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 俺の回答を、母さんは手放しで褒めてくれた。それはもちろん嬉しいけど、今回の称賛の半分以上は舞ちゃんに捧げるべきだ。然るにそう告げ、舞ちゃんが戻ってきたら俺以上に褒めてもらうよう頼んだ。言うまでもなく母さんは首肯したが、予想外のことも言われた。舞ちゃんが戻ってくる前に、母さんはここを去るつもりらしいのである。脊髄反射で寂しい表情をしそうになった自分をすんでのところで制し、理由を考えてみる。バイオリンが関わっているのは間違いないだろう、との結論を得るやある知識が脳を駆けた。ひょっとしてあのバイオリンの意識では、まだ母さんの波長に耐えられないとか?


「ええそうね。会いたいのは山々だけど、生まれたてのあの子ではまだ耐えられず、間違いなく分解してしまうのよ」「むむ、それは避けねばなりません。母さん、目安を教えてください。今を1とすると、どれくらいになれば耐えられますか?」「万全を期すなら、100は欲しいわ」「了解です、舞ちゃんに伝えておきます」「お願いね」


 そうそう忘れてた、と最後に母さんが付け加えたところによると、あのバイオリンの名付け役は勇が適任らしい。今日か明日の夜、舞ちゃんはバイオリンを連れて勇の夢を訪ねるだろうから、勇にその旨を伝えておくようにとの事だったのである。必ず伝えますと答えた俺に少し寂しげに微笑み、母さんは元の次元に帰っていった。

 母さんが消えるや、時間が本来の速度で流れ始めた。明潜在意識に計測を頼んだところ、舞ちゃんが帰って来るのは約30秒後とのこと。母さんが使っていた椅子とテーブルを分解し、舞ちゃんとバイオリン用の椅子とテーブルを新たに創造して、俺は舞ちゃんの帰りを待った。

 ほどなく舞ちゃんが帰って来た。笑顔を燦々と振りまいているから問題ないのは当然として、何か良いことが起きたのだろうな。との予想は当たり、10分足らずだったが舞ちゃんはバイオリンを幼年学校のあちこちへ連れて行ったという。すると、


「昇や奏が赤ちゃんだったころを思い出しちゃった」


 とのことだったのである。赤ちゃんだったころの昇と奏は屋外に連れて行くと手足を盛んに動かし、キャッキャと大興奮していた。それは顔がふにゃふにゃになること必至の可愛らしさで、ちょっとした散歩でも大興奮の昇と奏を俺達は頻繁に連れ出したものだ。それと同じ思いをしたなら、舞ちゃんがはち切れんばかりの笑顔になっているのも頷ける。


「こりゃ明日からの生活が楽しみだね」「そうなの楽しみなの! この子を連れてあっちこっちに行く計画で頭が一杯だわ!」「もちろんそうだろうけど、幼年学校の先生をしている舞ちゃんを見るだけでも、その子は喜ぶ気がするよ」「さすが翔君、解ってるね!!」


 舞ちゃんはペンダントを開けてバイオリンを取り出し、「お母さんといろいろな場所に行っていろいろな経験をしましょうね~」と、完全に母親の顔になってバイオリンに話しかけていた。そんな舞ちゃんの関心はバイオリンに100%向けられ、俺の裏切りなどこれっぽっちも覚えていなそうだったので俺はこれを千載一遇の好機とし、この会合を終わらせる方向へ話を進めた。舞ちゃんも、異存はまったくないようだ。よって「じゃあ舞ちゃん、またいつか」というお約束の言葉を最後に準四次元を去ろうとしたのだけど、そうは問屋が卸さなかった。女性の演技を俺はおそらく一生、見破れないんだろうな。


「翔君」「どうしたの舞ちゃん」「私がこの子に舞い上がっているうちに、翔君がバイオリンを弾けるようになっていた件を有耶無耶にしてしまおうなんて、よもや考えていないよね?」「えっとあの・・・いえ。まさしくそう考えておりました」「翔君の首、皮一枚を残して維持できたよ、おめでとう」「ヒエエッ、恐悦至極にございまする―――ッッ!!」


 テーブルと俺が使っていた椅子を分解し椅子に座っているのは舞ちゃんだけにし、地べたに土下座して感謝と謝罪を舞ちゃんに繰り返し述べる俺の様子を、俺の輝力で創ったバイオリンはとても興味深げに見つめていたのだった。


 前世の、小学四年生の夏休み。自転車で方々の図書館を巡り、教育関連の本を俺は読み漁っていた。親が子供に施す教育について書かれた本はとりわけ熱心に読み、大半の大人達はそんな俺をあからさまに避けていた。そりゃそうだろう、良い親やダメな親へ上っ面の知識だけは豊富にある孤児院の子供など、関わらぬに越したことはないのだ。良識のある少数の大人達も「親なし子だから親が恋しいのだろう」系の解釈をし、自分から話しかけるような積極的な行動はしてこなかった。この「親が恋しいのだろう」は当たっていると認めざるを得なかったが、小学四年生の俺でもそうなのだから、弟や妹たちはもっと恋しくて当然。そう俺は、良い親代わりとして弟や妹たちに教育を施すにはどうすべきなのかを知りたくて、本を読み漁っていたのである。ありがたいことに俺の孤児院は自転車で三十分未満圏内に図書館が10ほどあり、上っ面の知識だけはしこたま貯め込むことが出来た。その中の一つに、今でも鮮明に覚えているものがある。それは、


  蜘蛛は母性の象徴


 という()()()()()()()()()()()()()()、まさしく()()()()()()だった。俺が初めてそれを目にした本では、だいたいこんな説明がされていたな。


『産業革命前は、各家庭の主婦が家族の衣服を仕立てていた。母親が針と糸で布を服にする様子に子供は畏敬の念を抱き、それが母親への愛情と相まって、糸を作る最も身近な生物である蜘蛛に母性を重ねることが浸透していった』

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