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「よい心掛けです。私も手伝いましょう」
という最高の返事を聞くことができたのである。伏して謝意を述べたのち、さっそく創り始める。母さんの神業に助けられ、500万杯が2分かからず完成した。うすうす感じていたとおり花畑訪問三日目の今日、ここの土地神の管理地域だけでなく近隣の土地神の妖精達も、密かに集まっていたんだね。改めて振り返るとそれら全てを把握し、母さんは降臨してくれたに違いない。ちゃっかり者発言は、切腹ものだったようだ。そうはいっても切腹は不可能だから、贖罪の方法を真剣に考えておかないとな。
けどそれは、半ばいつものことなので置き。
500万杯の完成に合わせ、この地を含む九柱の土地神を最前列に、500万の妖精達が母さんにひれ伏した。正味二日では、半数の妖精が間に合わなかったのである。次の訪問で埋め合わせすることを胸中誓い、人族を代表して妖精達に語りかけた。「かつての過ちの、心ばかりの償いの品です。ご賞味ください」 長老達が飛んで来て、母さんと俺にお礼を述べて1千杯を携え帰っていく。母さんの助言に従い、長老用の甘酒はアルコール度数を0.75%にした。子供用は0.5%のままだけど、その代わり量を半分にしている。いうまでもなく九柱の土地神は、花の妖精長と同じ1%だ。どうか皆さんが、気に入ってくれますように。
結果を述べると、甘酒は大好評だった。が、そこに至るまでの説明を省いてはならぬだろう。なぜなら大好評の前に特大好評的な空気に一瞬なったのだけど、母さんがその空気を吹き飛ばす超特大テレパシーを放ったからだ。
「アルコール中毒の未来へ足を踏み入れた者が少数いますね。我が息子の良心を蔑ろにする不届き者は、私が直々にこの星の外へ連れて行ってあげます。宇宙の寿命が尽きるまで、何もない暗闇で発狂し続けなさい」
この超特大テレパシーを解説するには、俺の地球での学びを省いてはならぬだろう。
前世の俺は明治神宮をとても好み、年に数度足を運んでいた。だが決して寄り付かぬ月もあり、それは一月だった。初詣の参拝者達の物欲に汚された境内が浄化されるまで、三週間以上かかったからだ。明治神宮は特殊な役目を担っているため汚されても自浄するが、それを一般的と思ってはならない。パワースポットとして紹介され物欲が集中したせいで龍がいなくなってしまった江の島某所の方が、一般的なのである。母さんのような大聖者は更に厳しく、それを理解していない愚か者が妖精族にもいたということ。「宇宙の寿命が尽きるまで何もない暗闇で発狂し続けなさい」というテレパシーは非該当者には音声のみで届いたけど、該当者は母さんの怒りに心を貫かれ失神していた。自分の担当区域に該当者がいた土地神は土下座し、ただただ身を震わせていた。母さんは土地神に罪はないとし、小気味よく手を叩き甘酒を楽しむ時間の再開を呼び掛けた。妖精達は母さんの意を汲み、無理矢理感は拭えずとも陽気さを取り戻す。そして甘酒の入った杯を口元に持って来るや、目を見開いた。甘酒に温かさが戻り、いっそう美味しくなっていたのである。500万杯のそれを、小気味よく手を叩いただけで成した母さんの実力を目の当たりにした妖精達は、星母への敬愛を取り戻したらしい。無理矢理感は消え、その後は普通に甘酒を楽しんでいた。これなら母さんの怒りに心を貫かれ失神した不届き者達も、一時的に揶揄されるだけで済むだろう。俺は、安堵の息をついた。
そんな俺へ、母さんがテレパシーで語りかけてきた。それによると、散山脈諸島の土地神が俺に感謝したいので次に立ち寄ったら時間を少々くださいとのことだった。承諾の言伝を母さんに頼み、俺も甘酒をいただく。カッと目を見開いた俺はすべてを忘れて美味しさの仕組解明に没頭してしまい、母さんに「後にしなさい」と怒られたものだった。
そうそう怒られるといえば、興味深い出来事があったんだった。「宇宙の寿命が尽きるまで云々」のテレパシーを母さんが放ったさい、俺と美雪だけは恐怖を微塵も感じなかったのである。それに気づき美雪とテレパシーで話し合ったところ、
母さんは元々ああいう人
と、俺と美雪は骨の髄から知っていたことが判明した。母さんは創造主が母性の具現化として自ら手掛けたような人ゆえ、心の未熟な人が想像する的外れな母性など素粒子一個分も持っていない。アルコール中毒の未来へ足を踏み入れた妖精へ失神必至の怒りをぶつけることでその未来を回避できるなら躊躇なくするのが、母さんなのである。かつての祖国に蔓延していた的外れ甚だしいスピリチュアリズムを動画配信していた人達、今ごろどうなっているのかな?
まあそれは置き話し合いを介し散山脈諸島の土地神の件にピンと来た俺は、美雪にそのピンを話してみた。美雪は「同意!」と叫んだのち、概念テレパシーに切り替えた。美雪の概念を文字にすると、こんな感じかな。
『美雪の歌ったアベマリアを島外へ勝手に広めたお調子者は、あのまま行けばその先に待っていたのは、宇宙の寿命が尽きるまで何もない暗闇で発狂し続ける未来だった。母さんの今回の怒りによりそれを知った土地神は、感謝の場を設けずにいられなかった』
前世の俺が会社組織の管理職として最大の注意を払っていたことの一つに、「愚か者を調子づかせてはならない」というものがあった。誰にも注意してもらえない愚か者は際限なく調子づき、犯罪者の未来へ突き進んでいく。よって管理職として注意せねばならぬのだがその注意の仕方がべらぼうに難しく、しかし難しくとも挑戦しなければ技術向上を見込めないという板挟みに、長年苦しんだものだ。その甲斐あって会社内ではまあまあ上手くなりまあまあ出世したけど、地球を去る数年前から、培った技術をもってしても注意できない新入社員が激増したことには悩まされた。改めて振り返ると、万策尽きる前に地球を去れたのは、俺の受け取った善果の一つだったのかな?




