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 そう頼まれることを事前に予想し対策を講じていた俺は、輝力製のピアノを既に創っているから後で俺の夢に来いと返した。勇はメチャクチャ喜び、喜ぶ親友の姿に安堵していた俺の脳裏を、あるものが駆けた。それはその数秒前に勇が提案した「舞と翔で弦楽四重奏を演奏しないか」であり、そのときは駆けた理由を解明できなかったけど、こうして気持ちを整理した甲斐あって理由を解明することが出来た。それは、


『勇と舞ちゃんのバイオリンソナタより先に、俺と舞ちゃんの弦楽四重奏を披露すべきではない』


 という、極めて単純なことだったのである。しかしなぜ俺は、これほど単純なことを見落としていたのか? 複数の理由が複雑に絡み合っているように思えるがそれは樹木における枝葉でしかなく、それらの大本である頑強な幹に相当するのはほぼ間違いなく、舞ちゃんを血の繋がった娘と感じたことなのだろう。17の人生で肉親のいなかった俺にとって、血の繋がった娘という感覚は刺激が強すぎた。強すぎて忘れられず、俺は今でもあの影響を拭いきれないでいる。弦楽四重奏も舞ちゃんとなら遠慮しても、愛娘との共演という想いが心の奥深くにあったため、未練が出てしまった。認めたくないけどそう考えるのが、一番しっくりくるのだ。

 また悪いことに、いや悪いは語弊があるので訂正して困ったことに、組織で教わった知識等を使えばこの件を説明できてしまうのである。「来世で舞ちゃんは俺の娘になる」がそれだ。娘になる未来が確定したもしくは可能性が急上昇したからそう感じたのか、それともそれを感じ取る能力もしくは資格をあの時やっと獲得したのかは定かでないが、俺と舞ちゃんが親子になる来世は十分あり得ると言わざるを得ない。鈴姉さんと小鳥姉さんも一時期それをしきりと言っていたし、また俺の娘になるということは母さんの孫になることでもあり、そちらも凄まじく魅力的だからだ。ただそれに関しては一抹の不安もあって、それは前世が王女だった母さんは来世も王女になる予感が多分にすること。母さんは相応しいが根っからの小市民かつ小心者の俺には、厄介ごとにしか思えないんだよね。かといって「筆頭大聖者が有する来世の出生環境を選ぶ権利」を侵害するなど、決してしてはならない。それに俺と違い舞ちゃんや姉達は、王女の孫に生まれることを望むかもしれないしさ。

 話を戻そう。

 仮に来世で俺と舞ちゃんが親子になるとしても、来世と今生はきっちり区別すべき。俺と舞ちゃんが弦楽四重奏で共演するのは、勇と舞ちゃんのバイオリンソナタのお披露目以降でなければならないのだ。という訳で、考察すべきことと決断すべきことを全て終わらせた。さあでは、舞ちゃんと解君の演奏に集中しますか。

 と意気込んだのだけど、全て終わらせたという判断は間違っていた。舞ちゃんと解君の演奏に集中している内に失念していたあることに気づき、あやうく頭を抱えかけたのである。その失念していたことは、コレ。


『解君が舞ちゃんに抱く敬愛に、親近感を覚えて当然だった。解君を俺に似せて創ったさい、俺は知らず知らずのうちに、俺のマザコン気質も解君に模写していたのである』


 解君のお披露目という目出度い席で、頭を抱える訳にはいかない。そう自分に言い聞かせ、心の中のみで頭を抱えることに俺はどうにかこうにか成功したのだった。


 舞ちゃんと解君の演奏は、二曲を予定していたらしい。この星を代表する陽気な曲を軽快にステップしつつ弾き終えた舞ちゃんは、バイオリンの表部分が観客席に向くよう解君を抱きしめ、皆に深々とお辞儀した。そして盛大な拍手を浴びつつ、舞ちゃんはステージの袖へ解君と一緒に去って行った。

 となったら、観客のすることはこの星も地球も変わらない。俺達は拍手を止めず「アンコール!」「アンコール!」を繰り返したんだね。前世はこれを半ば礼儀でしていて、100%礼儀なことも数回あったけど、今は礼儀0%の本気100%。二曲とも盛り上がったが俺に言わせると、あの二曲は盛り上がることを目的に選ばれた曲でしかない。昨夜のセッションで舞ちゃんの超絶技巧を聴いた身としては、今夜も超絶技巧に酔いしれることを切に願ったのである。よって両手でメガホンを作り「舞ちゃんの超絶技巧を聴きたい!」と大声で請うたところ、「超絶技巧って何?」系の質問を皆にされた。正確には姉達と翼さんを除く全員なのだけどそれは置き(勇も全員に含まれるのは残念すぎるのだけどそれは特に置き)、俺はバイオリンの演奏の難しさを語った。その上で「難しいからこそ、ほんの一握りの達人だけが弾ける超絶技巧曲がバイオリンにはあって、舞ちゃんが昨夜それを弾くのを俺は聴いたんです」と説明したところ、


「超絶技巧!」チャンチャンチャチャチャ 「超絶技巧!」チャンチャンチャチャチャ


 が繰り返される事となった。え~と皆さん、呑み込みが早すぎはしませんか? と首を捻りたい気はするが今はそれをぶん投げ、俺も「超絶技巧!」チャンチャンチャチャチャに喜んで加わった。舞ちゃんが「どうしてくれるのよ!」と焦りまくったテレパシーを送ってきたけど、ここは腹をくくるしかないよ舞ちゃん。そうテレパシーを返したところ、


「おお!」「いいぞいいぞ!」「せえの!」「「「「舞ちゃん解君がんばって~~!!」」」」


 舞ちゃんと解君が再びステージに現れたのである。俺は痛いほど掌を打ち鳴らして二人を称えた。表部分が観客席に向くよう解君を抱きしめ、舞ちゃんが皆に笑顔でお辞儀する。拍手と歓声が一段と増し、しかし舞ちゃんが背筋を伸ばしてバイオリンを構えるや、全ての音がピタリと止まった。重さを感じるほどのその静寂にパガニーニのバイオリン協奏曲第二番第三楽章、


  ラ・カンパネラ


 が響いた時はぶったまげた。だってこれ、地球の曲だったんだもん。

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