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という選択は、正しかったらしい。美雪は自分を責めすぎないことを約束するとともに、愚かさの詳細を尋ねなかったことに、お礼を言ってくれたんだね。ならばこれ以上は蛇足、もしくは藪蛇になる。俺は、
「では姫君、帰りましょう」
そう述べるや返事を待たず美雪をお姫様抱っこした。そんな俺へ「もう翔ったら」とお約束を返したつもりでいるが、もう一つのお約束の唇尖らせをコロっと忘れて美雪は満面の笑みになっている。けどそれはそれで、メチャクチャ可愛いんだよね。テンション爆上げになった俺は輝力で階段を造り、それを一歩一歩上っていく。そして美雪の目線が地上3メートルになるよう設定した最上段で、
「何度見ても凄いね」「うん、凄いね」
地平線まで続く菜の花畑を二人で見渡した。花々の隙間から、妖精達が俺達に手を振っている。俺達も手を振り返し、来年の再会を約束した。そのまま空中へ一歩踏み出し、空を駆けてカレンに乗る。そしてゴミや忘れ物が地上にないかを丁寧に確認してから、菜の花畑バカンスを俺と美雪は終えたのだった。
その日の夜、夢に母さんがやって来た。現れるや感謝の言葉と謝罪の言葉を矢継ぎ早に述べられた俺は、両方とも快く受け入れた。快くというのは嘘ではなかったけど、受け入れつつ危惧したとおり母さんが顔を俯かせたままでいるのは困った。まったくこの人は、自分が俯いていると俺をどれほど狼狽えさせるかを知らなすぎるのである。俺は能力全開の最高速度で椅子を創造し、母さんに座ってもらった。普通なら続いて自分の椅子を創って座り、落ち着いて話し合うのがお約束なのだろうが、俺はそれに変化を付けねばならない。俺の身長が伸びすぎたことに加え母さんは胴体が驚くほど短いため、同じ椅子に座ったら心理的圧迫感を与えてしまうのである。それを皆無にするには椅子を創らず正座や片膝立ちになるべきであり、母さんにならそれで全然かまわないのだけど、本音を言うとここからは少し面倒。俯くことを母さんに止めさせるには正座が適している場合と、片膝立ちが適している場合があるので、どちらが適切かを俺はそのつど見極めねばならないんだね。そうはいっても母親がいなかった数百年間の寂しさと比べたら、その程度の手間は無に等しいと言える。よって能力全開の最高速度の余波として考えていたアレコレをすべて放り投げ、どちらの座方が適しているかを見極めたのち、
「母さん、聞いてください」
片膝立ちになって俺はそう請うた。片膝立ちは正解だったらしく俯くと共にすぼめていた肩は正常に戻ったけど、今日はもう一押しする必要があるようだ。俺は母さんの手を取り、話し出した。
最初に選んだのは、母さんが謝罪した理由の推測。ママ先生達に会った俺は今日、心を幾度も激しく動かした。俺にとってその全ては宝物でも、最大出力の相殺音壁を作動させた俺の号泣等々を見た母さんは、申し訳ないことをしたと自分を責めずにはいられなかった。「そういう事ですか?」と、俺は推測を述べたのだ。仮に俺が母さんをあんなふうに泣かせてしまったら、罪の意識で死にそうになったと思うしさ。
という俺の推測は当たった。普通なら当たったら喜びそうなものだけど、今回はそれに該当しなかった。「翔、今日はあんなに泣かせてしまってごめんなさい。激しく動揺させてしまったのも、ごめんなさい」と、母さんが泣き出したからである。いやあのですね、そんなふうにされたら俺も泣いて動揺しそうに再びなったではありませんか! と困り果てながらも、母親がいるからこそこういうやり取りをできることが、俺は嬉しかった。
とりあえず母さんを心置きなく泣かせつつ俺は意識分割し、少し離れた場所にテーブルと椅子を創った。そしてその椅子に座り、黄色いケーキについて考え始めた。ケーキを黄色にしたのは、菜の花畑の光景を自責の記憶とセットで思い出してほしくなかったから。黄色の絶品ケーキを食べて今日を締めくくったら、黄色い菜の花畑を自責の念とともに思い出すことが無くなるように感じたんだね。男には安直に思えようと、女性にとって絶品ケーキは侮れぬ力を発揮するものなのである。という確信を更に深めた俺の心を、前世で比較的好きだったケーキがよぎった。そのケーキの名は、モンブラン。ただ心をよぎったのは和栗を使った黄色いモンブランでそれはこの星に流通しておらず、母さんたちのために作ったこともなかったから、俺は本体に助力を請い、和栗たっぷりの黄色いモンブランを作ることにした。
母さんの時間感覚でその3分後、モンブランが完成した。本体の助けもあり、見てくれも味も及第点に届いたと感じる。ただそう感じたのは庶民の俺であって、母さんは元王女様なんだよね。でもこれまで作ったケーキを美味しそうに食べていた母さんが嘘をついていたとも思えず、俺は自分を信じて母さんに顔を向けた。その0.1秒後、
「ブ・・・・」
あやうく吹き出しかけた。テーブルから2メートルほど離れた椅子に座る母さんが、目を爛々と輝かせてモンブランを見つめていたからである。ケーキ作りに集中すべく分割した俺と意識を共有していなかったのが、裏目に出たらしい。でも「裏目だろうとこんな瞳にしてあげられたのだから、それで良しとしますか」 そう結論し、
「母さん、こちらへお越しください」
テーブルの対面席へ俺は手を差し伸べる。本当はテレポーテーションしたかっただろうに親の矜持なのか、母さんは歩いてこちらにやって来た。その足取りが少々ぎこちなかったのは、武士の情けで見なかったことにした。
分割した俺が豪華な椅子を引き、そこに母さんが腰かける。さすが分割俺、衣服をいつのまにか執事服に変えていた。ならば俺も負けてなるものかとシェフの姿になったけど、モンブランを凝視する母さんは執事にもシェフにも気づいていないようだった。ま、こんなに楽しみにしてくれているのだから全然いいんだけどさ。
と気を取り直し、執事俺のトレイにモンブランと黄茶を乗せる。黄茶は超大雑把に言うと、黄色い緑茶のこと。中国の本格的な黄茶ではなく静岡で普通に売られていた黄茶だけど、風味と味が緑茶よりまろやかな静岡産の黄茶を前世の俺は気に入り、よく飲んでいたんだよね。お陰でこちらの世界でも味を再現できたし、前世の俺に感謝だな。
などと前説が長くなったが結果を述べると、黄色いモンブランと黄色いお茶を母さんは絶賛してくれた。味も褒められたけど、菜の花畑を自責と共に思い出さなくなるための俺の心遣いに、いたく感動したそうなのである。感動したなら、目的達成と考えてよいだろう。シェフ俺と執事俺は、両手をパーンと打ち鳴らした。そんな俺達を見てやっと、
「あらあなたたち、シェフと執事になってくれていたのね。ケーキとお茶が美味しすぎて、気づかなかったわ」




