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 前世を16連続で覚えている身として、俺はこの説明のほぼ全てに同意する。同意しないたった一つは、「蜘蛛に母性を重ねる」の箇所。当時の俺はまだ小学四年生だったが、親がいないからこそこの箇所の欺瞞を見破ることができた。人々が日常的に接している巣を張る種類の蜘蛛は獲物を糸で絡め取り、糸で雁字搦めにし、息絶えるまで吊るしておく。この「糸で絡め取ること」と「糸で雁字搦めにすること」と「自分に都合の良い状態になるまで放っておくこと」の三つが、ある種の母親とピッタリ符合するのだ。その種の母親は自分の価値観を子供に押し付け、自分に都合のよい子供に育て、子供の心までもを支配しようとする。そんな母親は三つがピッタリ符合するだけでなく、自分を捕食する捕食者として子供の目に映る。それが親のいない俺には、はっきり分かったんだね。心理学者等の専門家なら尚更わかっただろうに、大人の都合で捻じ曲げたら被害に遭い続けるのは子供達なのだけど、あの人達はそれを知ってて捻じ曲げたのだろうか?

 と前置きが長くなったが何を言いたいかというと、舞ちゃんはそんな母親ではないということ。そんな母親だったら、土下座する俺の姿を子供に見せたら悪影響を免れないが、そんな母親ではないのだから無問題。「母さんは怒らせちゃいけない人だ」との気づきを、子供に芽生えさせるのが関の山だろう。母親を不要に怒らせないのは正しいし、加えて舞ちゃんは怒らせちゃいけない人の先頭集団をひた走る人だから、あのバイオリンに俺の土下座を見せることは有意義だったと思う。いや思うのではなく、そうに違いないのだ。

 こうして心の安寧を得た俺は、母さんの言伝に移った。計算した訳ではないが母さんの言伝に移るや舞ちゃんは椅子を降り正座し、これもバイオリンにとって良い教育だったと言える。バイオリンよ、舞ちゃんの振る舞いを見て学ぶんだぞ。

 それはさて置き母さんの二つの言伝「バイオリンの名付け役は勇が適任」と「今のバイオリンの成長度を1とするなら100にならないと、母さんの波長に堪えられず分解してしまう」を聴き終えた舞ちゃんは、俺に詰め寄った。


「翔君、お願い教えて。どうすればこの子を、成長させてあげられるかな!」


 バイオリンの教育のためにもここは臆さず、俺は意見を堂々と述べていった。息吹の三聖母の一人にこの程度の話をするのは釈迦に説法でも、これは必要なこと。舞ちゃんもそれを理解しているし、何よりバイオリンの生死に関わることのため、俺達はそれについて活発な議論を交わした。先生役になることの多い俺にとってもそれはまこと有意義な時間で、気づくと3時間が経過していた。時間速度を100倍にしているから明日の仕事に支障はなくとも、精神疲労を除去するに越したことはない。舞ちゃんが大好きなアップルパイと美味しい水を二人分創造し、テーブルに並べた。舞ちゃんの前世の星には林檎にそっくりの果物があったらしく舞ちゃんは前世も今生も林檎をこよなく愛し、それはスイーツにも及び、アップルパイを最も好きなケーキに挙げている。また平地が多かったからか前世の星は水があまりおいしくなく、その反動で高山の麓から湧き出る湧水が珍重され、今生も舞ちゃんは美味しい水に出会うと飛び切りの笑顔になる。よってアップルパイは超山脈麓の高級レストランを基に、水は天風半島の湧水を基に、技術の粋を尽くしそれぞれ創造した。創造は上手くいったのだろう、舞ちゃんは「美味しい最高ありがとう!」の気持ちを光に変え、全身から燦々と放ちつつアップルパイと水を楽しんでいた。俺は心の中でバイオリンに語り掛ける。「君のお母さんの舞ちゃんは、アップルパイと水に負けないくらいバイオリンの演奏が好きなんだ。舞ちゃんに、素晴らしい時間をすごさせてあげてね」 なんとなくだけど「わかりました、母さんの幼馴染さん」的な返答をされた気がした。俺が幼馴染なことを伝える時間はあったし、あの返答をバイオリンは本当にしたのかもしれない。もしそうなら、


  友達になれそうだな


 と、俺はウキウキしながら考えていた。

 そうこうする内おやつタイムは終わり、会議を再開した。そうはいってもおやつの前に九割終わらせ、後は決定事項を箇条書きにするだけだったから、すぐ閉会したけどね。

 ということは、残っているのは今夜の本命である、「俺が舞ちゃんに内緒でバイオリンを弾けるようになっていた件への判決を聴くこと」だけ。俺は両頬を小気味よくパシンと叩き、背筋を伸ばし胸を張った。どんな判決を下されても、真摯に受け止める決意を示したのだ。という俺の意思表示を即座に理解しドンピシャの対応をしてくれるのがいつもの舞ちゃんなのだけど、今日は違った。なぜか身を小さくし、急にモジモジし始めたのである。三次元世界だったらおやつの後ということもありトイレ関連が濃厚だけど、ここは準四次元。それとも三次元に置いて来た肉体が尿意を感じているのかな、と胸中首を捻った俺を「トイレじゃないから!」とドンピシャに叱ってから、舞ちゃんは上体を勢いよく折った。


「翔君、ごめんなさい!」「はい、謝罪を受け入れます。どんなことも許すから、謝罪の訳を聞かせてくれますか?」「もちろん話します。それと、子細を聞いていないのに私を信じてくれて、ありがとう」「どういたしまして」


 舞ちゃんは胸のペンダントを両手で包み「これが私の幼馴染なの、凄いでしょ」と自慢してから、幼馴染っていいなあと感動せずにはいられない話を始めた。

 舞ちゃんがまず選んだのは、俺がバイオリンを弾けるようになっていたことに激怒したのは事実でも、怒っていない自分も自分の中に確かにいたということだった。意識を二分割したとかではなく、「翔君になら遠慮なく激怒できると同時に、翔君のことだから納得できる理由があるに違いないって思ったの」とのことだったのだ。続いて舞ちゃんが選んだのは、俺は守秘義務が人の形を取っているようなところがあるので、「無理に話そうなんて絶対思わないでね」と念押しすることだった。そして舞ちゃんが最後に選んだのは、輝力製の弦楽器に関する話だったのである。


「翔君は準四次元で弦楽器の練習をする度に、楽器を新しく創っていたんだよね」

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