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テレパシーで美雪に「素晴らしい子たちだね」と伝えたのに、返答がなかった。顔を向けた俺の目に、泣き崩れそうになっているママ先生を両側から支える美雪と新米保育士の姿が映る。ママ先生をお願い、との気持ちを込め美雪に頷く。美雪は、くっきり頷き返してくれた。続いて子供達に体ごと向け、俺は空中を指さす。子供達が見上げた視線の先に、輝力で図を描いた。ママ先生を中心に子供達が弧になって並び、その後ろに24体の俺が並んで伴奏する図を、描いて見せたのだ。翔丸が音頭を取り、子供達が奇麗な弧を形成していく。その後ろに、伴奏の俺も並ぶ。そう俺は脇役であり、主役は子供達なのだ。でも、そんなの関係ない。ママ先生に恩返しをする機会に恵まれたことが、俺は何よりも嬉しかったのである。またそれは、子供達も同じ。そうでなければ「ママ先生が一番喜ぶ」という理由の選曲なんて、するはずないからさ。子供達への感謝と、ママ先生に恩返しできる感謝を胸に、24体の俺は前奏曲を弾いてゆく。そして子供達と俺達の心を一つにして、ママ先生に歌を贈ったのだった。
歌は、言うまでもなく大成功だった。子供達が歌い始めるやママ先生は背筋をシャキンと伸ばし、そして歌い終わるや子供達のところに駆けてきて、皆を愛情たっぷり抱きしめていった。それは俺にとってもまこと嬉しい光景だったが、子供達の次は俺達のところにやって来て抱きしめたそうにしていたのは困った。しかも、
「不思議ですし失礼でもあるのですけど、翔さんは私の教え子に思えてならないのです」
とママ先生にまっすぐ見つめられつつ言われたときは、足元の大地が真っ二つに割け奈落の底へ落ちていく自分を現実としか思えないリアルさで感じたものだった。そんな俺を救ってくれたのは、飛行器と暮らした日常だった。飛行器を活性化させて空を飛ぶことは俺にとって当たり前の日常ゆえ、たとえ谷底へ落ちようと俺はどこ吹く風で生還する。今回もそれが発動し、奈落の底へ落ちていく自分を俺はどこ吹く風で減速させ、次いで浮遊させ、元の場所に戻ってくることが出来たのだ。極めて興味深いのはそれを成したのが、鍛えた心ではなかったということ。俺は守秘義務が人の形をとっているようなところがあるため違反せぬよう心を鍛えてきたが、ママ先生に「そうです俺はあなたの教え子です」と暴露することを阻止してくれたのは、鍛えたはずの心ではなかった。組織の講義を初受講してから40年以上鍛えてきた守秘義務違反をすまいとする心ではなく、飛行器と暮らした何気ない日常が、俺を救ってくれたのである。これを実体験で学ぶべく、人は肉体に入ったのだろうか? 興味は尽きないが、今はそれを考えるときではない。俺はママ先生への最適な返答を考え、それを口にした。
「俺も、孤児なんです。だからあの子たちの胸にある『ママ先生に恩返ししたい』という気持ちが、俺には痛いほどわかります。その思いに駆られて子供達を助けているうち、俺を育ててくれたママ先生に恩返しをしている気持ちに俺もなりました。その気持ちを込めて演奏しましたから、音を介してそれがあなたに伝わってしまったのでしょう」
伝わって「しまった」の箇所以外は、偽りない俺の真情。その箇所も「主役は子供達と解っていたのに大人げないことをしてしまった」を略したのであり、嘘ではないと断言できる。よって最適な返答をしたと俺は信じて疑わなかったのだけど、ママ先生と比べたら俺はまだまだお子様らしい。ママ先生は「言質をとったわ!」系の満足げな表情をしたのち、俺に請うた。
「あの子たちの胸中を翔さんが痛いほど解るように、翔さんを育てたママ先生の胸中を私も痛いほど解ります。ですから翔さん、分身を解いて一人に戻ってくれませんか?」
俺を育てたママ先生の胸中をこの人が痛いほど解ることに、疑いは一切ない。よって素直に分身を解き一人に戻ったところ、ママ先生は有無を言わさず俺を抱きしめた。身長差が50センチ以上あるにもかかわらず抱きしめられたという想いが止めどなく湧き上がってくる俺の心に、ママ先生の声が届いた。
「まったく、私に恩返しなんてしなくていいの。あなたを愛情たっぷり育てられたことに恩義を感じているのは、私なのですからね。それでもあなたの今日の行いが私は嬉しく、そして誇らしくてなりません。翔、これほど立派な大人によくぞ育ってくれました。あなたは、私の誇りです」
お手上げ、以外の言葉はなかった。涙を流す以外に、俺にできることは無かったのだ。そんな俺を助けてくれたのは、子供達だった。子供達がわらわら集まって来て「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだったんだ!」「やった!」「バンザ~イ!」系の言葉の集中砲火を、俺に浴びせたんだね。「任せろや、俺はみんなの兄ちゃんだ!」と宣言した俺はその後しばらく、展望台で子供達と一緒に遊んだ。実際それは底抜けに楽しく、展望台から望む景色は素晴らしかったし、前世を加えると90余年ぶりに滑った滑り台は興奮したし、子供達と手を繋いで歩いた遊歩道は胸をポカポカにしてくれたのである。俺達は夢中になって遊び、すると遊び疲れてあくびをする子供達が出てきたので、俺は48人の子供達全員を輝力の腕で持ち上げて運んだ。子供達はもちろん、大喜びだ。ただその大喜びで電池を使い切ったのだろう、子供達はコルクの床で昼寝を始めた。その寝顔をいつまでも見ていたかったけど、俺は保育士ではない。別れの瞬間が、刻々と迫ってきているのだ。にもかかわらずその瞬間が眼前にやって来たときどう振る舞うべきかがまるで分らなかった俺は、ママ先生にそれを打ち明けた。返答はさすが、ママ先生だったな。
「翔」「はい、ママ先生」「あなたに難しいなら、この子たちにはもっと難しいでしょう。この子たちの手本に、なってあげてください」




