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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
レッティアーノ・ルーヴ
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割合というもの

「ディケル、瓶は無事か?」

 私の問いにディケルはホッと息をついて答える。「影になっていた。もう戻ったけど。大丈夫、割れてないよ。デサンジは追わなくていいのか、叔父さん」

「そうだな」正直それはどうでもよかった。それに階下にはブランペルラがいる。よもやエルメリに遅れをとることはあるまいが、デサンジを捕らえるかどうかは気分次第といったところか。あいつは頼んだこと以外やろうとしない。

 ただ、事の全貌はおおよそ理解できたわけで、私としてはもはやエルメリも重要ではない。


 いま最も優先して考えるべきは解毒剤の使い途だ。

 デサンジの言は信用するほかない。問題は解毒剤が一人分だということだ。


 解毒剤の必要量は体重に比例する面もある。二人となると……

 二つに分けるのはおすすめしないというデサンジは正しい。毒の摂取量にもよるが、毒も薬もその用量は使用する人間の体重によって変わる。摂取した薬物の量だけでは決まらない。

 つまりどちらかは助けられないということだ。少なくともいまある解毒剤では。

 プルディエール・デルフトとラグランティーヌ、どちらの命を救うのか。そういう選択を迫られている。


 しかしながら答えは決まっている。

 プルディエール嬢に死なれるわけにはいかない。

 ディケル、そして騎士は納得するだろうか。


「ディケル、あまり時間がない。二人とも助けたければ、いますぐ方策を見つけなければならん」

「ああ、わかってるよ。それについてはプルとラグが思いついたみたいだ」

「本当か」


 私も一つの可能性を見出してはいた。

 というより、万一の保険として考えていた方法だ。ただ、プルディエールとデサンジのやり取りから、一方の命を犠牲にしなくとも成せる可能性があると考えていた。


 アンブリストは己を影にできる。そして影にしたものを己の一部にできる。外科的施術ではなく、存在の根本的な部分を操作して。そしてそれは全身と腕、全体と一部という場合に限らないのではないか?

 全体と全体の融合、そして変化させた二つの全体に再分離する。

 二人の人間を影にして融合、再度分離するのは難しいが彼女ならばやってのけるだろう。相手がラグランティーヌならば。なぜなら彼女たちにはすでに繋がりがある。プルディエールの背皮だ。背中の皮を交換した二人はすでに半ば融合しているといえるのではないか?ただしその際に毒をどちらか一方に集めるなど、おそらく不可能だ。

 同じようなものと混ざり合った物質同士を完全に分離するのは至難の業だ。石と砕かれた漆喰の壁なら可能だろう。しかし小麦粉と漆喰の粉だったら?

 影にしてというのなら、それぞれを熟知していた場合可能かもしれない。影というものは物理的に操作するものではないからだ。しかし今回の毒は未知の物質だ。それは意味を知らないということであり、そんな曖昧なものが存在する位置をすべて捉えるのは実質不可能だろう。

 よしんばそれができたとしても、毒というものが効果を発揮しているということは、もはや単体での意味が変容してしまったことを示している。もとの意味への復元は、現状不可能だと思う。


 そしてこれは私個人の見解だが、物事は《割合》というものに支配されている。これを変更するのは他人の身体の一部を自分のものにするより難しい。人間のイメージの外側だからだ。

 百パーセントというものを持たない《割合》は、常に例外を生む。完全というものは存在しないのだ。何事にも例外があり、それは割合の極小側であり、極小でなければ例外と呼ばれなくなるだけだ。どんな存在も割合を含んでおり、零対百は存在しない。それが存在するのは、混ざる前の状態をそう呼ぶからだ。

 存在は零を嫌う。有は無を否定する。


 では意味はどうだろうか。

 意味とは物質的なものではないから《割合》は関係ないのではないか。修行初期は私もそう考えていた。

 しかし意味に触れれば触れるほど、それが無になることはないのだとわかった。意味は変容するが、消えることはない。


 加えて、影化による融合と分離は、任意のモノを動かすことではない。変容させるだけだ。それもそのモノが持つ幾つかの位相において、スライドするだけだ。それは可能性の範囲の平行移動であって、天と地が入れ換わったりはしない。魔法ではないのだから。

 もし二人の毒に侵された部位がかぶっていた場合、もとよりどちらか一方にそれを寄せ集めることはできないのだ。


 だから融合・分離の際、どちらか一方に毒ーーこの場合は毒の効果というものーーを集めようとしても、どうしてもある一定の量は他方にも残ってしまうだろう。これも可能性の話で絶対はないが、例外に賭けるわけにはいかない。当たりが出るまで引くわけにはいかないのだ。

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