表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
705/715

58

 一人取り残された俺は、勇への謝り方を必死になって考えていた。アイツの器は巨大だからバイオリンの父親に突如なろうと笑って受け入れるに違いないが、だからといって元凶の俺がケラケラ笑っていたら大切な親友を失ってしまうだろう。ウギャアどうしよう! と頭を抱えて蹲った俺の頭頂に、「心配無用です」という母さんの声がかかった。俺は大急ぎでテーブルと椅子を創造し、母さんに座ってもらう。続いて紅茶とチョコレートケーキを創り母さんに振舞ったところ、いつもと変わらぬ出来のはずなのにやたらニコニコしてもらえた。心配無用との言葉が、胸に染みわたってゆく。その胸に、あのバイオリンの名前を俺が決めなければ問題無しという根拠のない安堵が芽生えたところで、母さんが俺に話しかけてきた。


「あのバイオリンに意識を持たせ、舞が創ったペンダントに入ってもらう。この対応へ、満点をあげましょう。翔、優秀な息子を持てて、母は幸せです」


 尻尾のプロペラ化云々は毎度毎度のことなので脇に置き、舞ちゃんの夢を訪れてくれたお礼をまず述べた。どういたしましてと微笑む母さんに、思い出すのが致命的に遅れてしまったことを尋ねてみる。


「たいへん遅れてしまいましたが、俺と美雪が計画している新たな土地神巡りに、母さんも同行しませんか?」


 面倒事を避けることを最優先するなら、新たな土地神巡りが決定すると同時にテレパシーでこう尋ねるのが最善だった。しかし俺が最優先したのは美雪でそれを美雪に知ってもらうべく、母さんに同行の可不可を訊くのは就寝前にすると俺は決めた。もちろん美雪は俺の気持ちを理解し感謝してくれたが「面倒事なんて言ったら更に面倒になるよ」と苦笑し、愕然とした俺に満面の笑みを浮かべたところでこの話題はお開きになった。あの笑みに嘘はなくそれだけで俺は満たされ、どんな面倒事に見舞われようと受けて立つ決意をしたが、就寝20分前に掛かって来た舞ちゃんの電話が衝撃的すぎ、母さんにテレパシーで尋ねることを忘れてしまったのである。しかもつい数秒前まで忘れ去っていたのだから、まさに致命的なミスなのだろう。いや言うまでもなく、致命的は比喩だけどさ。

 というアレコレを経て同行の可不可をようやく尋ねた俺に、母さんは機嫌を損ねなかった。意味不明だけど、母さんは感慨深げに頷いたんだね。意味不明でも嘘がないのは一瞬で見て取れ、それが親子の証明のように思えてニコニコしていた俺の耳に、「考えておきます」との返事が届いた。親としてそれが普通の対応なのか否かが判らず戸惑う俺に、今度は母さんが問うた。


「それよりも翔、今回の件で私に訊きたいことはありませんか? さきほど出した満点の報酬として、多少の融通を利かせますよ」


 戸惑いは拭えずとも、筆頭大聖者の母さんが融通を利かせてくれるなど億に一つもない好機といえよう。真相を知りたかった二つの事柄の優劣を一瞬で決め、俺は尋ねた。

 のだけど、融通ほぼ無しと感じざるを得ない返答をされてしまったんだよね。真相を知るべく尋ねたのは「俺がバイオリンを弾けることを舞ちゃんに伝えたのは舞ちゃんの本体ですか? それとも創造主ですか?」であり、返答は「そこまで解っているなら自分で考えなさい」だったとくれば、融通ほぼ無しと思われても仕方ないんじゃないかな。その返答のお陰で自分が正しい道筋にいることを確信できたのは、事実だけどさ。

 しかし考えようによっては、融通はまだ利いているのかもしれない。終了宣言された訳ではないからだ。したがって宣言される前に、真相を知りたかった二つの事柄のもう一方を尋ねることにした。


「俺はここ数年、『意識とは何なのか』と自問してきました。意識への理解が深まるほど、美雪が意識投射する可能性も増加すると感じるからです。しかし理解は一向に深まらず、なのに今日俺は基本的な意識をバイオリンに持たせることに成功し、そのお陰で意識への理解をほんの少し深めることが出来ました。準四次元で創ったものに意識を宿すことを今後も続ければ、理解を更に深められるでしょう。ですが俺はそれに、危惧を覚えます。意識を芽生えさせたものをこの次元で分解することは、陸地や海に有害物質をばらまく行為に等しいという予感が心を騒がせるのです。母さん、どうでしょうか?」


 俺の予感は半分当たっていた。半分なのは母さんによると、意識を芽生えさせたものには有益なものと有害なものの両方があるかららしい。続いて両者を区別できるか否かを問われ、咄嗟に心を駆けた「善の心で創ったもの」と「悪の心で創ったもの」は正しい区別のはずだが、それを返答にしたら億に一つの好機を逃すと思えてならなかった。然るにそれをそのまま説明し「10秒下さい」と請うたところ、「1000秒待ちます」という大譲歩が即座に返って来たのだから、俺は幸せ者なのだ。それを逃さぬためにも最大圧縮で思考を最加速させ、有益なものと有害なものの区別を考察していく。組織の一員として学んできたことを整理するだけで回答を得られた俺は、それを発表した。


「この宇宙には『転がり落ちる方が容易い』という法則があります。準四次元までは悪を持ち込めますから、破壊や否定等の分かり易い悪を本質とする意識の方が創造は容易いのかもしれません。組織の一員として様々なことを学んだ俺はそのようなことは決してせず、ポジティブを本質とする意識を創ろうとしました。俺と舞ちゃんはその本質に、『自己を積極的に存続させようとする意志』を選びました。バイオリンを存続させようとする俺と舞ちゃんの意志に依存するのではなく、バイオリン自身が『存続したいという意志』を持つようにしたのです。当初の目標はもう一段高く『僕はバイオリン』と自覚させようとしましたが俺の力不足により、『僕はここにいる』が精一杯でした。しかし改めて振り返ると舞ちゃんが母親になるなら、僕はバイオリンという自覚を押し付けなかったのは正解だった気がします。舞ちゃんが言い聞かせていた『母がどのように暮らしているかを意識しなさい』を介してあのバイオリンは、己の定義及び己の存在理由を、自分自身で構築する可能性が高いからです。保育士の日常を己の土台として構築したあのバイオリンの将来が、俺は楽しみでなりません。そしてそのような意識は寿命を迎えて分解したさい、準四次元に利益をもたらすのだと俺は考えました』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ