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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤
28/111

活性度測定法

 日和田は古書商の挑発を受け流し、「では、本体をチェックしたいと思います」

 依頼主が何やら思案げな顔で口を開いた。「これがリベルなら表装は背布ではなく背皮ということになるのかね」

「生きているか、ということですよね……リベルならもちろん表装の状態は背皮といって差し支えないでしょう」

「外側だけ背皮ということはあるのかな」

「リベルでなければ、背皮ではなく背布ということになります」

「生きた背布ということは?つまり背皮としての用をなせるかということだが」

「つまり移植できるかということですか?そうですね。贋作の作られ方によると思います。保存容器のようなものを組み合わせている場合、移植できるくらい活きがいいこともありますね」

「ほう」依頼人の顎が上がる。「……いや、何でもない。鑑定を続けてくれ」依頼人は促すように頷く。

「はい。ところで鑑定方法ですが、まずは一般的な活性度測定法になりますが」

 活性度測定法とは、外界からの干渉に対するリベルの反応によって真贋を判定する方法である。主に触覚に関連する意識のごく浅い部分だけで判断できるため、最も基本的な技能の一つである。

 今回のケースでは表装が背布あるいは背皮なので、その部分を避けられる隙間を見つけなければならないのだが、そこが一番の難所といえる。

 これがリベルだとしても、同期のための接続端子のような部分を持っているので、隙間の有無で真贋は決定されない。


「中身を読むわけではないんだね」依頼人が少々意外そうに言う。

 日和田は微笑し、「真贋鑑定の場合は、それが最も簡便かつ確実な方法ですから」

「なるほど、そういうものか」

 依頼人はさっきと同じように頷くが、古書商が口を挟む。「しかし君、リベルへの負担が少ないのは同期法だろう」

「そうかもしれませんが……リベルとの同期はライセンスを持っている人間にとっても簡単ではありません」

「おや、君はリベルが読めないのか?」古書商はわざとらしく驚いてみせる。

 おまえも読めないだろうと突っ込みたいところだが口には出さない。ライセンスと読書は別の領分だとはいえ、そう揶揄されても仕方がないとわかっている。それに、日和田は読めないわけではない。しかし中身がはっきりしていないのに同期するなど、何の準備もせずに虎穴に入るようなものだ。

 中身を知るための同期が、中身がわからない状態では危険だというのは矛盾しているようだが、意識が剥き身になるに等しい同期を鑑定時に用いる場合、周辺から入念に検査していく手順を違えるのは命取りになりかねない。

 日和田は肩を揺する。「保存されている情報の質や量を査定する場合は読まなくてはなりませんが、真贋鑑定では必要のないことです。契約書にもありますが、同期する場合、料金が変わります。無意味に多くお支払いになることもないでしょう。もちろん、活性度でわからなければ、同期することになりますが」

「質問の答えになってないぞ」

 顔を赤くする古書商を相手にせず、日和田はリベル本体の縁を指でなぞる。本体は外界に対して紙のページに擬装している。しかしリベルであれば、どこかに接続端子を持っているはずで、それは他の部分とは明らかに感触が異なる。贋作の場合はそこまで精巧に模したものから、まったく何もないものまで様々だ。

 それにしてもヒソクのやつ、本当に一言も喋らないな。何となく寂しさを感じるが、いまは指先に集中しなくては。

「いいでしょう」依頼人が乗ってこないため、古書商はいかにも渋々といった調子でつぶやく。「将来有望な鑑定士とお聞きしていますし、腕前を拝見させていただきましょう」

 やれやれ、ようやく大人しくなったか。日和田は今度こそ周囲を意識の外に追い出し、指先だけを自分の肉体とした。指先の感覚が眉間と重なる。ゆっくりとページの外縁に、いまや唯一の感覚器ーーといっても触覚頼みではないのだがーーとなった己の指先を這わせていく。

 

 活性度の計測であれば、経験の浅い日和田でも背中の刺青に頼る必要はなかった。ライセンス試験の際、活性度測定程度の課題に関しては、背皮の力に頼らずクリアできなければ、後に依頼を受けたとき困ることになるというアスワドの忠告は無視できなかった。

 確かに背皮の女は日和田の手に余る。一度出てしまえば、いつ袖に引っ込むかは女の気分次第、その振る舞いは日和田の思惑の外だ。


 リベルには波長の合わない干渉を拒絶する力が働いている。(素人の場合、干渉を起こす力を発することがないので変化はない。)

 同期とはその波長を合わせることなのだが、それは単一の波長ではなく可視光のように、認識範囲内の波長の複合体なのである。これが同期に高度な技量が必要になる理由だ。例えるなら、二次元から三次元を跳び越えて四次元を理解するような思考を必要とするのだ。

 しかし活性度の計測となると話が違ってくる。活性度測定法の場合、あえて同期しようとせずにリベルの抵抗を促す。そのとき指先とリベルの間で起きる小競り合いの規模、それが活性度の大きさを表す。

 贋作の場合、本体は非生物か死体が影にされたものなわけだが、それらにも摩擦力のような干渉抵抗は生じる。生じはするのだが、弱い。そして単調だ。

 つまり真贋を見極めるための要素の一つは抵抗値の大きさということになる。指先が痺れるような感覚、不快感、それらが経験上の閾値を超えているかどうか。 

 もう一つの要素は干渉抵抗が引き起こす感覚の複雑さである。同期しての読書ではないとはいえ、リベルは干渉だけでも複雑な波長を発する。影化できる無生物の単調さとの相違は明らかである。

 以上のような活性度計測による真贋判定の基準は、いずれも非常に主観的と思われるが、影というものは意味と物質が分離した状態であり、意味に触れる部分が己の意思という閉じた環である以上、主観的になるのは避けようがない。


 日和田は活性度計測法における心得を暗唱する。声に出さずとも話す速度で言葉を一字一句思い起こすことで、これからするべきことが明確になり、積み重ねてきた訓練と現場での経験に基づく技能を淀みなく使えるようになる。

 日和田は意識の波長を意思力によって変化させつつ本体を擦っていく。その力が鑑定対象の意味の部分を刺激する。干渉とはお互いに相手の情報を得ることだ。己の世界に相手を複写すること。たとえほんの僅かでも、それによって同じ「場」、同じ「系」における観測可能な現象となり、意識というマクロな「系」で認識できるようになる。受容ではなく拒絶であっても。

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