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「翔君は準四次元で弦楽器の練習をする度に、楽器を新しく創っていたんだよね」「そうだよ」「翔君のことだから創り直すことを決して面倒がらず、毎回全力で臨んでいた。どう?」「うん、毎回全力だったよ」「そして準四次元を去る時は、楽器達に心からお礼を述べていた」「ははは、何もかもお見通しだね」「ううん、それは半分違うんだ」「半分って、どういうこと?」「いつも全力で臨んでいたこととお礼を必ず述べていたことは、長い付き合いだから解る。けど、それだけではない。この子が、私に教えてくれたの。自分の前に創られた楽器達の想いを、ほんのり覚えていることを」「な! くっ、母さんはこれを見越して、あの話題を振ってきたのか。まったく俺は、いつまで経っても半人前だな」


 準四次元で芽生えさせた意識には有益なものと有害なものがある、と母さんは教えてくれた。ならば、意識を芽生えさせていない場合はどうなのか? これくらいは瞬時に思い付き率先して考察しないと、母さんの直弟子は務まらない。なるほど、だから俺は正式な直弟子に半歩及ばない、準直弟子なのだな。

 そう気づかせてもらえてありがたかったことは後で感謝するとして、今は舞ちゃんが教えてくれたことについて考察しよう。最初は、「意識を芽生えさせていない」の整理から。

 舞ちゃんのペンダントの中にあるあのバイオリンを、準四次元で意識を芽生えさせた最初の創造物を俺は考えていた。そう俺は無意識に、意識を芽生えさせようとしない限り意識は芽生えない、と決めつけていたのである。しかしそれでは、舞ちゃんが教えてくれたことと矛盾する。「自分の前に創られた楽器達の想いを、ほんのり覚えている」の中にある『楽器達の想い』が、それだね。


  意識が無いなら想いも無く、

  意識が有るなら想いも有る


 とするのが圧倒的に自然なのだから、あのバイオリンの前に創った楽器達も意識を持っていたと考えるのが、やはり自然なのだ。ならば次に考察すべきは、楽器だけが例外なのかそれとも例外ではないのか、で間違いないはず。舞ちゃんに待ってもらっていることもあり時間のない次元へ赴き考察した結果、楽器は例外ではない、との結論を得られた。ということは冷や汗を禁じ得ないが、「俺がこれまで準四次元で創ってきた無数の創造物の全てに意識があった」ということになる。舞ちゃんに待ってもらっていたのでなければ、俺は頭を数時間抱えていただろうな。

 そんな時間はないので話を進めよう。

 少し遠回りになるが、日常の一瞬一瞬の中にこそ人生の奥義がある、と俺は考えている。「特別な訓練にのみ気合いを入れて通常の訓練は気合を入れないのではなく、特別と通常の区別なく訓練は気合を入れて行う。訓練中の時間も区別しないことに該当し、どの一瞬もすべて等しく貴重なのだから、一瞬一瞬気を抜かず行う。そこに、奥義はある」と俺は考えているのだ。したがって準四次元で行ったいかなる創造も、俺は全身全霊で臨んだ。言うまでもなくその全身全霊には心構えも含まれ、たとえ練習の度に弦楽器を創造せねばならずとも、メンドクサイ等は一切思わない。真心を込めて毎回創造し、創造物へ敬意を払い大切に扱い、そして心から感謝を述べて分解する。俺はこの準四次元で、毎回必ずそうしてきたんだね。そして思うに、


「その心構えで創造と分解を行うことは、準四次元に有益だったのだろうな」


 俺はそう、心の中で呟いた。舞ちゃんが教えてくれたところによると、ペンダントの中のバイオリンがほんのり覚えている想いを人間の言葉に翻訳したら、「役に立てて嬉しい」になるという。役に立てて嬉しいと満足しつつ、楽器達は消えていったそうなのだ。そしてそこに俺への罪悪感を、舞ちゃんは覚えることになったのである。


「この子が言うには、役に立てて嬉しいという想いは少しずつ増えていったそうなの。これは私見だけど、今日のように私が関わらなくても、翔君は意識を持ったバイオリンを遠からず創っていたと思う。なのに激怒した私に呼び出され、輝力バイオリンが欲しいとねだられ、この子が消えるようなことはしたくないと駄々をこねられ、他にも数々の要求をされて、この子は私の所に来ることになった。この子が来てくれてもちろん嬉しいけど、その嬉しさを翔君から奪ってしまったことは、悪かったと反省しています。翔君、まことに申し訳ございませんでした」

「舞ちゃんの気持ちは受け取ったけど、それでも謝らないでほしい。その子が舞ちゃんの元に行くのは運命だったって、俺は感じているからだ。舞ちゃん、どうかその子をよろしくお願いします」

「任せて、この子を全力で育てるわ。だってこの子は私の、初めての子供なのだから」


 お母さんとこれから一緒に暮らそうね、と舞ちゃんはペンダントを包んだ両手を胸に押し当てた。バイオリンがメチャクチャ喜んでいるのが、問答無用で伝わって来る。役に立つことを嬉しいと感じる子なら、何もいうことはない。それを舞ちゃんに伝えてから、この会合における俺にとっての本命の話を始めた。


「俺がバイオリンの諸々を舞ちゃんに伏せたことに、舞ちゃんは『相応の理由があるはず』って言ってくれたよね。それは当たっていて、今俺が秘密裏に行っていることを知る人は少なければ少ないほど良いと、創造主も認めているんだよ。同じ基地にいる勇と昇に伏せると迷惑を掛けるから話したけど、二人も最低限の情報を知っているだけ。全貌を知っているのは、母さんと美雪だけなんだ。最低限を話した三人目を舞ちゃんにすると、翼さんと奏と鷲達もそこに加えることになり、知っている人が数倍になってしまう。だから今後も、伏せさせてください。舞ちゃん、ごめんね」

「翔君のことだから組織が関わっていると予想していたけど、創造主も絡む話なのね。うん、わかった。詮索は決してしないと誓います」


 舞ちゃんにお礼を述べたことをもって、この会合で俺が話せることは無くなった。そう伝えたところ、舞ちゃんは「私も似たり寄ったり」と曖昧な返答をした。この曖昧さは、おそらく俺への気遣い。ほとんど何も明かせない俺に舞ちゃんだけが何もかも明かすと、俺の罪悪感が半端なくなる。よって自分にも伏せていることがあると匂わせる「似たり寄ったり」を、舞ちゃんは選んでくれた。多分、そういう事なのだろうな。

 という訳で話すことが建前上なくなった俺達は、会合を終えたのだった。

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