ヴェール夫人
この自治体にあるビブリオテイカのリベルや背布の所蔵数は、他の都市型ビブリオテイカと比べて少なく、背布はすべて 展示品のようにシャーレをトランクほどに大型化した強化ガラスケースの中に一つずつ収められている。リベルは完璧な空調設備がある温室の中。書庫は図書館よりも歴史的建造物に併設されている資料館に似ている。あるいは宝飾店や高級時計店、大きなワインセラーなどに。
ガラスケースの中の背布は裏面、つまり人体からの剥離面が培養液に浸かっている。その見た目が生きた人間の肌と遜色ないどころか、生まれたての赤ん坊のような生命感に満ちているのは、まめにメンテナンスしているからだと聞いた。
メンテナンスには関連する学校の生徒を駆り出すほど人手がかかるらしいのだが、当事者以外に詳細が伏せられているためエトは知らない。これについては亜生も教えてくれないのだ。
培養液に浸かっていないが、リベルの表装である表皮、角質層も背皮同様汚れを知らないようだ。しかし手触りはというと、はっきりとした感触がない。それは経年劣化がほとんどないこととも関係があるというが、実際の仕組みをエトはよくわかっていない。ただ時間、ここでは変化の速度というものが違っていて、干渉し難いのだとだけ記憶している。
ビブリオテイカの書庫最奥まで行くと全面ガラス張りになっている壁に突き当たる。そこに『ヴェール夫人』がいる。二重になった巨大なガラスケースの中で、壁一面に広がる背布が特殊な海綿状組織に張りついているのだ。
彼女は、幾人ものリブラリアンに継承された複数のアンブリストのメモリア背皮を繋ぎ合わせた統合体であり、その時々において、統括制御しているフォルマ背布の名で呼ばれる。現在の代表である背布の持ち主であった女性がヴェール夫人というわけだ。
『ヴェール夫人』は異なる時代や地域に生きたアンブリストの背布で構成されているため、肌の色だけでなくその文様も様々であり、さながら巨大なパッチワークである。
雨粒が湖面に形作る波紋のように、大小様々な同心円が不規則に散らされた波紋型。首の付け根、左右の肩、背筋と、規則的に並ぶ同心円を直線が結ぶ生命の樹型、またの名をセフィロト型。背中の中央を中心とした同心円のそれぞれの軌道上に小さな同心円が浮かぶ天球儀型。代表的なそれらの型から派生した亜種も多い。
エトの背皮もその類いで、樹木型と天球儀型のハイブリッドだ。つい先日、亜生に撮ってもらって確認したのだ。
それら『ヴェール夫人』を構成する背布のすべてが女性のものであるのは、ネットワーク構築上その方が都合が良いからであり、またそれぞれの特性を考慮のうえ配置されている。時折部分的に入れ替えられるのだが、中心となる背布の交代は一度もないとエトは聞いていた。
高さ三メートル、幅五メートルはあろうかという巨大な『ヴェール夫人』も背布の例に漏れず、水族館のマンボウのように透明な壁の向こう側に佇んでいる。ただ手前の方のガラスケース中央に開口部があり、片手をくぐらせて、『ヴェール夫人』と繋がった仲介用背布に触れることができる。
日本に来た当初、背布を統合した検索機構の検索範囲は、過去に特化したものだったらしい。それが時代の移り変わりに伴う人間の移動の高速化、範囲拡大により、アンブリストの来訪や背布そのものの追加が増加して検索性能を飛躍的に向上させた。そして最近ではインターネットの利用が模索されているらしい。ただ、今のところ互換性に難があるとのこと。
それでも情報は随時更新されているわけだし、今回は目当てのものもはっきりしているのだから空振りに終わる可能性は低いはず、とエトは考える。
エトは透明な壁の前に立って背布のパッチワークを眺めた。背布一つ一つの文様は様式から違っているのに、不思議と背布の継ぎ目では、鉄道模型のレールのように円も直線も隣のものと繋がっている。
初めて『ヴェール夫人』を見た帰り、常磐碧館長に、あれは線が繋がるように切り揃えたのかと訊くと、もっと注意して見ればわかると言われ、再び目にしたときに気づいた。背布と背布の継ぎ目など無いことに。
背布の色や模様は様々だが、隣り合う背布との境界線を見極めることができないのだ。切り傷が完全に治癒すると、接着面が跡形もなくなるように、それらは元から一人であったかのように滑らかな肌が続いているのだ。もちろんそれぞれの背布の中心を比べれば、その肌色の濃淡で、まったく別人のものだとわかるのだが。
三度目ながら、その精緻な文様、その背景となる肌の艶めかしい美しさにますます引き込まれ、前のめりになっていたエトだが、咳払いが聞こえた気がして我に返る。
「おっと、いまはそれどこじゃなかった」
エトは部屋の隅に据え付けられた洗面台で手を洗い、更に消毒液をスプレーして擦り合わせた。面倒だが、背布に雑菌は禁物である。
そっと開口部のフィルターに触れる。背布を肉体から剥がす時と同じ要領だ。その意味を剥離する意思を持つ。そうすると薄膜を通り抜けることができる。誰もが利用できるわけではないのだ。
背布に触れる寸前で手を止めるとエトは深呼吸する。「さて。お目当てのリベル、引っ掛かればいいけど」
満を持してエトの指先が『ヴェール夫人』へと繋がる背布に触れる。
チリっと、静電気が走ったような刺激がある。
それは接続開始の合図。
エトはゆっくりと指先を滑らせ、しっとりとした背布を握り込むように手のひら全体を密着させる。
じわりと熱を感じる。
そんな気がする。
学校の図書係として背布を貼ったり剥がしたりしているうちに、特別な手順を踏まなくても、背布に触れているという認識だけで意識が接触面の影化を促す状態へと遷移するようになった。エトの指先と、触れている背布表面の境界が曖昧になっていく。影化しているのは接触面だけなので、人目には背布から彼女の指先が生えているように見えるだろう。
ここまでは順調だ。それからエトは背布の疑似人格としての『ヴェール夫人』を具現化しようと意識に集中する。前に会った時の姿を思い出そうとしたが、そもそも夢の中の記憶と同じで曖昧だ。印象的だった緑を基調とした宮廷衣装がぼんやり現れるだけである。
「ダメだ、一旦解除」エトは目を開けると、影化で同期していた手を分離する。
エトは洗面台と逆側、壁に向かって右側に掛けてある夫人の肖像画と向かい合う。明確な視覚情報は、ときに想像による結像を阻害することもあるが、まったく浮かんでこない場合は有用だ。
しばし食い入るように見つめたエトは首肯して元の位置に戻り、同期を再開した。
背布の疑似人格の結像には確信が必要だ。目蓋を閉じ、暗いキャンバスに空間をイメージし、そこについ今しがた見た顔を思い描く。
文字通り描写するのだ。
瞬時に全体を出現させ得ないときは、髪型、髪色、輪郭、眉の形、目鼻立ち、唇などを一つずつモンタージュ写真のように並べていく。白紙に絵を描くことから、素材を配置するコラージュへの転換である。それは近似値かもしれないが、強い存在感を構築できればよいのである。魂の吹き込みは『ヴェール夫人』その人が担う。
エトが拵えた夫人の二次元的澄まし顔がピクリと震え、眉が上がった。途端にその姿は厚みを持ってエトの視界に現れる。
『ごきげんよう』
夫人はそう言ったようだが、唇は動かなかった。
『うふん』夫人は澄ました表情を崩さないまま、口を開いた。『ごきげんよう。今日はどういった用件で?』
そうして口元のシワが気になるのか、指先で軽く擦るとほうれい線を消した。
「ごきげんよう、夫人」
エトは頭を下げた。臣下ではないが、相応の敬意は必要である。夫人はそういう出自なのだ。「あるリベルを探していただきたいのです。その存否も含めて」
『いいでしょう』請願は単なる儀礼的手続きなので、夫人はあっさりと承諾した。
「ありがとうございます。それで、あのう、対価は」
『リベルもしくは背皮に関する記憶を。最近何かリベルを読みましたか』
「……はい」頷いたエトは視線を外し、申し訳なさそうに続ける。「でも前のリベルと同じもので……読んだ箇所も一緒で」
「構いません。対価を求めるのはわたくしの変えられざる設定ですが本能とは似て非なるもの。実質的な利を求めるものではないゆえ」
設定というのは、ヴェール夫人が生前自らの背皮に付与した条件であり、フォルマ背布となったいま、神経回路にはいかなる変化も起きることがないため、変えられないのである。
それでも記憶を求める意味は、生きているメモリア背布には記憶を追加できるからだ。そしてそれをしているのは他ならぬエトである。たとえ本人が意識していないとしても。
「ありがとうございます。それでお願いします」
『よろしい。それでは探して欲しいものを思い浮かべなさい』
「はい」エトはすでに閉じている目を、心的に閉じた。