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 また創造主がお膳立てしたのなら、命名の逸話をバイオリンも持っていると思われる。逸話を持っていたからその場面が具現化するまで勇は名前を思いつけなかった、と言えるのではないかな。いずれにせよ虎鉄と美夜の昨夜の助言は、まこと正しかった。俺は二匹に感謝すると共にこれからもヨロシクと、胸の前で手を合わせた。

 意識投射の準備を終え、肉体を離れる。続いて勇と舞ちゃんが創造した会合場所へテレポーテーションしたところ、そこは座席数300ほどの小さなコンサートホールだった。ソリストもしていた舞ちゃんなら座席数2000の大ホールの隅々までバイオリンの音を届けられるはずだけど、2000席のうち13席しか埋まっていないのは想像しただけで心臓に悪い。300席の13席も大概だが、300を下回る座席数のホールは商業的に難しい関係で数が少なく、現実的でないと舞ちゃんは考えたのかもしれない。時間があったら、真相を訊いてみよう。

 ほどなく全員ホールに集まった。今日の参加者は予想したとおり、鷲達と両夫妻も加わった計14人。その14人のうち勇と舞ちゃんを除いた12人が、座席の最前列とその後ろに並んでいる。ここのような最小クラスのホールのステージは、低く作られるのが一般的。座席最前列との段差が無いホールも珍しくないほどだ。その無段差がこのホールには採用されていて、ステージと座席最前列の床は同じ高さになっていた。席に座っている12人とステージに立っている勇と舞ちゃんの目線は、適切の見本といったところ。もっとも地球だったら女性奏者の場合、楽器の位置が少々低いとの意見が出たかもしれない。けど、舞ちゃんなら丁度良い。なぜなら舞ちゃんの身長は祖母である冴子さんより2センチ高い、208センチだからね。ちなみに翼さんは215センチ、奏は舞ちゃんと同じ208センチだ。勇は、勇者メンバーだった亮介より2センチ高い216センチで、昇はそれより2センチ高い218センチ。鷲と橙は勇と同じ216センチ、晴と藍は207センチだね。というふうに皆の身長をなぜ諳んじられるかというと、身長コンプレックスを俺は抱えているから。次の戦争の勝敗を握っている覚悟はできているし、子供達の憧れになっていることにもやっとこさ慣れたけど、高すぎるこの身長は未だ無理。俺はそれをなるべく忘れようとし、すると俺の個人的性格なのか人類全般に当てはまることなのか定かでないが、忘れようとすればするほどそれは巌の如き存在感を放ち始めるのである。むむう、なぜなんだ・・・・

 話を替えよう。

 皆が揃ったのを機に、ステージ上の勇が話し始めた。こういう司会的な仕事を勇が得意だったのは知っていたけど、ステージ上の勇を今日初めて見て解ったことがある。それは司会者としての資質の由来は、前世にあるということだ。プロの格闘家だった前世の勇は試合だけでなく、格闘関連の興行も日常的に行っていたという。概してイベントというものは盛り上がれば盛り上がるほど売り上げも増し、そして勇は現役時代は盛り上げ上手な名物選手として、引退後は盛り上げ上手な名物司会者としてお金を稼ぎ、家族や社員を養っていた。正しき心でなされたそれを創造主は善行と認め、善果として今生の勇に引き継がれた。それを「コイツは盛り上げ上手だな」や「司会者の才能があるな」や「人をまとめるのが巧いな」等々として見てきたのだと、俺は解ったんだね。その瞬間、


「?」


 何かが脳を駆けた。それは難問をやっつける閃きに似ているのに俺が直接取り組んでいる難問ではないという奇妙なものだったが、なにかを打開する閃きが誰かに下りたのならそれで十分なのである。俺は考察を止め、名物司会者の名口調を堪能することにした。

 との判断は正しかったらしい。バイオリンに名前を付ける際の苦労およびそれが霧散した時の説明を、勇が始めたのだ。

 勇はまず、名前を付ける才能がないことに落胆した昨日の自分を面白おかしく話した。背中を丸め暗く沈んだ口調で語られる自虐ネタの数々が笑いを呼び、場を温めてゆく。それを見定めた勇は話を今日に移すと同時に、仕草と口調を明朗快活に替えた。夢とはいえ愛妻に会えたのだから明るくなるのがいつもの勇でも、愛妻の携えたバイオリンを一目見るや、人生を共に歩む家族が一人増えたことを直感したそうなのである。その心で初対面の挨拶をした勇にバイオリンは好印象を持ち、もちろん舞ちゃんも好印象を持ち、そして舞ちゃんは演奏によるバイオリンの自己紹介を始めた。奏でる音に自分とバイオリンの想いを乗せることで、言葉を操れないバイオリンに自己紹介をさせたんだね。勇は前世も今生もクラシック音楽に興味を微塵も抱かなかったのに、舞ちゃんの奏でるバイオリンの音は勇をある体験談と同じ状態にしたという。その「体験談」の箇所で、勇は俺に体ごと向けた。阿吽の呼吸で「俺っすか!?」とのけ反ったところ笑いが立ち上り、場がもう一段温まったところで、勇は前世の俺の体験談を話し始めた。


「外国語を習い始めた当初はよほどの天分がない限り、外国語を頭の中で母国語に翻訳する作業を必ずします。ですから会話の練習をしている最中の脳は、とんでもなく忙しい状況にいます。耳に届いた外国語を母国語に素早く翻訳し、それを基に外国語を素早く構築し、その外国語の正しい発音を記憶の中から引っ張り出して、それに沿って発音する。という作業を会話の間中、ずっと続けなければならないからです。そうはいっても勉強が苦手だった前世の俺はそんな経験を、一度もしていないんですけどね」


 この星に外国語はないけど勉強が苦手なのは同じか、との新たな自虐ネタに爆笑がこだました。勇は体を右へ左へ向け「ど~もど~も」と応えてから、話を再開した。

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