わるべからず」という妖精族の掟を緩和させた張本人としては、心の中で背中を丸めずにはいられなかった。掟緩和を機に妖精族が交流を持った人族は、基本的に自然を愛する善人に限られていた。それでも考え方が大きく異なるためささやかな口論や喧嘩はあったそうだがそんなのは妖精同士でも日常茶飯事だし、また喧嘩相手が自然を愛する善人となれば仲直りもすぐできたため、絆は深まりこそすれ断たれることは無かったらしい。しかし絆が深まるということは、影響を受け易くなるということ。そしてそこに、「劣等感に代表される心に傷のある者が妖精を見る会の会員に多い」という要素が加わった結果、由々しき事態が生じ始めているという。それは、人と妖精に恋愛感情が芽生え始めている、ということだったのである。




