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「お願いだ翔、俺に輝力製のピアノの創り方を教えてくれ!」
勇が他にも頼み事を抱えていたのは、一瞬で察知できた。それがコレなことも昨日の内に可能性として考察し、対応を完了させていた自分を、俺は心の中で褒めちぎった。
「愛妻家の勇のことだからそう言ってくるかと思い、輝力製のピアノを既に一台創っている。この会合が終わったら、俺の夢に来いよ」「ウオオッ、やっぱ翔は俺の最高の親友だ―――ッッ!!」「はいはい、俺も同じだよ~」
クラシック音楽に興味のない人でも、バイオリンの伴奏をピアノが務めることくらいなら知っている人は多い。勇もそれを知っていたのかそれとも調べたのかは定かでないが、伴奏を担当することで愛妻と一緒に音楽を楽しみたいと願うことなら容易に想像できた。よって一応ピアノを創ったのだけど、それを昨夜のうちに完了させておいた昨日の自分をこれほど褒めることになるとは思わなかった。勇もメチャクチャ喜んでいるし、マジ良かったな。と安堵した俺の脳裏を、ついさっきされた提案が駆けてゆく。声を殺して笑いあったのち、勇は俺にこう提案したのだ。「最後の質疑応答で諸々の質問に一発回答すべく、舞と翔で弦楽四重奏を演奏しないか」と。
昨夜俺は舞ちゃんに、嘘をついた。怒りの竜巻と化していた舞ちゃんの「バイオリンを弾けることをなぜ隠していたの?」という問いに本心を明かさず、創造主や組織を引き合いに出して誤魔化したのである。創造主や組織が関わっているのは事実でも、バイオリンを弾けることを勇と昇という「男のみ」に話していた真の理由は、それではない。真の理由は、美雪にある。楽器を弾く俺と音楽を一緒に楽しむのはこの宇宙にただ一人、美雪だけ。心の中で俺は密かに、そう決めていたのだ。
竜族の幼稚園のある崖でアベマリアを歌うことを美雪に提案したのは、その一環。美雪は、楽器の演奏は首を横に振っても歌は首を縦に振る気がしたのであの提案したところ、見事に当たったんだね。美雪の歌はこれまで無数に聴いてきたけど、俺が伴奏することで音楽を一緒に楽しんだのは、アベマリアが初めて。美雪も歴代屈指級に喜んでいたし、音楽を一緒に楽しむのは美雪ただ一人という想いを、俺は益々強めていった。なのになぜ勇の「舞と翔で弦楽四重奏を演奏しないか」との提案を拒否しなかったかというと、これにもアベマリアが関わる。美雪は歌を歌い、他の皆は楽器を奏でる。このような関係を構築できたら、美雪は皆ともっと普通に交流できるようになるんじゃないかと思ったのだ。そう思ったのは嘘ではないが、実情はもっと複雑。複雑にしている要素は二つあり、一つは美雪と面識が無いのは舞ちゃんだけということ。それだけでも舞ちゃんは特異なのに、複雑にしているもう一つの要素にも舞ちゃんは関わっている。それは「音楽を一緒に楽しむのは美雪ただ一人」と決めていたにもかかわらず、俺は舞ちゃんとバイオリリンのセッションをしてしまったということだ。美雪様、まことに申し訳ございませんでした。
ただこの舞ちゃんとのセッションは浮気というより、俺の考え足らずの面が強い。どういうことかというと、バイオリンを弾けることが舞ちゃんにバレた時点で、バイオリンの弾き方を舞ちゃんに教えてもらうのは不可避だったということだ。これに気づいていれば「音楽を一緒に楽しむのは美雪ただ一人と決めていたけど、無理になったみたいだ。ごめんね」と事前に謝罪できたのに、気づいていなかったせいで事後報告になってしまった。事後報告でも美雪は「一緒に楽しむのは美雪ただ一人」をとても喜び、またバイオリンの件が舞ちゃんにバレたことには創造主が関わっていること、及びバレたら教えを請うのが不可避になることを同意してくれたけど、事前報告の方が良かったのは言うまでもないのである。よって落ち込んでいたところ、美雪はこんな問いを俺にした。
「ねえ翔」「うん、なに?」「創造主は私のことも見ていてくれると思うけど、どうかな」「もちろん見ている、俺が保証するよ」「なら翔が自由に行動した先に、私の幸せがあると思うよ」「む・・・」「たしか帽子堂が物質化した時も『次も手伝うから自由に行動するんだよ』みたいなことを、翔は言われていたよね」「むむ・・・」「翔の主張どおり舞さんとのセッションは、翔の見落としだったのだと思う。でもほら、翔はよく言うじゃない。自分は、お釈迦様の掌で踊るアホ猿なんだって。見落としたのも掌の上なら、見落とさなかったのも掌の上。見落とさないことも重要と思うけどそれ以上に重要なのは、直面した出来事に翔が自由な発想で臨むこと。私は、そう思うんだ」「むむむ・・・」「翔のことだから、今夜の準四次元会合も様々な場面を予想して、対策を講じておくつもりなんだよね」「う、うん。そのつもりだよ」「それは正しいと私も思う。でも、正しいのはそれだけじゃない。想定内だろうと想定外だろうと、直面したとき心に生じた素直な想いを、蔑ろにしないこと。これが私の本心だって、忘れないでね」「はい、忘れません」
う~む、改めて振り返ると俺にとってのお釈迦様には、美雪も含まれている気がしきりとしてきたぞ!
まあ美雪なら全然いいし、話を一段戻すとするか。
勇が俺に提案した「最後の質疑応答で諸々の質問に一発回答すべく、舞と翔で弦楽四重奏を演奏しないか」へ俺が「可能性の一つとして考えていたけど結論を未だ出せないんだよ」と答えたのは、美雪との約束を守った上でのこと。舞ちゃんと解君が奏でた一曲目に母子の絆を感じ、奏でた二曲目に今生の舞ちゃんの幸せを観た俺は、弦楽四重奏の件を勇に提案されたさい、まこと結論を出せなかった。それがその瞬間における素直な想いだったため美雪との約束を守り、想いをそのまま勇に伝えたんだね。勇のことだから、俺が素直な想いをそのまま伝えたことを寸分たがわず感じ取り、それ故「結論を出すことを翔に急かしてしまった」と反省したから、スマン忘れてくれと俺に謝罪した。とまあこれがあの時の俺と勇の、胸中だったのである。
ああ、やっと整理がついた。では話を二段戻し、本命の考察を始めるとしよう。
スマン忘れてくれと俺に謝る勇に「他にも頼み事があると感じるのだがどうだ?」と問うたところ、勇は前振りなく土下座した。
「お願いだ翔、俺に輝力製のピアノの創り方を教えてくれ!」




