表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
765/817

118

「翔は、東南アジアのマングローブ蟹を食べたことある?」「ありますあります。前世の俺が食べた、世界一美味しい蟹でした」「ああよかった。私が食べた大河の湖の蟹には、マングローブ蟹の風味もあってね。調べたら、赤道に比較的近い気候がそうさせているみたいだったの。そしてマングローブ蟹に、旬はさほどない。湖の蟹を6回食べた私の感想も、『旬はさほどない』だったわ」「ヨッシャ――ッッ!!」


 ちなみに前世の小鳥姉さんがマングローブ蟹を食べたのは、上海からカサブランカへ移住する海路の途中だったそうだ。蟹がらみの二度目の電話となるその時も海路途中の名物料理で大いに盛り上がり、後で達也さんに「妻がたいそう喜んでいた、ありがとう」と礼を言われる程だったのである。芥子粒ほどの恩返しができた気がして、嬉しかったな。

 かくして蟹と俺を分かつすべての壁(?)を撤去した俺は、


「いざ蟹釣り!」


 とばかりに蟹を釣ることを始めた。実はこの星では、日本でお馴染みの網を使った網漁や、籠などを海底に沈める罠漁が、禁止されているんだよね。商業目的の漁では水中ドローンを使い、一匹一匹丁寧に捕獲するのが原則。市場の需要を基に完全に売れる個体のみを選別して締め、売れるか売れないかの境界線上にある個体は快適な環境で生かし、売れなかったら捕獲場所に帰すことを法的に義務付けているのだ。個人で消費する分は、「機械を使わず本人の技量のみで釣る」よう法律に明記されている。たとえば水中ドローンで蟹を見つけて眼前に餌を付けた釣糸を垂らしたりすると、蟹を捕獲していずとも犯罪者確定になる。地球だったら法律の原則に反していると反論されそうだけど、それは証拠を揃えるのが困難な地球の話。裁判で有罪が確定するまでは無罪とする地球の原則は確かに崇高だけど、「水中ドローンで蟹を見つけて眼前に餌を付けた釣糸を垂らしたこと」を当の水中ドローン自身が法律違反の証拠として裁判所に提出するのだから、妥当な判決と個人的には考えている。また提出即有罪になればそれを本人に告知することにより、蟹を獲ることを止める可能性が高いというのも、妥当と考える大きな理由だ。告知され反省し蟹を獲らなければ、軽い罰金で済むのがこの星の法律だからさ。

 話を戻そう。

 機械を使わず本人の技量のみで魚介類を釣るよう、この星では定められている。ならば「意識投射は個人の技量か否か」が論点になるけど、法務省のAⅠに「俺って意識投射できるんすよねハハハ」と明かすのは、不可能ではなくとも難しいのが現実だった。よって美雪に恐る恐る訊いてみたところ、「個人の技量よ」とあっさり返された。という訳で繰り返すが、


「いざ蟹釣り!」


 と蟹釣りを始めた俺は心を2分割し、一方を船上に残しもう一方で水中に潜り、湖底を隈なく探し始めた。すると嬉しいことに、そこら中にマングローブ蟹がいるではありませんか! 30センチ級の大物すらゴロゴロいて、船上と水中の区別なくガッツポーズしたものだ。ちなみに蟹の大きさは甲羅の横幅で計測し、「甲幅こうふく10センチ」のように表記する。地球では甲幅20センチがこの蟹の上限だったと記憶しているけど、汚染皆無と栄養豊富と乱獲無しが合わさった結果、30センチ近くまで成長したマングローブ蟹がウジャウジャいる状態になったのかもしれない。この星のマングローブ蟹はロブスターのような、不老の生物ではないと思うけどさ・・・どうなのだろう?

 けどそれは後で調べるとして、俺は心の分割数を10に増やし、かつオーラ視力に切り替えて蟹の生命力の多寡を調べた。すると甲幅25センチの三匹に生命力が多くみられ、その三匹を捕獲することにした。釣糸の先端に餌となる魚の切り身を直接結び、目星をつけた蟹の直上へ空中を飛んで移動し、釣糸を垂らす。そして蟹の目の前でユラユラ揺らしたところ、蟹が鋏で餌を挟んだ。すかさず糸を持ち上げ、「餌が逃げようとしている」と蟹に錯覚させる。そしてそれは、成功したらしい。餌を逃すまいと、蟹が鋏に力を籠めたんだね。この「逃げようとする獲物を逃すまいとする」のは生物の本能であり、たとえば巨大魚に足を噛まれた素潜り漁師は足を引き抜こうとするのではなく、足を巨大魚の口の中に押し込もうとするという。引き抜こうとすると魚は口を更に堅く閉ざすが、押し込もうとすると口を開けるみたいなのだ。蟹もこの本能を強烈に持っておりどれくらい強いかというと、


「釣れた~~!」


 と俺が叫んだように、餌を挟んだまま船上へ運ばれてしまうほど強かったりする。蟹釣りに針が不要なのは、こういう仕組なのだ。

 残り二匹も順調に吊り上げ、調理開始となった。これでも戦士なので鋏に挟まれることはないがあえて輝力手を創り、三匹をぬるま湯で丁寧に洗っていく。次は暴れぬよう紐で縛るのが本来の手順なのだけど、輝力手を操れる俺にその必要はない。100度の水蒸気を濛々とあげる蒸し器の中に、輝力手で掴んだ三匹の蟹を裏返して入れた。蟹の断末魔の苦しみが、輝力手に直接伝わってくる。俺はそれを、命を奪うことの罪として心に刻むことを義務にしていた。

 サイズが大きいため、蒸しあがるのに20分ちょい掛った。釣ったときは黒に近い灰色だったのに、今は鮮やかな赤色になっている。火を弱めた蒸し器の中から一匹を取り出し皿に乗せ、手を合わせる。次いで裏返し、俗にいう「ふんどし」を取り外す。再度手を合わせ、蟹スプーンで蟹味噌を頂いた。

 ヤバい味がした。うま味の濃厚さの極限を追求したかのような蟹味噌の味に、中毒を危惧してしまったのである。この中毒は「虜になる」を意味し、椰子蟹の蟹味噌の消化管に含まれる「本物の毒」を意味するのではない。まあそれは置き、蟹味噌は脊椎動物における肝臓と膵臓の機能を併せ持つ臓器であり栄養と生命力の塊であるため、これほど濃厚な命味(生命力の味)がするのだろう。前世でたびたび見た奇妙な夢を思い出した俺は、


「人を捕食する宇宙人は、非戦士より戦士を美味しいと感じるのだろうな」


 心の中でそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ