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 翌日の午前11時、俺と美雪はお花畑を再び訪れた。今日やって来たこのバカンス二度目となる花畑は、菜の花畑。美雪ももちろん感動していたけど何気に菜の花畑は、俺の原風景の一つだったりする。前世の4歳児のころ孤児院のイベントで訪れた浜離宮恩賜庭園の菜の花畑に、言葉を失うほど感動したことがあったんだね。そんな俺の気配を察知し、「どうしたの?」と美雪が問うてくる。俺は前世の、菜の花畑の話をした。美雪は俺の腕にしがみつき、今生は私がいるからねと額をいつも以上にグリグリ押し付けてくる。嬉しさと可笑しさの融合した笑いが自然に漏れた。その笑いの性質がそうさせたのかは定かでないが、口から自然に漏れたものはもう一つあった。


翔丸かけるまるは元気?」


 翔丸は、母さんと美雪と冴子ちゃんが創った3歳のAⅠ俺のこと。かれこれ20年以上前、最初に翔丸を紹介されたときは「おこちゃま翔」と呼ばれており、違和感なかったので気に留めていなかったが、時間経過とともに疑問を覚えたのである。そういえばあの子は普段なんて呼ばれているのかな、と。

 という訳でその疑問をそれとなく口にしたら、美雪は脂汗をダラダラ流し始めた。まさかと思うも一応「まさかと思うけどかけるって呼ばれているとか?」と尋ねたところ、まさかの事態になった。あの時ほど「まさか」が適していた状況はないため三度使ってしまったがそれは置き、脂汗をダラダラ流す美雪の両隣に母さんと冴子ちゃんが現れ、三人そろって「「「ごめんなさい~~」」」と額をテーブルに押し付けたのである。三人によると満1歳のおこちゃま翔があまりにも可愛くて「翔~~」と呼びかけているうち、満1歳のおこちゃま翔自身が「ぼくはかける」と認識するようになったため、訂正しようにも訂正不可能になってしまったとの事だった。それはいかにもありそうな事で、ということはそうなると確信した上であえてしていたと予想されるが、あの子を満1歳から満3歳まで愛情たっぷり育てた女性達にあの子の改名を強要したら人でなしになってしまう。と俺が思うことまで予想していたのは間違いなくとも、テーブルに額を付けて詫びる母さんと美雪と冴子ちゃんに俺が掛ける言葉は一つしかない。それは言うまでもなく、「気にしないから顔を上げて」だね。よってそれを実行したところ、母さんが隠し設定の存在を明かした。それは「正式名は翔丸だが愛称としてそれを短縮して翔と呼んでいるのだと、新米保育士の母さんと先輩保育士のママ先生は認識している」という、美雪と冴子ちゃんすら知らされていない隠し設定だったのである。ここで母さんを確信犯と非難するのは確信犯の誤用だがそのあまりの確信ぶりに「母さんを極確信犯と呼ぶことで折り合いを付けます!」と声高らかに宣言することで、俺はこの件を収めることにした。とはいうものの「酷い」と噓泣きする母さんに、嘘泣きと知りつつもほんの数秒で白旗を揚げたから、結局俺の完敗だったんだけどね。でもまあ約20年前のそれは置き、


「翔丸は元気?」


 との問いに「元気いっぱいよ」と満面の笑みで答えた美雪に、俺は提案した。


「俺と同じく翔丸も、菜の花畑を原風景の一つにしてあげたいんだけど、どうかな?」「翔」「どうした?」「ありがとう」「どういたしまして」「それと、ごめんなさい」


 え? と首を傾げた俺の背後から、懐かしくて懐かしくて堪らない声がした。それは、ママ先生の声だった。ママ先生が俺の背中側で、子供達にはつらつと語り掛けた。


「みなさん、孤児院の遠足場所の菜の花畑に着きました。招待してくれたお兄さんとお姉さんに、お礼をいいましょう」「「「「お兄さん、お姉さん、ありがとう!」」」」


 母さんが俺に一言もなくこの展開を断行したから、美雪は俺に謝ったと思われる。でも謝罪の必要は、微塵もないんだよね。その意思表示も兼ね、俺は立ち上がり体の向きを変える。そして「どういたしまして」と、子供達に微笑んだ。子供達は照れていたが、その時間は数秒続かなかった。輝力製のテーブルと椅子を消したとたん、遥か地平線まで続く菜の花畑に子供達が瞳を輝かせたからだ。菜の花のもとへ一目散に駆けていく子供達に続き、ママ先生と新米保育士が俺と美雪の前に立った。俺との会話内容からママ先生の記憶に俺はいないようだけど、そんなの関係ない。約40年ぶりに再会したママ先生は、創造主が直々に創造した「母親代わりの母親の見本」としか、俺には思えなかった。

 泣きそうになる自分を分離しては追いやり分離しては追いやりを必死になって繰り返した甲斐あって、ママ先生との挨拶をどうにか無難に終えることが出来た。これが最大の難所で、続いて挨拶した新米保育士の20歳の母さんが「創造主の創った美の見本」としか思えぬほど美しくとも、俺は心底どこ吹く風だった。それが気に食わなかったのだろう保育士でない方の母さんが「実際の20歳の私なのよ、少しは動揺しなさいよ!」と怒りのテレパシーを送って来たけど、こちらもどこ吹く風でスルーしてやった。一矢報いることが出来て、マジ爽快だったな!

 その後、菜の花から数メートル離れた場所に輝力製のコルク床と遮光率50%の屋根を創り、大人組四人で腰を下ろした。ママ先生と新米保育士は俺のことを知らずとも、輝力工芸スキルは知っていたらしい。二人は俺の技術をしきりと褒めてくれて、涙ぐまずそれに応えることに俺は生命力の半分を費やさねばならなかった。ママ先生に褒められたことはママ先生の姿を網膜が捉えたことの、百倍近い破壊力があったのである。神話級の健康スキルがなかったら生命力が枯渇し倒れていたのではないかと、真剣に考えた俺だった。

 コルクの床は、20メートル四方の正方形。畳でいうと240畳の広さがあり、子供の数は50人ほどだから、食事をしても昼寝をしてもこれで十分だろう。ならば次は、今この瞬間の子供達に必要な輝力工芸をする番。俺はママ先生と新米保育士に「驚かないでください」と告げて分身を一体だし、それを子供達の方へ歩いて行かせる。そして子供達全員に声が届くよう無色透明の輝力壁でメガホンを創り、語り掛けた。


「みんな、菜の花畑の向こう側を見たいかい?」「「「「みた~~い!!」」」」

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