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明けて、夏のバカンス三日目。
バカンス最終日の今日、訪問を予定しているお花畑は、チューリップ畑だ。日本人にとってチューリップと幼児は切っても切れない関係にあり、幼稚園や保育園の花壇に咲き誇る色とりどりのチューリップを原風景の一つにしている人は、とても多いのではないだろうか。ただ何事にも例外はあり俺はそこに含まれないのだけど落ち込むので脇に置き、気になっていたことを朝食後のまったり時間中、美雪に尋ねてみた。
「ねえ美雪」「どうしたの翔?」「俺の原風景が菜の花畑だったから昨日は子供達を菜の花畑に招待したけど、今日のチューリップ畑の方が適切だったかな?」「安心して。見事なチューリップ畑が、幼年学校の敷地内にあるから」「よかった! うん、安心したよ!」
そういえば息吹の三聖母の出現により、すべての幼年学校に花壇が設置されたんだった。昇の主宰する「妖精を見る会」が講師を派遣し、妖精を目視できる子供を激増させているとも聞いたな。それを忠実に模し、ママ先生達のいる世界にも花壇を作ったということなのだろう。ただ妖精はまだしも、輝力の扱いには興味と、ほんの少しの不安を覚える。でも訊いちゃいけない気がなんとなくするので、ここは第六感に従うとしよう。
そうそう的外れかもしれないけど、大聖者達にとって三次元物質世界は、俺達にとってのコンピューターシミュレーション世界に似ているのかもしれない。たとえば、
『そのシミュレーション世界の人々は水をワインに変える隠しプログラムを知らないけど、それを知っている俺達はその世界の訪問中、水をワインに変えられる』
みたいな感じだね。これだけでも、寒気を少し覚えるのが正直なところだ。しかしその世界の設定を変えると、寒気を覚えるどころではなくなる。変える設定は、これだ。
『フルダイブ技術を確立した社会でプログラマー達がコンピュータ上にシミュレーション世界を作り、フルダイブしてその世界を楽しんでいた。しかしシミュレーション世界(略してシミュ世界)が凶悪なウイルスに感染し、ダイブしていたプログラマー達は全員、シミュ世界から帰ってこられなくなってしまった。シミュ世界に囚われたプログラマー達は意識不明になり、たまたまダイブしていなかったプログラマー達はシミュ世界からウイルスを除去し、仲間達を助けようとした。だがウイルスは強力極まり、外部からのアクセスをすべて拒絶し、除去するには内部からアクセスするしか無いことが判明した。幸い内部には、囚われた仲間達がいる。よって仲間達にそれを伝え、内部からアクセスしてもらおう。そう閃きそれを実行したプログラマー達は、絶望しかけた。囚われた仲間達はウイルスに浸食され、「自分はプログラマー」ということを忘れていたのだ。心の折れかけたプログラマー達に、更なる悲報がもたらされる。それはウイルスに浸食された仲間達の意識も、「外部からのアクセスをすべて拒絶するというウイルスの性質を持ってしまっていた」ということだったのである。
ただ、朗報も三つあった。1、シミュ世界に囚われなかったプログラマー達は、シミュ世界に自分のアバターを作り、囚われた仲間達と交流できた。2、囚われた仲間達には、プログラム技術を学び理解する知性があった。3、シミュ世界を演算しているサーバーの性能なら、シミュ世界の時間を10万倍に加速できた。この三つが、朗報としてもたらされたのである。
プログラマー達は、3の朗報に驚喜した。10万倍に加速すれば、こちらの1日は向こうの273年以上になる。これだけあれば囚われた仲間達も、プログラム技術を学んで理解できるだろう。プログラマー達は早速、仲間達に技術教育を施そうとした。
が、プログラマー達は再び心が折れそうになった。仲間達が、学ぶことを拒否したのだ。そのシミュ世界は、プログラマー達が無双するために作った、剣と魔法でモンスターと戦う世界だった。プログラマー達は自分がプログラマーであることをNPC達に秘し、超絶優れた戦士として無双して、NPC達の賞賛を集めていた。そして都合の悪いことにシミュ世界に囚われた仲間達は、超絶優れた戦士としての能力を残したまま、自分がプログラマーであることだけを忘れていたのだ。よって「なぜそんな意味不明なことを学ばなければならない。今の暮らしに満足しているから、もう関わらないでくれ」と、にべもなく断られてしまったのである。アバターになったプログラマー達は、項垂れて元の世界に帰っていった。
元の世界に戻ったプログラマー達は長期戦を覚悟し、計画を練り直した。新たに作られた長期計画は、シミュ世界のなんと2千年間に相当した。前半の1千年でモンスターを駆逐し平和な世界を作り、科学文明を誕生させる。そして後半の1千年で科学文明を少しずつ成長させフルダイブ技術を発見させ、仲間達に学ばせる。このような計画を、プログラマー達は立てたのだ。
またプログラマー達は、NPCと同じ老化と寿命を仲間達に設けた。そして知性と民度の優れた両親のもとに赤子として生まれさせ、フルダイブ技術に興味を持つ環境およびそれを学びうる知性を少しずつ構築していった。これら老化と寿命と転生は、最重要事項として計画に盛り込まれていた。民度も重視したのは、いわゆるフルダイブの常識だった。フルダイブ中に悪行の限りを尽くすと、生身の本人も悪人になっていることが実証されていたのである。万全を期し計画には、仲間達の来世の両親を選出し教育を施すことや、両親の出生環境および出生地域を整えることも、重要事項として盛り込まれていた』
途中だが、設定の要諦としては十分だと思う。では、始めよう。




