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「しかし翔がいうには外国語の勉強を続けていると、脳内の大忙しが一掃される経験をするそうです。耳に届いた外国語を外国語として理解し、外国語での返答を自動的にする。発音や抑揚等も、すべて無意識に行う。外国語の理解がある境界を越えるや、そういう瞬間が訪れるらしいのです。外国語では未経験ですが、格闘家だった前世の俺は、格闘技の訓練の最中に同じ経験をしました。複雑な工程を踏む高度な技を、すべて無意識に一瞬でしてのける。その経験なら、俺も無数にしましたね」

「おい勇、なら最初からそれを話せよ」「アホ、それだと笑いが半分以下になるじゃんか。1+1=2だが、気の合う仲間と協力したら2以上になる。俺と翔はそれを、無数に経験してきただろ」「むっ、まさしくそのとおりだ」「だろ!」「だな!」


 的な俺と勇とのやり取りに、やんやの歓声があがった。すかさず俺は立ち上がり、勇とピッタリシンクロして「「ど~もど~も」」とやって見せる。この星における「座布団一枚」が飛び交う中、俺は腰を下ろした。こういうのは引き際が、最も大切だからだ。幸いタイミングを外していなかったらしく益々盛り上がった聴衆へ、勇は再び語りかけた。


「話を戻しますが翔は外国語の勉強で体験したそれと同種の体験を、クラシック音楽でもしたそうです。初めてクラシック音楽を聞いた17歳の時は、何もかもチンプンカンプンでした。それでも聞いているうち少しずつチンプンカンプンではなくなりましたが、聞いていて楽しいとまでは思いませんでした。そんな翔に、例の瞬間が訪れます。音の繋がりの絶妙さとそれがもたらす心地よさを、ある瞬間を境に、自ずと感じ取れるようになったのです。それ以降、翔は大のクラシック好きになりました。それと完全に同じではありませんが、似た体験を俺もこの準四次元でしました。舞が音楽でバイオリンの自己紹介をしたのが、その時です。俺がクラシック音楽を真摯に聴いたのはそのときが初めてですから、そこは翔と異なります。でも自己紹介なら、俺は無数に聴いてきました。いかなる障壁も設けない無の心で相手の自己紹介に耳を傾けることなら、俺も数多くこなしてきたのです。だからバイオリンの自己紹介も心にそのまま届き、そしてそれを聴き終わったとき、心にある文字が生じていました。それはこのバイオリンが、外の世界へ向ける興味の本質と俺は考えています。この子は外の世界を、解りたいと思っている。自分とは異質のことばかりだろうと、この新しい世界を解りたいと願っている。その解るという文字が、俺の心にあったんですね。ですから俺はこの子を、かいと名付けました。皆さん、俺と舞の子供の解を、どうぞよろしくお願いします」


 割れんばかりの拍手と共に、「解君よろしく!」の声が方々からかかった。それを受け、解君は喜びの波長を燦々と放った。思いが伝わりやすい準四次元なのが功を奏し、実際に見える波長として目に映ったんだね。バイオリンが意識を持ち受け答えまでしたのだから、皆の興奮も想像つくというもの。会場は沸きに沸き、解君は俺らの仲間として迎え入れられたのである。

 それは、もちろん嬉しい。だが、あることを苦々しく思っている者がこの場に三人いるのも事実だった。舞ちゃん、勇、俺がその三人だね。この三人に共通しているのは、解の音を聴いているということ。この三人以外は人と意思疎通できる解の意識のみに注目し、それだけで解を理解したつもりでいるが、それは大きな間違い。解の音を聴かずして解を理解するなど、絶対不可能なのである。「舞ちゃんと勇もそうだよな!」とのテレパシーを二人に送ったところ「「ウオオ――ッッ!!」」という、女性ではあまり聞いたことのない雄叫びを舞ちゃんが勇と一緒に上げたものだから、俺は少しのけ反ってしまった。でも、


  そりゃそうだよね


 と納得する自分も俺の中にいた。母親って、ああいうものだからさ。

 かくなる次第で俺は舞ちゃんと勇に呼びかけ、輝力圧縮会議を急遽開いた。この後の予定を俺は知らなかったから知っておきたかったし、またほんの少しとはいえ話し合いの時間を設けることで二人を、特に舞ちゃんを落ち着かせなければならないと思ったのである。それは当たり会議が始まるや舞ちゃんは皆の早とちりをなじり、「解の実力はこんなものじゃないのよ――ッッ!!」と怒りを爆発させた。幸い直前にピンと来て意識を遮断する結界で舞ちゃんを包めたけど、ピンと来なかったらおそらく間に合わず、舞ちゃんの怒りを皆に察知されてしまったと思う。三十数年前、天風家の仮陸宮に降臨した母さんが周囲に張った結界に中二病を掻き立てられ、教えを請い習得したものの、実際に使ったのは今日が初めてなんだよね。う~む改めて振り返ると、よく間に合わせたな俺!

 けどまあそれは脇に置き、と勇に顔を向けて今後の予定を教えてもらおうとしたのだけど、脇に置けなかった。勇が「あの結界の張り方を教えてくれ~~」と、俺に取りすがってきたのだ。何はともあれ勇の懇願に耳を傾けようと思いそれを実行したところ、舞ちゃんは十年に一度くらいの割合であのように怒りを爆発させるらしいのである。心底感心した俺は、まずはそれを勇に伝えることにした。


「勇、夫婦って凄いんだな。俺は心底そう思ったよ」「あれ? 今ってそういう流れだっけ。でもお前がそう言うならそうだろうし、それに今回の突破口はそこにあると俺は感じた。翔、洗いざらい話してくれ」「洗いざらい話すなんて御大層な代物じゃないけど、任せておけ。剣持夫妻に俺が感心した一つ目は、舞ちゃんに思う存分怒らせてあげたいから勇は結界を望んでいるということ。楽器練習用の防音室を自宅に設けるような、そんな感じかな」「ん? それって感心することか? 舞の怒りには、正当な理由が必ずある。それを無理やり封じるのは、俺の務めとは真逆の行為。内に秘めた激情を素直にさらすことが出来るのは、夫の俺だけ。それが夫婦と見定め、俺と舞は一緒に生きてきたんだよ」「ははは、当たり前すぎて真価が判らなくなっているようだな。勇と舞ちゃんのその見定め、俺は素晴らしいと思う。二人を手本にして、俺は次の人生で奥さんを探すよ」「おお、とうとう結婚に前向きになったか! それは嬉しくて堪らないが、今は舞を優先させてくれ。マジすまん」「アホ、舞ちゃんを優先して当然だ。それと、剣持夫妻に感心したもう一つは、勇がもう言っちゃったよ。『内に秘めた激情を素直にさらすことが出来るのは、夫の俺だけ』 勇のこの言葉、来世に引き継ぐ知識の保管庫に仕舞わせてもらったよ。という訳で、この二つに俺は心底感心した。勇と舞ちゃんの夫婦のあり方は、俺の憧れなんだ」「よ、よせよテメエ、照れるじゃんか」「いいじゃん、照れろよ」「だな!」「だろ!」「「ギャハハハハ~~!!」」

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