解毒
結論として、一方に解毒剤を使い、使わない方を解毒剤以外の方法で助けるしかない。
融合/分離なら、解毒したラグの背皮をプルディエールに移し、彼女がリベルになって時を止めることが可能だ。しかし、プルディエールのほうが重篤だ。リベルになる前に命がないかもしれない。そもそもどれくらいで解毒剤が効き始めるのかもわからない。
ならば、逆の方法を採るべきだろう。しかしいかに天才の背皮を受け継いだといっても、ラグランティーヌに独力でリベルになれるほどの能力はないはずだ。
そうなると方法は自ずと限られる。何らかの方法で背皮をプルディエール嬢に移し、ラグランティーヌに解毒剤を投与、プルディエール嬢はリベルになって時を止め、毒を解析して解毒剤を生成するまでの時間を稼ぐ。私はリベル・プルディエールを手に入れる機会を得ることもできる。
ディケルに聞いた当事者二人のアイデアも私のもの同様だった。それが最善だと、意見の一致をみたことで、ひとまず私は罪の意識を感じずに済んでいる。
「よし、どうすればいい?手順があるんだろう」私はディケルに言う。
「二人を背中合わせに寝かせて、両手を繋がせる。背中は肌を会わせる必要があるから、上半身は服を脱がさなきゃ」
「わかった」
この状況で上半身をさらすことを恥じらうわけもなく、二人は私とディケル、そして騎士の介助を受けながら儀式の準備を進める。
気丈に振る舞ってはいるが、プルディエール嬢に残された時間はあまり多くないはずだ。
「手を繋ぐのは、手のひらを切ってからだよ」
「血を媒介にするんだな」私はナイフを取り出した。
その切っ先を見て私はブランペルラを思い出す。もうここに来ても良さそうなものだが……何か想定外のことでも起きたか?そうだとしてもいまはこちらが優先だ。あいつのことだ、自力で何とかするだろう。
私が二人の手のひらに切り込みを入れると、騎士がラグランティーヌを、プルディエールをディケルが横向きに横たえ、背中を合わせる。上になった手は太ももの辺りで、下になった方は頭上へ伸ばして握り合わせる。
私は二人の血液を少量、医師の性分で常に持ち歩いている保存用のガラス容器に採った。解毒剤もほんの一、二滴もらっておくつもりだ。解毒剤を投与するラグランティーヌはいいが、リベルになるプルディエール嬢を後に復元し治療しないとも限らない。そのときのため毒の成分と解毒剤の生成法を見つける努力をしなければならない。
プルディエール嬢は見るからにきつそうだ。
「影になれそうか」私は思わず訊いていた。
彼女は薄く笑み、「これでもアンブリストのはしくれなんでな……大丈夫だ」
「ラグ、おまえは」
「心配しないで、先生。うまくやるわ」
「わかった」かける言葉を見つけられない私は彼女の頭を軽く撫でただけだった。
彼女は照れ臭そうに笑う。私は彼女に再び会えるのだろうか。不意に不安にかられたが、もうどうすることもできない。
ディケルは何も言わずラグランティーヌを見つめている。言葉はもう交わしたのだろうか。少しは取り乱すだろうというイメージがあったが、ディケルは不自然なほど落ち着きを払っている。成功する確信があるのかもしれない。
復元をサポートするため、ディケルは自身の精神を集中し、意思の力を自意識のなかで具現化している。横たわっている二人も意思の力を十分練り上げたようだ。
準備は整った。
「それじゃ始めて」
ディケルの合図とともに私の視界がぼやける。まるで涙が溢れ出したかのように。
目前に出現する認識不可能領域。深淵に引き込まれそうな気がして、私は目を瞬く。
その僅かな時間にディケルは両手で影に触れ、影は人の姿を象った。
復元は一人だけ。
もう一人は影のまま。
それは当初の目的通りだ。リベルは影のままの方が創りやすい。今回においては再度影になれる保証もないのだから最善の策だといえよう。
「なぜだ!?」
目の前の光景に私は声を上げずにいられなかった。
「なぜプルディエールの方が復元されているんだ!」
失敗したのか?それともディケルとプルディエールがラグランティーヌを嵌めたのか?いや、それは考えにくい。
「ディケル、どういうことだ」私は彼の肩を掴み、揺さぶった。
「見ての通りだよ」ディケルは俯いたまま言った。
「失敗したのか」
しかし失敗したにしてはディケルは平静を保っている。苦悩に満ちた顔だが、失敗を嘆いているのではないことはわかる。
つまり、最初からこうするつもりだったということだ。三人の総意で。
しかしいまはそれを問い質している時間はない。
「ディケル、解毒剤を彼女に」
「あ、ああ」ディケルは小さなガラス瓶を上着のポケットから取り出した。
私はそれを受け取り、蓋を開けて、これはほんの少しだけ容器に垂らした。
万一にもこぼさないよう再び栓をし、プルディエール嬢の横に膝をついて上体を抱えた。隣の影に触れないよう気を付けながら。
「おい、ミス・デルフト、聞こえるか。解毒剤を飲むんだ」
私の呼び掛けにプルディエール嬢は目を開いた。「あ……センセ?どうなった……」
そこで彼女は苦痛に顔を歪め、「すまない、少し混乱しているようだ。解毒剤だな、頼む。手がうまく動かない。自分ではこぼしてしまうかも」
「わかった。いいか、飲ませるぞ。ゆっくりだ」
とにもかくにもまずは解毒しなければ。訊問も確認もすべては後回しだ。
正直不安はある。ただデサンジもアンブリストだ。滅多なことで嘘はつくまい。それに殺意は感じられなかった。いずれにせよ信じるしかない。
与えた解毒剤を飲み干し、プルディエール嬢は息をついた。願望がそうさせるのだろうが、頬は早くも血色を取り戻しつつあるように感じる。
いや、そうだろうか。そもそも彼女の肌がどうであったかなど、色として正確には思い出せない。蒼白という言葉が似合う、そういう肌の色として覚えている。
それで、どうだ?いまの彼女の肌には蒼白という表現が妥当だろうか。




