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 てな具合に今が急遽開いた会議なことを全部忘れて気炎を上げるバカ猿二匹の耳に、とても機嫌良さげな舞ちゃんの声が届いた。「解、母さんの夫と母さんの幼馴染は、凄いでしょ!」 結界内で怒りを思う存分爆発させた舞ちゃんは、晴れ晴れとした表情で夫と幼馴染を息子に自慢している。男の子の解君も俺と勇の男の友情に興味津々のようだし、万々歳だ。合流した俺達は気持ちを切り替え、今後の予定を話し合っていった。

 といっても変更点はなく、次はバイオリンのソリストになる未来が舞ちゃんに生じたことを勇が説明し、続いて解を舞ちゃんが弾き、最後は質疑応答をして閉会ということに決まった。決めることは、もう何もない。名残惜しくとも、この集まりに誰かが幕を下ろさねばならないのだ。ならば緊急会議を提案した者として、俺がそれをしなければ。と思いそれを提案したところ、胸中噴き出してしまった。舞ちゃんが「憤慨したせいで勇と翔君のやり取りに参加できなかった」と、演技丸出しで落ち込んだんだね。そうそれは明らかな演技だったのに愛妻家の勇が「お願いだ翔、近い内にまたこうして俺らと会ってくれ!」と慌てて頼んできたとくれば、胸の中ではなく実際に噴き出してしまっても許して欲しい。「本気で頼んでいるのに、なに爆笑してるんだよ翔」「悪い悪い、変な笑いじゃないから安心してくれ。近い内にまた会うことは賛成。日時は明日、飯を食いながら決めようぜ」「おう、決めようぜ」 こうして俺達は緊急会議を終えた。意識分割も併用していたし、誰にも気づかれなかったようだな。

 そうそう、ステージ上の勇が司会をする光景に様々な想いが飛来した最後に「?」と奇妙な何かが脳を駆けたことの、謎が解けたんだった。あのとき俺は勇をよりいっそう理解できたことを喜んでいて、その「理解できた喜び」が解と同じだったため、時間と空間を超えてバイオリンの名が解であることを俺は朧げに察知した。しかし朧気すぎて意識の表層に上ってこず、奇妙な何かとして感じることしかできなかった。これが、あの時の真相だったんだね。ドワッ、マズイやっと気づいた、解という命名をすこぶる気に入っていることを、俺は勇に伝えていないじゃないか! 慌ててテレパシーを送ろうとしたけど丁度そのとき勇が舞ちゃんの件を話し始めたため、今すぐ伝えるのは諦めるしかなかった。己のダメっぷりに、ほとほと呆れた俺だった。

 そんな俺とは対照的な、前世の舞ちゃんの華々しい経歴が勇によって語られていく。なんと前世の舞ちゃんは国内の賞を総なめにしたのち世界に打って出て、世界最高の権威を誇るコンテストで優勝したそうなのである。クラシック好きだった俺はその凄さを理解でき興奮してしまい、周囲からいささか白い目で見られたけど、そんなのどうでもいい。地球における同種の賞を受賞した新人ソリストが奏でる音を、前世の俺は直接聴いたことがある。あの時は天上の音と感じたが、昨夜の舞ちゃんが準四次元に響かせた音は、あの演奏を凌いでいたのである。このように舞ちゃんの凄さを計る尺度を俺は持っているが皆は持たないのだから、俺の興奮を理解できなくて当然なのだ。よってそれを無視することにした俺は演奏準備に入った舞ちゃんと解君へ、大きな拍手を贈った。拍手と一緒に、地球時代に聴いた音と昨夜の演奏についての感想をテレパシーで伝えたところ、舞ちゃんは照れつつ解君は誇らしげに、ありがとうの波長を返してきた。解君が舞ちゃんに抱く誇りと、俺が母さんに抱く誇りがピッタリシンクロし、解君への親近感が激増してゆく。それが嬉しすぎ、解君に関する非常に大切な何かを失念している気がしたけど、後回しでいいか。そう開き直り、俺は目を閉じた。瞑目することで脳の視覚野を不活性化し、その分で聴覚野を活性化させ、耳を一時的に良くしたんだね。この技法は地球のクラシックコンサートで習得し、今生は一度も使ったことなかったけど、自分でも驚くほどすんなり再現できた。人って面白いな、と思ったのを最後に意識の能動的活動も不活性化させ、


  音楽を聴く


 という意識の受動活動のみに励むよう脳に頼んだ。長年の親交が活き「了解~」と快く返してもらえたのを機に俺は考えることをしばし止め、感じることに専念した。

 その、約3分後。

 舞ちゃんと解君は、13人の観客の拍手と喝采を一身に浴びていた。舞ちゃんが最初の演奏に選んだのは、ここ十年の最高傑作の呼び名も高いラブソングだった。その歌詞の部分を、舞ちゃんと解君は甘く切なく歌い上げたのである。その音は昨夜以上に神がかっており、そして間違いなくそれには、舞ちゃんと解君の絆が関わっているはず。昨夜はバイオリン演奏の達人とバイオリンという間柄でしかなかったが、今の舞ちゃんと解君はそれとは比較にならぬほど強固な絆を築いた、母親と息子だからさ。

 また息子の解君が響かせる音には、母親を敬い愛する気持ちがたっぷり込められていて、俺はそれがなぜか無性に嬉しかった。俺の拍手と歓声が皆より大きいのは、胸に溢れるこの嬉しさが加わっているからなのだろうな。

 なんて感じのことをのほほんと考えていた俺の心に、頭を抱えた未来の自分が一瞬映った。でも頭を抱えるなんて日常茶飯事だし、何より舞ちゃんと解君が次の曲へ移ろうとしていたため、俺は一瞬映った未来の自分を放り投げ聴くことに再度没頭した。

 舞ちゃんが次に選んだのは、この星を代表する陽気な曲だった。かつそれを軽快なステップを踏みつつ舞ちゃんは演奏したため、観客は乗りに乗った。椅子に座っていなかったら舞ちゃんと解君を中心に踊りの輪ができていただろうな、と思わずにいられぬほど会場は盛り上がったのである。またホント何となくだけど前世の舞ちゃんには、この演奏は無理だったように感じた。前世の星では得られなかった幸福を今の舞ちゃんは持っているから、聴いているだけでこうも心躍る演奏が可能になったのだと、俺には思えてならなかったんだね。然るに涙が零れてしまい、それは傍から見たら場違いな涙だったはずなのに、同意と感謝の視線を俺は感じた。瞼を開け、そちらへ顔を向けてみる。すると俺同様、涙を流した勇と目が合った。長い付き合いなので俺達は互いの涙の訳を一瞬で解り合い、勇は俺に感謝を述べ、俺は勇にお祝いを述べた。その後二人で声を殺して笑ったことまではお約束だったが、続いてなされた提案は想定外だった。いやそれは嘘で可能性の一つとして考察しており、ただ単に結論を出せなかったというのが真相だ。よってそれを素直に話し、俺にもどうすれば良いのか分からないと白状したところ、「スマン忘れてくれ」と謝られてしまった。謝られる謂れはないがそれは脇に置き、「勇は他にも頼み事があると感じるのだがどうだ?」と問うたところ、前振りなく土下座されてしまった。


「お願いだ翔、俺に輝力製のピアノの創り方を教えてくれ!」

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