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旭さんは俺に詰め寄るのを止め、一人ブツブツ呟いている。その隙にそっと離れたところ、今度はママ先生が助けてくれた。旭さんの肩を抱き、「名残惜しいですがまた今度」と俺と美雪に言ったのだ。数分前の子供達のように「嫌だビエ~ン」と泣きたいのが本音でも、俺はこれでも大人。飛行車に乗った子供達が窓に張り付いて俺達を見ていることもあり、「「名残惜しいですがまた今度」」と美雪と声を揃えた。ママ先生の瞳が急速に潤むも、相変わらずブツブツ呟いている旭さんの残念っぷりに助けられ、旭さんを強制連行する体でママ先生は車中の人となった。ママ先生と旭さんと子供達の乗った飛行車が飛び立ち、空の彼方へ消えていく。俺の視力をもってすればその姿を1分以上捉え続けるなど造作も無かったのに、実際は数秒が限度だった。
俺は地に突っ伏し、吐くように泣いたのだった。
美雪によると、俺は5分ほど泣いていたらしい。泣き止んでもボヘ~とし、通常会話が可能になるまで更に5分掛かったとのことだった。
という己の行状を知り「ヒエエッ、ごめんなさい~~」と再び地に突っ伏しそうになるも、そうはならなかった。美雪が俺の手を握り、様々なことを話してくれたからだ。
美雪が最初に選んだのは、今日のママ先生についてだった。美雪はママ先生と、お子ちゃま美雪および保育士版美雪の両方で交流している。よってママ先生を深く理解しているつもりだったが、つもりでしかなかったと思い知らされたらしい。理由は今日のママ先生が、「素晴らしい大人に成長した息子を誇りに思う母親」だったからに違いないと、美雪は確信しているそうだ。突っ伏さずとも、視界を大いにぼやけさせた俺だった。
美雪が次に選んだのは、子供達についてだった。美雪はあの世界にいる自分の分身達と月に一度リンクし、子供達を可愛がったり翔丸と遊んだりして大いなる学びを得ているという。向こうの世界で過ごすその日々を基に今日の子供達を見るに、この菜の花畑を原風景の一つにしない子は一人もいないとの事だった。それはまこと嬉しいが、お子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんを悲しませたのは悔やまれると吐露したところ、来年も参加できなかったらさすがに可哀そうだから来年はお願いねと頼まれた。任せてと胸を叩いた俺へ、美雪は懐疑的な眼差しを向けた。
「翔、それって安請け合いなんじゃない?」「むむ、そうかもしれない。そうだ、今ここでお子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんに会えるかな。こういった類の基本は、場数を踏むことだからさ」「う~んそれって、ただの油断に感じるのよね。翔、本当に覚悟できてる?」「できてるできてる、ど~んと来て」「・・・口で言っても無駄と判断しました。己の油断を、身をもって知ってもらいましょう」
その1秒後、俺は己の愚かさを嫌というほど知った。ひざ元に現れたお子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんに、俺は予想していた110倍の衝撃を受けたのだ。110倍の内訳は、二人の可愛さが予想以上だったことに10倍。そして二人に、何かをしてあげたいという気持ちが予想以上だったことに100倍だ。組織の講義で習ったところによると、人は愛する存在に何かをしてあげたいと思うよう、創造主によって創られているという。ならば俺はこの子たちを、いったいどれほど愛しているのだろうか。そんじょそこらの「してあげる」では1億分の1も満たせないため、残されたのは二人の親になり二人が成人するまで俺の人生を捧げるという、そのたった一つしか残されていなかったのである。それが、顔に出てしまったらしい。二人はハッとした表情になり、
「「おと」」
と揃って口ずさんだところで不意に姿を消した。俺は膝立ちになり、二人が一瞬前までいた場所を両手で優しく抱きしめる。そしてその姿勢のまま、美雪に謝意を述べた。
「美雪、二人を元の世界に戻してくれてありがとう。ただ一つ心配もあって、俺に『お父さん?』と問いかけようとしたことが、二人を苦しめたり悲しませたりすることはあるかな?」「母さんの娘の名に懸けて、それは無いと保証します。翔、油断していたのは私も同じでした。軽はずみな行動をしてしまい、申し訳ございません」
俺は膝立ちのまま、左腕を美雪に差し出す。俺の左隣に座っていた美雪は膝立ちになって俺のそばに移動し、俺の腕の中に納まった。俺が両腕で作った輪の左半分に身を置き、右半分をお子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんの分にしてくれている美雪の優しさが嬉しい。お子ちゃま美雪とお子ちゃま冴子ちゃんを愛する気持ちを一年間で制御下に置くなど不可能に思えるが、するしかないのだ。その決意の第一歩として、俺は両腕を輪の形状にするのを止めて地面に座り直し、話を先に進めてくれるよう美雪に頼んだ。美雪は神妙に頷くも「自分の愚かさが恥ずかしい」と呟き、最後の一つを口にした。
美雪が最後に選んだのは、ママ先生や子供達と一緒に過ごしたあの時間は自分にとってもかけがえのない宝物になったという話だった。子供達の喜ぶ様子や、旭さんが夢を大きく前進させたことや、そして何より、息子の嫁としてママ先生に接してもらえたことが嬉しくて堪らなかったと美雪は話したのだ。その結びとして、
「翔、私の宝物を一つ増やしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
そう言葉を交わし、俺達はハグし合った。ハグした俺の手が、美雪の体の微かな硬直を感じ取る。その硬さを、俺は正直に伝えた。しかし「俺にとって自分の愚かさを恥じるのは、ただの日常なんだ。美雪にとっても日常なのかは分からないけど、あまり自分を責めないでね」のように、正直にならなかったこともあった。本当は美雪の呟きの詳細を知りたかったのに、俺はそれをねじ伏せたのである。




