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カンニングと判明したため今回はここまでとし、話を大聖者まで戻そう。
哀れな凡人時代を経験している大聖者は、哀れな凡人の俺らへ親身になって手を差し伸べてくれる。ではそれを経験していない光の子は、俺らにどう接するのか? ただの妄想だけど、こんな推測を俺はしている。
『大聖者が示してくれる親身は、俺ら哀れな凡人にも理解可能。もちろん優しさや愛情を一定以上獲得しているのが前提だが、過半数の人は理解できるはずだ。それに対し光の子が示す親身は、理解が格段に難しい。おそらく、いや間違いなく、完全に理解できるのは俺らの本体だけであり、凡人にとっては「冷酷無比な悪魔」にすら感じるのではないだろうか? その実例を地球人は伝説として、この星の人々は確固たる歴史として知っている。それは、古代アトランティスとムーが海底に沈められたことだ。古代アトランティスは大陸ではなく10の島だったが、それでも人を含む無数の動植物がそこで暮らしていた。ムーは大陸だったため動植物の数は一桁多く、美しい自然も至る所に数えきれないほどあった。それら一切合切を、光の子らは有無を言わさず海底に沈めたのである』
凶悪なウイルスのせいで複数のプログラマーがシミュ世界から帰ってこられなくなった話に例えると、光の子の親身を部分的に理解できるかもしれない。プログラマー達は善良な人達だったのでシミュ世界のNPC達と良心的に交流し、友人知人も大勢いた。それゆえ仲間達を助けるためとはいえNPC達に苦労を強いることへ、人によっては一時的な罪悪感を覚えていた。では、帰ってこられなくなったプログラマー達の家族はどうだろうか? しかもその家族はフルダイブ未経験で、NPC達と良心的に交流したことも無いとしたら、果たしてどうなるのか? 『シミュ世界なんてどうなっても構わないから囚われた家族を1分1秒でも早く帰してくれ』と、親身になって頼むのではないか? 俺には、そう思えるんだね。もちろんただの、妄想なんだろうけどさ。
さすがに考察が長すぎる。結論に移るとしよう。
ママ先生達はシミュレーション上の存在でも、母さんは優しさと愛情をもってママ先生達と交流している。その優しさや愛情は俺ら凡人にも容易く理解し共感できる優しさや愛情であり、現に俺は昨日、まこと素晴らしい時間を過ごさせてもらった。だからママ先生達が今後も幸せに暮らせるよう、俺は心の底から願っている。そしてそれ故に、解ってしまったことがある。それは、
「ママ先生達のいるシミュレーション世界を崩壊させる可能性が最も高いのは、俺」
ということ。あの世界なら美雪は肉体を纏っており、それはお子ちゃま美雪やお子ちゃま冴子ちゃんも同じ。つまりあの世界なら俺は生身の美雪と結婚し、お子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんを養子に迎えて、家族を作ることが出来るのである。
それを、俺は拒否できるだろうか?
今は拒否できる。あの世界に赴いていない今なら、まだ拒否できる。しかしあの世界へ一度でも行ってしまったら、拒否は不可能になるだろう。そしてそのとき母さんは、
「血の涙を流しつつ、あの世界を消すのだろうな」
俺はそう、心の中で呟いた。
意識分割高速思考を止め、100%の俺で対面に座る美雪を見つめる。
それに気づいた美雪と目が合う。美雪が頬を染め、笑顔になった。その笑顔に誓った。
フルダイブへの興味を、きっぱり捨てることを。
朝食後の茶飲み休憩を終え、宿泊した湖を背に川下りを再開する。絶品中の絶品と呼ぶに相応しい蟹を昨夜食べさせてくれた湖へ振り返り、感謝の言葉を贈った。
川下り三日目の今日、俺は新たな自分を発見した。ただただ怠惰に生きる才能が、俺にはあったのである。
約400年前、俺は悪逆非道な大名だった。その悪果の清算には16回の生まれ変わりを必要とし、その16の生涯で俺はずっと、あくせく働いていた。15回目と16回目以外は、物心ついた時は既に親も身寄りも無かったから、報酬がどんなに安くとも働いて命を繋ぐしかなかったのだ。15回目と16回目は孤児院で物心つき、16回目は近代民主国家の孤児院だったため比較的幸せだったが、15回目は子供から平気で搾取する人身売買組織と大差なかったな。まあそれは置き、祖国が近代民主国家になった16回目以外は誇張でも自己憐憫でもなく俺は働き通しで、それが当たり前すぎたため意識することのない生来の気質になり、今思うとその気質を今生も受け継いでいたらしい。神話級の健康スキルのお陰で疲れ知らずだったこともあり、40代半ばになった今も秒刻みのスケジュールを無意識に続けていたのである。が、
「怠惰も良いものだな」
魚釣りをしつつ俺はそう呟いた。釣りといっても釣針が水面に届いていない、オリジナルの太公望気取りの釣りなんだけどね。もっとも俺は、単なる怠惰の現れなんだけどさ。
「翔」「うん」「母さんも翔の心労を案じていたよね」「あはは、そうだったね」「今はどう?」「俺は行動し過ぎだった。こんな時間を定期的に設けようって、考えを改めたよ」「うん、安心した」「という訳で美雪、その時はまたこうして一緒にいてくれるかな?」




