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との概念テレパシーを美雪に送ったところ、「母さんによるとそうだって」という言葉のテレパシーが返って来た。美雪と二人で頷き合い、この星の筆頭管理者である母さんの苦労へ、労いの言葉をかける。すると母さんは「こんなに素晴らしい息子と娘を持てたのは私の善果なの!」と、オイオイ泣きながら俺と美雪に抱き着いてきたのだ。その母さんの腕を、輝力圧縮最大で回避できたのは人々の成長をそれなりに助けてきた善果の現れなのだと、俺には思えてならなかった。
美雪が母さんに捕まったため、と言ったら失礼だが手持ち無沙汰になったのは事実なのでその設定を貫き美雪が捕まったため、最寄りに座る花の妖精長に話しかけてみた。母さんの腕をかいくぐった事により、花の妖精長の近くに座ることになったのである。花の妖精長との会話の途中に母さんが降臨し疑問が一つ宙ぶらりんになっていたから、いわゆる渡りに船でもあったな。
「花の妖精長さん、少しお話しませんか?」「もちろん良いですよ」「ありがとうございます。ではいきなりですがお訊きしたい事がありまして・・・」
俺は尋ねた。「この地域の花畑が100倍の面積になった経緯と、俺と美雪が花畑の中心という特別な場所に招待された理由は、関係あるのですか?」と。
コロコロ笑って答えてくれた花の妖精長によると両者には関係があり、しかしその説明のためには環境省訪問時の話を再開せねばならないとのことだった。俺は母さんに拘束されている美雪へ視線をチラリと向け、「美雪には俺が後で伝えます」と肩をすくめてみせる。そんな俺へ「翔さんと美雪さんは、星母様のまことのお子さんなのですね」と花の妖精長は如才なく応じたのち、話を再開した。
環境省を訪れた花の妖精長には、胸に秘めた目標があった。それは、花畑の花を根こそぎ刈り取るのではなく生存競争に準じる割合だけ刈り取ってもらう、という目標だった。交渉に不手際のないよう割合も決めていて、25%を最低目標、10%を最高目標と花の妖精長は定めていた。しかし蓋を開けてみたら1%という破格の数値を最初に提示され、「白状しますと冷や汗が止まりませんでした」という状態に花の妖精長はなったらしい。経済を朧げに理解している花の妖精長は、こう考えたそうなのである。「これほどの譲歩をされたからには、こちらも大幅な譲歩をせねばならぬのだろうな」と。
そうはいっても花の妖精長が理解している経済は、この星の経済であって地球の経済ではない。ウインウインが超大前提のこの星の経済は、地球のそれとは雲泥の差なのだ。ただ日本語の経済は「世を経め民の苦しみを済う」の略であり、これは素晴らしいと思う。対して古代アトランティスの記憶を留めているはずのギリシャ神話では、商売の神と泥棒の神を同じ神が兼任するという、経世済民とは似ても似つかない状態になってしまっていた。その兼任神であるヘルメス自身は、つまりヘルメスの元となったトート自身は同郷兼同組織の仲間として親交のある母さんによると、「泥棒の神はとんだ冤罪だ」と肩を落としているという。それについて母さんは「彼はエジプト在住時、死者の脳から生前の記憶を読み取っていたの。その能力に衝撃を受けた人々がそれを第三者に漏らし、情報が拡散するにつれ、泥棒の神になってしまったのかもしれないわね」と考察していたな。再度ちなみに経の字は経糸を指し、俺は勝手に「筋が一本通っていること」とイメージしている。昭和の大経済人の松下幸之助さんや本田宗一郎さんもそのイメージに沿うし、あながち間違いではないのかもしれない。
話を戻そう。
ウインウインが超大前提のこの星の経済を朧げに理解している花の妖精長は、妖精族も大幅な譲歩をせねばならないと冷や汗を掻いたらしい。理由は偏に、そういう交渉を一度もしたことが無いからだ。前世の俺も海外企業との事業提携でウインウインの難しさを嫌というほど学んだがそれは置き、花の妖精長は冷や汗を掻きつつこうも考えたという。
「これほどの誠意を示してくれたからには、こちらも誠意をもって応じねばならない」
幸い概念テレパシー会話を日常的にしている妖精族は輝力圧縮せずとも高速思考を容易くこなし、かつ胸中を表に出さないことにも長けているため、冷や汗等を環境大臣と大統領に気づかれることは無かった。幸運はもう一つあり、「誠意には誠意で応じよう」系の気持ちを表に出すのは妖精族の伝統だったため、花の妖精長はそれに則り人族へ真摯に謝意を述べた。しかし繰り返すが交渉経験皆無だったので次の行動を決めかねていたのだけど、更なる幸運が花の妖精長に舞い降りた。やり手政治家でもある環境大臣と大統領が、花の妖精長の「誠意には誠意で応じよう」を明瞭に知覚したのだ。二人は「ならばこちらも」と居住まいを正す。そして大統領の口から、この言葉が紡がれることになった。
「人類と闇族との戦いを妖精の方々が『大陸防衛戦』と認識していることを、人類は誇りに感じています。にもかかわらず、妖精の方々が心を込めて育てた花を根こそぎ刈り取るような不誠実なことをしてきたのですから、こちらが大幅な譲歩をして当然です。花の妖精長が示された誠意にも、たいへん感銘しました。人と妖精が、信頼し合う大切な同胞として交流していくことを、切に願っています」
大統領のこの発言を聞いたさい、俺は不謹慎にも吹き出してしまった。なぜなら妖精族の認識では、「うっかり者が不用意に大陸防衛戦という表現をしてしまった」とされているからだね。したがって人類の認識は誤解なのだけど、大統領の言葉にある「人と妖精が信頼し合う大切な同胞として交流していくことを切に願っています」は、賛成以外のなにものでもない。また花の妖精長にとって大統領の発言は、次の行動を決める重要な情報にもなった。花の妖精長は大統領に、こう返したそうだ。
「信頼し合う大切な同胞となるべく、私どもも譲歩したく思います。候補の一つとして考えているのは、花畑の上空を飛ぶ飛行車を我々が受け入れることです。ただ、時間を少しくださいというのが正直な気持ちです。花畑の面積を100倍にし、刈り取る花を100本に1本にした人族へ、我々はさほど時をかけず感謝するようになるでしょう。そうすれば上空を飛ぶ飛行車へ、感謝の眼差しを我々は自然に向けるようになります。ご一考いただければ幸いです」




