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それは置き、心の中に舞ちゃんを思い浮かべる。すると本体も慣れたもので「あの子がいるのはここだよ」と、舞ちゃんが準四次元に設けた会合場所の位置を脳内に映してくれた。そういえば今回の件には俺の本体が関わっていると、俺と勇は予想したんだった。
『舞ちゃんの本体が「お宅の子がバイオリンを弾けることを、家の子に話していい?」と尋ねたところ、俺の本体は俺の承諾なしに「いいよ」と答えた』
みたいな感じだね。本体にしてみたら俺も自分なのだろうけど、少々納得いかないのが本音。けど少しでしかないし、また本体ではなく創造主が関与している可能性もあるから、追求せず忘れることに俺はしていた。
という訳で本体に含みなくお礼を述べ、会合場所へテレポーテーションする。そして次の瞬間、俺は口をあんぐり開けてポカンとしていた。完全に想定外の場所を、舞ちゃんが造っていたからだ。そこは超山脈の南に広がる、草すら生えていない真っ平な土地。戦士養成学校生だったころ合宿で1000キロ走に挑戦したあの超平原を、舞ちゃんは造っていたのである。その想定外すぎる展開に呆然と立ち尽くす俺の背後から、
「今晩は、翔君」
舞ちゃんの声がした。普段より音程が若干高いように感じるけど、気のせいかな? 高いだけじゃなく可愛いく瑞々しく懐かしく感じるんだけど、こっちも気のせいかな? それより何よりその声を聞くや心臓に激しい痛みが走り、胸を押さえて両膝を地に着けてしまったのは、一体全体なぜなのだろう? というように次々湧いてくる疑問と激しい胸の痛みに動けないでいる俺に、背後から舞ちゃんが近づいてきた。その足音に違和感を覚えた俺は宇宙創造前の次元を思い出しそれを模して、ほぼほぼ無の心を創る。ほぼほぼなのは己の未熟さ故なのだが今はそれより、背後の足音を俺はただただ無心に聴いた。それが実り、ある像が心に出現する。今より身長が60センチほど低く感じるその舞ちゃんは・・・・
といった具合の、ノスタルジーの極致のような想いによって新たにもたらされた胸の痛みに両膝立ちを維持できなくなる寸前だった俺の耳に、さっきの想定外を超える想定外な言葉が届いた。戦士養成学校1年時の13歳の舞ちゃんは俺が知らなかっただけで、超女傑だったようだ。その超想定外の言葉は、コレ。
「翔君、我が師の言伝。『翔の知る、舞の出生の秘密を話してあげなさい。関連知識を開示する権限も、翔にすべて与えます』ですって」
マジすか母さん、という胸中の無意識の呟きに「よろしくね」とのテレパシーが返ってきた。そのテレパシーには母さんの表情も添えられていて、うららかな春の太陽のような笑みが脳裏に浮かんだ。胸の痛みが急速に消えていき、春の太陽に癒されたのだと素直に思えた。痛みの消失によって膝立ち不要になるも、膝立ちのまま俺は回れ右をする。そして俺を痛みから救ってくれた春の太陽を思い出し、舞ちゃんに尋ねた。
「こんばんは舞ちゃん。母さんの伝言をまず履行するかな? それとも、その姿になっている理由を聴こうかな?」「私を二人に分けて同時進行させることも可能だけど、我が師の心遣いを後回しにするなどあり得ないわ。私の出生の秘密を、最初に教えて」「了解。では母さんのくれた開示権限を、さっそく使わせてもらおう。天風家などの三名家と三条家などの六名家には、白化組織から派遣された人が身分を隠して深く関わり、九家の闇落ちを内側から防いでいる。派遣された人で俺が知っているのは、亡くなってしまった二人だけ。舞ちゃんは二人と面識ないけど、話は聞いていると思う。天風家の執事長だった哲治さんと、メイド長だった響子さんが、その二人だね」
そう明かしたところ「翼はそれを知っているの!?」と、舞ちゃんは掴みかからんばかりの勢いで訊いてきた。きっと舞ちゃんは、翼さんが心配で仕方なかったのだと思う。俺の返答を待たず「だって翼は今でもお二人の話を度々するの。知らなかったなんて可哀そうじゃない」と悲しい顔をし、続いて「ううん、翼はそれを知らなかったはず。なんて惨いの」と独り言を呟き、とうとう泣き出してしまったのである。ポケットからハンカチを取り出して渡すことしかできない自分に、苛立ちが募っていく。とはいえ舞ちゃんを十全に慰められるのは夫の勇か、同性の友人くらいしかいないんだけどさ。
ほどなく舞ちゃんは平静を取り戻し、俺達は伝言履行を再開した。母さんの心遣いに応えようとする気持ちが舞ちゃんは俺より強く、にもかかわらず泣いて時間を無駄にしてしまったことを悔い、同じ過ちを繰り返すまいと舞ちゃんは頑張っていた。のだけど、
「翔君ごめんなさい」「ショックを受けて当然だよ、気にしないで」
自分の遺伝上の祖母が冴子さんと知り、俺は舞ちゃんにハンカチを再び貸すことになったのである。いやでもこれは、泣いて当然なのだ。したがって心を込めてそう説いたのだけど舞ちゃんの涙は一向に止まらず、ここで俺はようやくある仮説を得た。仮説の検証へ舵を切ることは涙と舞ちゃんを引き離すことと同義、となぜか確信した俺は言葉を吟味したうえで、そちらへ舵を切らせてもらった。
「舞ちゃん、訊きたい事があるんだけどいいかな?」「あまりよくない」「わかった、今の言葉は忘れてね」「ううん、わたし間違えた。やっぱり、翔君が正しい。我が師のお心遣いにこれ以上そむいたら、私は自分を許せなくなってしまうと思うの」「背いてなんていないし、母さんも決して怒らないはずだけど、そういう事じゃないよね。よし、では訊こう。舞ちゃんは身長だけでなく、心も13歳に可能な限り戻したとか?」「うん、可能な限り戻した。なぜか解る?」「その方が、俺の自責の念が増えるから」「何に対して?」「顔から火が出るほど恥ずかしいけど、これも贖罪の一つだよね。おそらく・・・・」




