よぎる面影
いまのプルディエール・デルフトには、微かに南方の、地中海の海辺が似合う少女の雰囲気がないだろうか。
彼女と目が合う。私に抱えられているのが恥ずかしいのか、目を伏せる。こういう仕草は、彼女が見たままの年齢だと思わせるものがある。
「ありがとう。ずいぶんマシになった気がするよ」そう言って彼女は自力で身体を支え、床に座すとゆっくりと長く息を吐いた。
デサンジの解毒剤はしっかりと役目を果たしているようだ。私はホッと安堵するとともに気がついた。
「ああ、そうか。すまない」
彼女が半裸であることを失念していた。私はラグランティーヌが着ていた上着を彼女の背中からかけた。その背に刺青はない。寡聞にして私は知らないが、背皮ほど複雑なものの移動は始めから不可能だったのかもしれない。
「すまない、こちらこそ迷惑をかけた」彼女は上着の袖に手を通さずに内から両手で前を合わせ、私を見上げて言った。
私は咄嗟に言葉がでなかった。一瞬彼女をラグランティーヌだと認識して混乱したからだ。
ラグランティーヌの光彩は茶である。私を見つめている瞳は淡い青だ。
しかしそこに琥珀の輝きがなかったか?
いや、それ以前にこの笑い方は……
私の表情に不審なものを感じたのだろう。笑みは消え、それとともにプルディエール・デルフトらしい冷悧な眼差しが戻った。私の動揺の原因に探りを入れてくるかと思ったが、何も言わず、彼女は立ち上がった。
「もういいのか」私は思わず手を差しのべながら言った。
「ああ。早いところあちらの方に取りかからねばな」プルディエール嬢は屈んでいるディケルと騎士の見つめる先を示す。
「そうだな」私は暗澹たる気分で言う。「ラグは大丈夫なんだな」
「背皮も無事なはずだよ」ディケルが影を見たまま応える。
「毒はどれほど残っているだろうか。ラグランティーヌに」私は聞くともなしに言った。
「このまま復元しても死にはしないかもしれん。が、重篤な後遺症が出る可能性は否めん」プルディエール嬢が言った。
「わからないことが多すぎるな。リベルにして時を稼ぐ他ないか。それで、どうやる?」
「せっかく影になっているんだ。このままリベルになってもらう」プルディエール嬢はディケルに歩み寄る。「わたしがやる。代わってくれ」
「待て」騎士がボソリと言う。「本当にこれが最善なのか」
そうだ。私は忘れていた。騎士こそ、この状況に反対してしかるべきなのだ。
プルディエール嬢は首を振る。「最善かどうかはわからん。メリットもデメリットもある。しかしみなの願望を考慮し、取捨選択をした場合、これが唯一の道だとは思う」
そう言ってからプルディエール嬢は騎士を見据えた。騎士も目を逸らさない。その顔には恐れが見てとれる。しかし彼女の身体はプルディエールに向かって前のめりになっている。プルディエール嬢の次の言葉が世界の命運を握っているとでもいうような、救世の預言にすがりつこうとするような、必死さが垣間見える。
いったいどんな台詞を待っているというのだ。わたしがすぐにラグランティーヌを救ってみせるという誓言か?
「大丈夫だから。心配しないで」プルディエール嬢の口調は幼子に向けたように柔らかく、気持ちを穏やかにする効能が感じられた。
とはいえ、彼女の口から出た言葉は、これ以上ないくらい平凡な、つまりこういう状況での定型句とでもいえるようなものだ。
そんな子供だましのような文言でも、声色のせいなのか、騎士にはこれ以上ないほど響いたようだ。彼女は握りしめた預言者の両手に額をつけた。
「……ありがとう」
騎士がプルディエール嬢に礼を言った。これは予想していなかった。
驚くとともに、ある疑念が私の意識に顕在化した。気づいてみれば、それはもっと前から私の内にあったのだとわかる。アンブリストとしての私が抱いた疑念。その可能性は神父という立場からは金輪際認めることのできないものだ。
私はいますぐ真実を見極める必要がないことを神に感謝したい気持ちだった。仮に疑念の通りだったとしても、私にはプルディエール嬢がこれからやろうとしていることを止めることはできないからだ。
この後私に信仰の危機が訪れるかもしれない。しかし愛弟子の命とは比ぶべくもないのだ。
「時間が惜しい。始めよう」私は我慢できずに声をかけた。
プルディエール嬢は意外そうに私を見たが、すぐに我が弟子の影へと向き直った。「その通りだ。すべては後回し、悲しむも喜ぶもすべては事が済んでからにしよう」
そう言ってプルディエール嬢は膝立ちになり、影ににじり寄って両手をかざす。
ぼんやりとした影の輪郭と彼女の手のひらが触れたように見えた。すると影が震えた。
「これはどういう状況だい?」
不意に背後から声がかかった。
「エルメリと司書服の男はどうした」振り返らずに私は訊いた。
「どうもしないよ。アンメルルは生け捕りは無理そうだったから逃がしたさ」
見なくとも、ペルゥのやつの澄まし顔がありありと脳裏に浮かぶ。
ブランペルラは続けて、「ああ、司書の方は針を刺そうとしたんで取り上げた。そのとき指の一、二本は折れたかもしれないね。でもまあ死んじゃいないさ。まさかメルルが庇うなんて思わないからさ」
「いや、それでいい。殺してしまう方がデメリットが大きいって気がするからな」




