面接
日和田の誤算は、ヒソクがその日のうちに履歴書を持参したことだ。去り際の調子では、会話の流れからの軽口だと受け取っているようだったのだが、考えてみればヒソクがこの機を逃すはずがないのだ。
もしかしたら潜在意識では彼も望んでいたのかもしれない。先達が故郷に戻ってしまい、その上メールや電話に無頓着という状況では、何かしら相談できる相手が欲しくなるのも人情だ。アスワドに紹介されたエージェントもライセンスの発行元もまったくあてにならない。神の街の冒険者ギルドとはえらい違いだ。
「この、会員だっていう善なる一なるもの協会って?」履歴書に目を落としたまま日和田は訊いた。
「詳しいことはちょっと……」
「まあいいか……って、その前に」日和田は眉を寄せた。「セントヒルデガルド女子学院って、おまえ高校生じゃねえか」
ちょっと待て、じゃあ、初めて店に来たときは中学生だったのか⁉︎いまさらながら日和田はゾッとした。届出は飲食店だから、役所関係から誰か来ても、うちは喫茶店ですと言い張ろう。
「未成年だって言ったでしょお。それにこの店で働くわけじゃないから問題ないですぅ」
学生証には顔写真と押印があり、偽名だと思っていた村崎ヒソクも記載されている。
「んじゃ、この、資格の欄にあるリブラリアンって何だ」
「司書ですね。一般的なのじゃなくって、特殊な本を読む資格みたいな。まあ、民間資格の一つです。マスターのライセンスと似たようなもんですよ。だから鑑定はしたことないけど例の本を読んだことはありますよ」
例の本というのは日和田が鑑定している類いの本だろう。
「じゃあ、さっきの協会ってのは、ビブリオテイカみたいなもんで、おまえは司書ってことなんだな」
「まあ、あながち間違いじゃないですけど、ビブリオテイカとは目的が違うと思いますよ。それに司書は少数派というか、協会にはほとんどいません」
「じゃあ、いったいどういうヤツらの組織なんだよ」
「それはちょっと」
日和田は履歴書からしかめ面を上げた。「不採用」
「えーっ何でですか、ちゃんと嘘偽りなく書いてるのに!」
「いろいろ、というか重要な点が不祥過ぎるんだよ。人間、信用第一なんだ。信用できない人間は雇えない」
「そう、信用は大切ですよね。だからわたしも詳しく話せないんです。協会からの信用に関わりますから」
「秘密結社かよ。とにかく諦めろ」ヒソクを信用しかけている自分を感じながらも日和田は言った。
「わかりました。じゃあ、お試しってことで一回だけ」ヒソクは片目をつぶってみせる。
「何がお試しだよ。それはこっちの台詞だろうが」
「職業体験、職業訓練、ボランティア」
日和田は首を横に振り続けるが、「エージェント」というヒソクの言葉に一瞬動きを止めた。
ヒソクがそれを見逃すはずもなく、取って付けたような気味の悪い薄ら笑いを浮かべると「聞けば、いまの仲介人は役立たずらしいですねぇ。もしわたしが助手になって顔をつなげば、協会から定期的に仕事が入るんじゃないかなぁ」と上目遣いに日和田を見た。
弱味を突かれる、あるいは足元を見られるとも言う。このとき日和田の懐事情はいつも通り芳しくなかった。
ヒソクは満面の笑みを浮かべる。「マスタァ、どうしますかぁ。お買い得だと思いますよぉ。固定給とか要りませんし、報酬の五パーセント、なんなら最低賃金でも文句は言いません。さあさあ、いまこの場で決めてくださいねぇ」
そうして現在に至るわけだ。
「いるのはわかっているんだぞー、開けなさーい」
ヒソクの声が静まり返ったテナントビルに響き渡る。とはいえ、この時間ほとんど誰もいないのだから日和田はさして気に留めない。
鑑定の仕事を始めてそろそろ一年か。だんだん声量を上げていくヒソクをよそに、日和田は感慨に耽る。あくまで副業としてだが……本当のところは、よく分からなくなっている。実際のところ、副業と割り切ったやり方などないからだ。
誠意をもって真面目にやっているといつの間にか名前と技量が認められるようになるもので、そうなると元々のエージェントも多少は仕事を回してくるようになるし、それ以外の伝からも話がある。しかし別の伝の仕事は、モノが詐欺や盗品であることも少なくなく、トラブルのタネになりやすい。
「マスター、助手ですよぉ、今すぐ開けてくれないと泣いちゃうかもですよぉ」
やれやれ、嫌がらせ、もといイジワルが過ぎたか。日和田は重い腰を上げる。




