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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤
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27/122

鑑定開始

 経験上はわざわざ中身を確かめるまでもなくリベルではないと判明することの方が圧倒的に多い。

 鑑定にかかる時間が短いので気まずい思いをし、併せて鑑定料を出し渋られることになるが、それが現実だ。贋作に金を払わずに済んだのだから、むしろ上乗せがあってもいいと思うのだが、依頼主にすれば、贋作であることが既に損失なのだろう。

 リベルは非常に稀少であるうえに、所有者は基本的にそれを秘匿する。本物が出回ることなどほとんどない。稀覯書の世界はそういうものだ。

 とはいえ、確率と目の前の一件に直接の関係性はない。日和田としては先入観なく規定の手順を踏むだけだ。

 まずは外観から。

 一見したところフェイクではなさそうだった。表装である背布の文様は当然ながら、しっかりとリベル独特の艶がある。

 しかし何といってもわかりやすいのは重さだ。片手でひょいと持ち上げられるようなものはリベルではありえない。見てくれが小さかろうと、少なくとも十キロ以上、通常は二十キロ前後ある。金に匹敵する密度だ。それは依頼人らも承知しているはずだが、そこはそれ、手順は省略できない。

 日和田は手袋をした両手で挟むようにして重さを計る。確実に十キロ以上であることを確かめると、急にテーブルが頼りなく思えてきた。

「このテーブルの耐荷重は百キロを超えている。心配には及ばないよ」

 顔から日和田の思いを読み取ったのだろう、依頼人がぼそりと言う。

 日和田は鑑定対象の本を離して愛想笑いを浮かべる。本以外には無関心なようでよく見ている。

 一般的な稀覯書であれば手袋を着用したまま進めるところなのだが、それでは一次鑑定ができない。ここからがライセンス持ちたる所以なのだ。

「直接触れてもよろしいですか」

 日和田が訊く。直接触れる旨、承諾書にも記載されているが、きちんと読んでいないこともあるため、口頭でも許可を得ることにしている。

 読まずとも承諾書の内容を知っていたのだろうか、それともそれくらいの知識はあるのか、幾度となく繰り返したからか、依頼人は当然といった顔で頷いた。

 日和田は背後を振り返ってヒソクを見た。彼女は難しい顔をして鑑定対象を見つめている。

 おい、おまえは助手だろうが。消毒用アルコールはどうした?

 日和田が催促しようと口を開く直前、ヒソクは小さなスプレーを日和田の眼前に突き出した。手順はよくわかっているようだが、視線は相変わらずテーブルの上に注がれたままで、助手とも秘書とも思えない態度だ。まさかこんなときにツンを出してるのか?

 不意にヒソクは日和田に視線を移し、ん、と言ってスプレーボトルを振る。なんて偉そうな助手だ。日和田の顔から血の気が引く。これじゃ本当に関係があるって思われるじゃないか。

 案の定古書商があからさまな失笑の息を漏らす。ライセンスのクラスのこともそうだったが、依頼人と懇意にしているらしく無遠慮な態度が目立つ。依頼人とは同世代のようだから学友かそれに近い間柄だろう。依頼人はというと、まるで気にしている素振りがない。日和田たちのやり取りなどに興味はないようである。

 とにかく早く進めるべきだ。日和田は両手を揃えて差し出す。ヒソクは手早くアルコールを散布するとボトルをポーチにしまった。たったそれだけの所作だが、その動きは流麗でベテラン秘書を思わせた。実際に鑑定助手をしていたのではないだろうかと日和田は思う。助手に資格は不要なのだから不思議はない。古書商もわずかながら表情を引き締めたように見える。

 いずれにせよ、いまはそんなことを考えている時じゃない。日和田は両手を擦り合わせつつ気を取り直して稀覯書に向き合う。


 表装の背布が本物である場合、外からの干渉に対し、静電気による痛みに似た拒絶反応がある。反応がなければ、リベルに縁もゆかりもないガラクタで間違いない。

 今回は重量が十キロを超えていることから、贋作だとしてもアンブリストが関わっているとみて間違いあるまい。簡単なところでは、鉛を使用している場合が考えられる。

 残念なことだが、贋作作りに手を貸すアンブリストは少なからず存在する。そうなると触れただけで見破られるような代物ではないはずだが、どうか。

 表装に背布としての反応があった場合、リベル本体の鑑定となる。その真贋と、望まれれば保存状態の程度を査定するが、リベルの内容を評価するわけではない。

 リベルを読むというのは、五感に関する情報を受け取ることではなく、意識を同調することだ。その同期率が読書深度を決める。修練の足りない日和田の同期率は低く、読書と言えるほど内容を把握できない。しかし鑑定とは干渉による反応によって判断するもので内容は関係ない。

 それに保存状態の良し悪しと情報量の多寡は客観的に測れるとしても、内容の価値判断は非常に主観的なものになる。それは持ち主が決めるべきことだ。

 日和田は表装の感触を確かめるように指先で擦る。静電気が走るような感覚があれば、日和田の意識と感応した結果で、少なくとも表装は背布である根拠になる。

 チリ。

 面には出さないが、指先が痺れたということは、どうやらただの刺青入り皮革ではなく、アンブリストの遺産ではあるようだ。問題は背布が生きているかどうかだが、触れるだけで判断がつくレベルではなかった。

日和田は軽く息をつくと鑑定対象の稀覯書から目を上げた。

「表装は何らかの背布である可能性が高いですね」

「当たり前だろう」古書商がつぶやく。「それくらいは重さでわかる」

 しかしながら重ければリベルというわけではない。一定水準以上の技能を持つ錬金術師であれば、重量物をこの見た目体積の影に圧縮することは可能だからだ。

 日和田は古書商の挑発を受け流し、「では、本体をチェックしたいと思います」


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