リベル簒奪
「あんたはアンブリストなのに嘘をつきすぎる。だから事想別定ができなくなっているんだよ」デサンジが吐き捨てる。
事想別定。客観的事実と妄想、空想の類いの区別。嘘をついていると、いつの間にかそれを事実だったと認定してしまい、自己認識に矛盾が生じるなどの不具合が起きる。デサンジはプルディエール嬢がそういう状態に陥っていると言っているのか。
プルディエール嬢は首を振る。「違う、違うんだ、ダーシュ」彼女は私が違和感を覚える顔で訴える。「あの本はわたしじゃない、わたしだけれど違うんだ。あれは……」
「黙れっ」デサンジは怒りを爆発させた。「いいかげんにしてくれないか、母さん。でないと、本当に死んでしまうぞ、そこの娘もろともに!また他人を犠牲にするつもりなのか⁉︎」
「真理だ!真理のためだ、それを知らなければ……我々人間は、虫と同じだ」
母さんだと?今日は血縁関係の大盤振る舞いだ。何かの記念日だったか?しかしそういえば、ディケルがプルディエール嬢が出産を経験しているらしいと話していたな……何かの勘違いだと思っていたのだが、どうやら本当だったようだ。
親子の確執の原因は、二人の会話からある程度想像できる。プルディエール嬢は誰かを犠牲にして命を長らえた。おそらくデサンジの求めているリベルがその犠牲者のものなのだ。少なくともデサンジはそう信じている。犠牲者は女性で、デサンジにとって大切な人だ。
なるほど、以前にも私が最悪の場合の保険として考えていた手段を講じたことがあるのだろう。そして犠牲になった者、つまり傷か何か命に関わるものを引き受けた者が、死を保留するためにリベルになった。そういうことではないだろうか。
デサンジは警戒しながら書架の真ん中に据えてある金属製の箱の戸を開いた。トラップなどなかった。もともと渡す気だったのではないか?私はこの成り行きにも引っ掛かりを覚えた。
プルディエール嬢にとって、デサンジの手にリベルが渡ること自体に不都合はなく、何かしらの誤解、行き違いの解消を望んでいたのかもしれない。二人のやりとりを見ているとそう思えてくる。リベル保管庫に鍵をかけていなかったことも、そう考えれば納得がいく。
そのためにこの状況を利用したのか。エルメリが単に金によってデサンジに雇われたのであれば単純な図式になる。デサンジは彼の目的であるリベルの所在を突き止めた。しかしリベル保管室には簡単には入れない。普段ならここは信頼の篤い司書によって閉じられていて、ごく限られた者しか出入りできない。私が知らないのだからデサンジはまだ新米だ。近づくことはできないだろう。
エルメリを使って強奪するにしても、肝心のリベルの保管場所がわからなければどうしようもない。それに物理的な錠だけで閉じられているわけでもない。一つ一つこじ開けるような時間的余裕はないだろう。司書を脅すのは無意味だ。彼らは脅迫される材料を持たないし、自らの命よりもリベルの安全を優先する。まあ、捕まえられるかどうかも怪しいが……デサンジは歯痒い思いでいただろう。
そこにプルディエール嬢がやってきた。しかも脅迫材料になり得そうな弟子のようなものまで連れて。まさに神の恩寵だとデサンジには思えたことだろう。
それがすべてプルディエール嬢の思惑だった可能性がある。
しかし彼にとって、そんなことはどうでもいいのだろう。わかっていて乗ったのかもしれない。
リベルをまるで聖杯のように取り上げるデサンジの顔を見ると、彼にとってそれがすべてなのだと思える。
そのリベルは同心円が上下左右に配置されたセフィロトタイプ。表装の肌色はプルディエール嬢と同じくらい蒼白い。私は一応記憶に留めた。
後生大事にリベルを抱えるデサンジは隙だらけだ。いまのうちに取り押さえるか?
いや、そんな危険を冒す意味はない。それは騎士もディケルも同じらしい。
「さて」デサンジは満足げに振り返った。「これで用は済んだ。これはあげるよ」
「それがエルメリのものかどうか、まだ答えをもらってなかったな」私は言った。
フードの奥にデサンジの顔が垣間見えた。その不敵な笑みは、若い顔に似つかわしくないものだ。コイツもプルディエール嬢と同じで、見た目と実年齢が一致しないのかもしれない。
「安心しなよ。この薬はボクのお手製さ。エルメリのことを信頼してないわけじゃないけれど、彼女は即死毒を処方するかもしれないからね。そこは不安だった」
なるほど、デサンジとエルメリは金だけの繋がりではなく、知己の間柄というわけだ。
「一人分だからそのつもりで。二つに分けるのはおすすめしないよ」
我々を牽制しつつ螺旋階段に辿り着いたデサンジは、無造作に小さなガラス瓶を放った。
瓶が割れてしまう!
そう思った我々の意識がそちらに逸れた一瞬のうちにデサンジは消えた。




