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 舞ちゃんは意識分割とテレパシーを駆使し、演奏すると同時に演奏技術を俺に沢山教えてくれて、その一つ一つに千金の価値があった。俺は教えられたことを試したくて居ても立っても居られなくなり、俺用のバイオリンを新たに創造してバイオリンを弾きまくった。舞ちゃんは最初こそ技術的なことを言葉で教えていたが次第に音を実際に奏でるようになり、奏でる音はメロディになり、そうこうする内さほど間を置かず、俺と舞ちゃんは二挺バイオリンのセッションをしていた。その時間はまこと楽しく、俺達は夢中になって音で会話した。会話には過去の体験や組織の知識も含まれ、その複合として自分を取り囲む感謝を音として聴いた時の体験談及び説明があった。舞ちゃんはそれに巨大な興味を抱き自分も聴けるよう様々な工夫をし、そして遂にそれを成し遂げた。その音は舞ちゃんの人生観を変え、とりわけ音楽観を大きく変えたらしく、明白に異なる音を俺の心に届けることとなった。それは「コンサートとかで皆と共有しないと文化の損失になるんじゃない?」級の音楽であり、バイオリンの音でそれを伝えたところ、


「考えておく」


 との返事をもらうことが出来た。住み込み保育士の仕事は大変でもコンサートは決して不可能ではなく、また俺達はこうして準四次元を使えるから練習場所と練習時間の確保も容易い。舞ちゃんさえその気なら今生もプロのバイオリニストとして活動可能と、俺は心から思えた。が、結局俺は音楽の素人。いや違うかな、結局俺は考えなしのアホ野郎だった。どういうことかと言うと、


「翔君に貸してもらった輝力製のこのバイオリン、私には創れないよ」


 とのことだったのである。舞ちゃんの見解は正しく、俺の次に輝力工芸の得意な昇でも、これと同品質のバイオリンを創造するには数年かかると思う。加えて舞ちゃんが研磨しているのは息吹スキルであり、それは宇宙の大原則である適材適所にも叶っているとくれば、「試してもないのに創れないなどと決めつけるな」は甚だしい間違いとなる。との本音を素直に明かしたのち、抜け道がないか俺と舞ちゃんは熱心に話し合った。それを介し得られた閃きの一つに輝力の固定もしくは維持があり、俺が創ったバイオリンの輝力を俺が固定する、もしくは舞ちゃんが維持できれば、俺が肉体に戻ってもこの次元に輝力バイオリンを保管しておけるのではないか。そんな閃きを、俺達は得たんだね。

 ならば早速試してみようという事になりやってみたところ、初回は惨敗。二回目も変わらなかったが三回目は惨敗とまではいかず、四回目は惜敗になった。気を良くした俺達はその後も挑戦を続け、及第点にギリギリ届かせることに成功した。かつそれは、


  意識とは何なのか?


 という俺が最近考えていることに一筋の光を投げかけもした。バイオリン自身が「僕はバイオリン」と意識していれば、俺が肉体に戻っても消滅しないのではないか? との仮説のもと試行錯誤したところ、「僕はここにいる」との意識を辛うじて持たせられたのである。僕なのは、俺の未熟さの現れ。意識の創造に全身全霊で挑むにあたり性別の設定まで力が回らず、自分に模して創った結果、俺と同じ性別の男の子になったという訳だね。幸い舞ちゃんは「翔君を模したなら男の子の方が自然だし、翔君に似ているなら素直に可愛がれるよ」と受け入れてくれてバイオリンに優しく挨拶し、愛情をたっぷり注いで一曲弾いてあげた。バイオリンは明らかに喜び、するとその喜びにより、バイオリンの存在が強化されたのである。「ひょっとしてこれなら」「大丈夫だったりする?」 との希望が見え、検証すべく俺は10分間肉体に戻ってみた。10分経って準四次元を再訪したところ、きっちり存在しているバイオリンを見ることになった。ただその10分をバイオリンは舞ちゃんに弾かれて過ごしたため、検証は不十分と言わざるを得ない。少なくとも半日の放置に堪えられなければ、実用には耐えないだろう。然るに次は舞ちゃんも肉体に戻り、バイオリンを10分間放置するよう提案したのだけど、


「この子が消えるかもしれない事をするなんて、絶対に嫌!!」


 舞ちゃんは頑として聞かなかったんだよね。でもまあ、それで当然なのだろう。こういう心根の人じゃなかったら住み込みの保育士になりたいという夢を、最初から持たないと思うからさ。とはいうものの、このままでは埒が明かない。さてどうしようか、と首を捻った俺の頭に母さんの姿が映し出された。なるほど、この状況を見越して母さんは舞ちゃんの夢を訪ねたのかと感心する半面、もう少し頑張ってみたいという確たる気持ちも俺の中にあった。「という訳で母さん、もう少し足掻いてみるよ」 テレパシーでそう告げ、俺達は様々な方法を模索していった。それが実り、


「では舞ちゃん、その状態で肉体に10分間戻ってみて。俺はここにいるから」「了解」


 バイオリンケースを模した輝力製のペンダントを首から下げた舞ちゃんが、ペンダントを両手で包み胸に当て、三次元へ帰っていった。あのペンダントは、舞ちゃんの作品。「この子が消えるなんて絶対に嫌」という舞ちゃんの心の叫びを基に、バイオリンケースを模した輝力製ペンダントを創ってもらったところ、目を見張るほど高品質のペンダントができた。舞ちゃんもいたくご満悦で、その気持ちのままバイオリンに語りかけてもらう。「体を小さくしてこのケースに入ったら、私といつも一緒にいられるよ」と語りかけられたバイオリンは、なんと自ら体を小さくしたのである。しかもペンダントにピッタリ収まる寸法だったので俺は仰天したが、舞ちゃんにとっては些事だったらしい。舞ちゃんはバイオリンを褒め、そして母がどのように暮らしているかを意識するようバイオリンに言い聞かせていた。ヤバい、この子の母親に舞ちゃんはなっちゃったよ! と心の中で密かに脂汗を流す俺などいないかのように舞ちゃんはペンダントを両手で包み胸に当て、三次元で10分間過ごすべく去って行ったのだった。

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