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応接室では予想に違わず、話し合いの大部分を実験の説明に費やした。分身指導はある事柄に関する実験でもあることを翼さんに秘していたため、それを明かす必要があったのだ。時系列的には応接室の椅子に座るや俺は翼さんに詫び、翼さんがそれを受け入れ、続いて詫びの印を提示しようとしたところ、それを制された。詫びの印などいらないと、突っぱねられたのである。突っぱねられた方が困るんですけどと涙目になった俺にクスクス笑った翼さんは、嘘のないその笑顔のまま核心を前振りなく突いた。
「翔さんのことですから、分身指導はデータ収集の場でもあったのではないですか?」
図星だった。そのあまりの的確さに、ある疑問が心をよぎった。「これが可能なのは翼さんだけなのかな? それとも、勇を始めとする皆にも可能なのかな?」 翼さんと勇と昇だけだよ、と訊いてないのに返答してくれた本体に礼を述べてから、俺はデータ収集について説明を始めた。要約すると、こんな感じかな。
『輝力分身30体で子供達を指導することと並行し、肉体の方の俺で闇族とギリギリの戦闘をしてみる。すると、何らかの変化が生じるだろうか? 「普段は勝てる敵に勝てなくなった」「勝てたけど戦闘持続時間が短くなった」「勝てたことと戦闘持続時間に変化はなかったが、いつも以上に疲労した」「疲労も同じと感じたが、翌朝目覚めたら疲れが残っていた」「普段と変わらぬ翌朝を迎えたが、四日目や五日目になると蓄積された疲労に悩まされた」 等々のことは、実際にやってみなければ判明しない。然るにやってみて、データを収集しよう』
輝力分身30体と肉体の俺の計31体で闇族と各々戦うことなら、人工島の生身のゴブリンで実験を既に終えていた。結果は「ほぼ変わらない」だった。が、この実験には不備があった。たとえ個別に戦闘しようと闇族と戦っているのは同じであり、そして俺にとって闇族と戦うことは、6歳から続けている超絶慣れた事だったのである。つまり、
「40年近く続けている超絶慣れた事をしたのだから、ほぼ変わらなくて当然じゃね?」
という不備があったんだね。そう伝えたところ、翼さんは不安げな表情になった。問う仕草をした途端「だって翔さん、少し疲れているではありませんか」と、翼さんに即答されてしまった。ふと、疑問が脳裏をよぎる。すると訊いてないのに「即答するのは数千人いるよ」と再度返答してくれた本体に礼を述べた俺は、人との出会いにめっぽう恵まれた幸せを、しみじみ噛みしめたものだった。
翼さんが看破したように、分身指導は予想を遥かに超えて疲れた。なんと初日の正午の時点で、既に少し疲労していたほどだったのである。理由は、闇族との戦闘実験で露見した不備のとおりだった。まさしく「超絶慣れた事では、ほぼ変わらなくて当然」だったんだね。ただ軍の報告書には書いていないが、真の理由は別にある可能性が僅かに残っていた。検証不可能だから、鷹司令官にも伏せているけどさ。
検証不可能なのは、本体の有無。分身指導で接した子供達は本体を持っていても、人工島で戦ったゴブリンに本体はない。本体を有する子供達は発想が突飛で何をしでかすか予測できず神経をすり減らすが、本体を持たないゴブリンで同じ状況になることは数えるほどしかない。これが真の理由ではないかと、微かに思えるのである。本体を持つゴブリンがいないから、検証不可能だけどね。が、
「次の闇王も本体を持たないと決めつけるのは危険」
と直感が囁いているのも事実だった。囁きであって、叫びではないのが救い。なぜなら本体を有するということは人なので、俺は殺人者になるからだ。人類絶滅回避のためにはそれも辞さない覚悟は、できているけどさ。
この宇宙で最もネガティブな存在は、本体を持っている。本体とまこと奇妙な結合を成したその者達は、いかなる状況でも死なない。超新星爆発する星の表面にいようと、かすり傷ひとつ負わないのだ。よって輪廻による浄化も不可能なその者達は幽閉しておくしかなく、このままでは宇宙の転生時に落第してしまう。それを憂いた光の子や大聖者達が無数の働きかけをしていて、俺の知る限り成功例はないが、次の闇王にその者が入っているとしたらどうだろうか? 元々の能力を1兆分の1にすれば闇王と結合可能かもしれず、それを倒すことで輪廻に組み込み浄化することを白化組織が試みたとしたら、どうだろうか? ダメダメな俺如きの直属上司に筆頭大聖者の母さんがなってくれているという、あり得ない好待遇の訳はそれなのではないかと、思わずにいられない俺だった。
いやはや、いささか深刻過ぎる。ゴブリンとの戦闘に話を戻すとしよう。
輝力分身30体と肉体の俺の計31体で闇族と各々戦う実験は当初、3D映像の強化1闇王と行う予定だった。しかし人類軍が直々に場所を探しても、必要数を確保できなかった。超音速分身三次元駆動という核機技術を完全秘匿で行える場所は鷹司令官によると、総司令部の戦闘場と三家の戦闘場の計四か所しかなかったらしいんだよね。よって実験は、人工島の実物のゴブリンとの戦闘に変更された。人類軍のメインAⅠの試算によると俺の死亡確率が12.5%あったため司令長官が頑として判を押さなかったそうだけど、母さんがテレパシーで語りかけてくれて実行の運びとなったという。母さん、いつも助けてくれてありがとうございます。
次の戦争対策として身長を高くしたゴブリンとの戦闘を、今俺は輝力圧縮をせず行っている。それでも1体では簡単すぎて訓練にならないため普段は3体同時に戦い、今回はギリギリの戦闘ということで5体に登場してもらった。希望に沿いギリギリを味わい冷や汗が幾度も背中を伝ったが、傷ひとつ負わず疲労が蓄積することも無かったため、死の瀬戸際では全然なかったのだろう。う~む早く、時間遅延スキルを習得せねば。
という訳で、翼さんとの応接室対話に話を戻そう。




