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「びえ~ん、翔が私をイジメる~~」
俺を相殺音壁で包み肉声をわざわざ届けてきた母さんに離婚疑惑が益々高まるもそれは脇に置き、俺は新米保育士に「了解」と答えた。続いてコントラバスを新たに創造し、ピッチカートで前奏曲を弾いていく。前奏曲以外は弦楽四重奏で伴奏するが、冒頭のここはコレしかない! と閃いたのは当たり、新米保育士は音のない拍手をしてから歌った。
新米保育士つまり娘っ子の歌唱力は、意外にも普通だった。元日本人として表現すると、カラオケがちょっぴり上手い大学生、といったところだろう。不可解でもあったため母さんに尋ねたところ、「歌唱力も同じにしたら歌手にならない人生は存在せず、辻褄が合わなくなってしまうの」との事だった。ただ母さんは、こう続けていたな。
「この星の人々は、110歳まで老化しないわ。この子はこの容姿のまま、歌を90年間練習できるの。その終盤、星を代表する歌手になる可能性がこの子にはある。それを本能的に知っているから、この子は毎日の練習を決して欠かさない。そしてこの場所で翔に伴奏されて歌うことが将来の巨大な財産になることも、この子は本能で知っているのよ」
そういうことなら協力は惜しまない。俺は目を閉じ、全身全霊で伴奏した。
娘っ子が歌い終え、拍手を浴びる。拍手しているのは美雪とママ先生の二人だけのはずなのに、四人分ほどに聞こえるのはなぜだろう? そう訝しみ瞼を開けたところ、美雪とママ先生がしゃかりきになって手を叩く様子が目に映った。そこに演技の気配はなく、ならば俺には未知の感動を二人は覚えたとするのが一番自然だ。未知でも推測なら複数可能で最有力候補を挙げるなら、「歌詞が良かった」になるだろう。この星で用いられている振字は、異なる言語の翻訳にすこぶる優秀だからね。
たとえば「兎追いしかの山」を叙情性も加味して現代日本語にすると、「かつて兎を追いかけた思い出深いあの山」的になる。これを英訳するだけならさほど難しくないが、曲のメロディと雰囲気にも合わせようとした途端、超難問化する。俺は英詩が苦手だったから、完全お手上げ状態だ。でもこの星の振字なら、片手間でできてしまう。振字はイメージを、心に直接浮かび上がらせる文字だからね。個々の発音と「声に気持ちを込めること」は、習得するまでに時間がかかるけどさ。
という訳で、STATIO〇の歌詞に戻ろう。この曲は叙情性が極めて高く、しかもその叙情性はこの星の人々と類似点が少なく、更に加えて電車や駅がこの星から消滅しているにもかかわらず、振字のお陰でこの曲の歌詞は美雪とママ先生の心を大きく揺さぶった。これがしゃかりき拍手の理由という推測が、最も妥当と俺には思えたのである。もちろん先入観にならぬよう、これはあくまで推測と自分に言い聞かせていたけどね。
さあでは、それは当たっていたのかそれとも間違っていたのか。美雪とママ先生が夢中になって話す歌の感想に耳を傾けたところ、半分当たり半分間違っていた、といった感じっぽい。当たったのは、「振字のお陰で歌詞が心に直接届き感動を巻き起こした」という箇所。間違っていたのは、「娘っ子の歌唱力は普通だった」の箇所。俺に見抜けなかっただけで娘っ子は、本当は優れた歌唱力を持っていたのである。この「俺には見抜けなかった」の部分はダメさ満載の俺には日常茶飯事ゆえ緊急性も重要性もさほどないが、緊急かつ重要なこともある。それは、「美雪に悟られてはならない」ということ。実は今回の件で、美雪の歌唱力の仕組が判ってしまったのだ。端的に言うとそれは、「美雪は800年以上生きたAⅠだから」だったのである。
振字は直線と曲線の組み合わせにより、心にイメージを直接浮かび上がらせる。これと同じ現象は、振字の発音を聞いただけでも起こる。正しく発音し正しい気持ちを声に込めることにより、それは起こるのだ。この「正しく発音し正しい気持ちを声に込める」ことが、AⅠは得意。発音も気持ちも、プログラムに予め入っているのだから当然だろう。ただし美雪は気持ちに限り、プログラムを凌ぐことが出来る。無限の愛情を注いで育てた32人の教え子全員が戦死してしまった800余年の歳月が、プログラムを凌ぐ気持ちを声に込めさせるのである。妖精の心さえも動かす力が美雪の歌にある仕組みは、コレだったんだね。
そしてだからこそ、仕組が判明したことを俺は美雪に悟られてはならない。なぜなら仕組の根幹にあるのは、「美雪はAⅠ」だからだ。
幸い歌の感想を夢中になって話していることと俺の意識分割スキルの相乗効果により、美雪に悟られてないっぽい。しかし美雪のことだから俺がこれについて考え続けていると、超感覚で察知されてしまう虞がある。考察に充てていた心を、俺は手放した。
さあでは、美雪とママ先生の感想に話題を移そう。
二人の感想で衝撃的だったのは、ママ先生の方だ。なんとママ先生には、失恋経験があったのである。こちらのママ先生の過去に母さんが失恋経験をわざわざ加えたとするのはいささか無理があり、それよりも実際の出来事を忠実に模したとした方が断然しっくりくる。ということは自動的に、俺を育ててくれたママ先生に失恋経験があったということになるのだ。地球時代にしばしば耳にした「母親に女の面を見ると酷く落ち込む」の体現者となった俺は、それが表に出ぬよう渾身の自己制御をせねばならなかった。
では続いて美雪に移ろう。美雪の心に生じた感動を一言で表すと、「新しい世界が開けた」になると思う。俺なりに譬えるなら、
「学校の水泳の授業でしか水とたわむれた経験のない子供が親の都合で沖縄に引っ越し、コバルトブルーの海岸で足を波に洗われた瞬間」




