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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト
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15/121

図書館館長

 羊皮紙の写本や初期印刷本などは、解体されて一頁だけ、もしくは不完全な形で流通する場合がある。

 同じように、プルディエール・デルフトという人間から、さまざまな時代において剥がされた背布・背皮が、リベルにならないまま多数存在している。

 エトの背中の刺青のように、誰かに移植された刺青背皮もそういった零葉の一つとされる。それらは切り取られた写本になぞらえて『Pの零葉』、またはただ『P』と呼ばれている。

 『P』はおそらく最も数が多く、そして最も散逸している、ある意味最もありふれた背皮といえよう。

 背皮とは、特殊な素材と特定の様式をもって刺青を施すことにより、真皮から表皮にかけて演算回路としての神経細胞網の形成を促したもの、その完成品あるいは断片のことだ。もちろん彫る側、彫られる側、両者ともアンブリストとしての能力を会得していなければならない。前者は装飾師と呼ばれる。

 刺青は背中に彫られることが多いので背皮と呼ばれているが、上腕や太ももといった部位の刺青人皮がないわけではない。

 背皮は形成外科手術における皮膚移植のように素養のある者に移すことができる。その移植を数限りなく繰り返してきたのが、プルディエール・デルフトだった。一説によると数百年から千年も生きながらえているという。エトは信じていないが、それほど多くの背布・背皮を遺しているということだ。

 本来背皮とはアンブリストが己の業を成すための補助装置であり、死後当人のリベルを作成するためのものである。リベルとは、『リベル/ディケル』のように、その人物の一生涯を記録した、一冊の書物、伝記として成立しているものを指す。

 プルディエール・デルフトという人物は、ラグランティーヌの時のように、アンブリストの技を手っ取り早く伝授するアイテムとして背皮を活用していたのだろう。そうだとするなら、彼女はアンブリストの中でも非常に特異で、危険視される存在だったのではないだろうか。


 とにかく自分が呼ばれたということは、とエトは期待と倦怠感の入り雑じった気分になる。また『P』が見つかったということだろう。『P』が本物かどうかは『P』に判別させるのが一番確実なのだ。同じアンブリストの背皮は惹かれ合う。

「ま、いいか。行こうか迷ってたとこだし、流れに乗ってみるのもアリかも」

 嘆息して言うエトは、片眉を上げる吟に「司書さんに頼んで人名検索したいんよ」

「ああ、夫人か。ていうかや、微妙に言葉寄せてくんのやめや。気色悪いわ」

「関西弁でも文句言うんか!てか寄せてへんわ!あたしも関西人や!」

「そもそも日本人に見えんけどな、その髪とか目ぇの色とか」

「んじゃ、地元民言うな。母親がイタリア系ハーフだからだよ。知ってて言ってるだろ」

 吟は肩をすくめた。「で、検索したいのって誰やねん」

「え?ああ、ディケル関係でちょっとね」

 吟は細い目をさらにすがめる。「ま、無理に教えろとは言わへんよ」

「あんたのそういうとこ好きよ」エトはわざとらしく満面の笑みを浮かべるが、すぐ素に戻り、「で、どうやって行くの?クルマ?結構あるよね、中央まで」

「いや、普通に電車と歩きやで。バイクはあるけどや、メットがあれへん」

「ハア?クルマくらい出しなさいよ、公用でしょうが」

「免許あれへんわ。幾つや思てんねん、同いやろが。あ、そうか、おまえダブってたんやったな。ゴメンやで」

 ゴッ

「いてえっ」黒いローファーの爪先で脛を蹴られ、吟が声を上げる。

「入院してたんだから仕方ないだろうが!てか、ダブリじゃない、入学が一年遅れただけだわ!」

「イツツ……出たで、エトキック。これだから脳梁の太い連中は……」

「なんて?脳梁太い?アンブリストに女が多いの、そのおかげでしょ。なに、僻み?」

「客観性を確立すればの話や。第四の環やな。それがでけへん女がどんだけ多いか。仮にでけたとしてもや、両刃の剣やろが。感性からのフィードバックで暴走してもたヤツ、リベル遺さんと死んだヤツ、どんだけおる思とんねん」

「そうならないようにしたらいいだけの話でしょ。それにそもそもリベル遺す気なんてないし」

「ま、確かに委員長らほど心配やあれへんけどな」

「武井姉?あいつこそ大丈夫でしょ。脳幹なんてあってもイトミミズより細いに決まってる」

「イトミミズて、釣りキチか。キモい例えすなや。ま、ええわ。こんな話してる場合ちゃうしな。とりま急ぐで、館長がお待ちかねや」そう言って銀は先に立つ。

「ちょっと待ってよ」

「なんや、歩くん速かったか?女ん子みたいなこと言うなあ」

「バカなの?何で武井姉妹が心配なのかって話。理由教えてよ」

「ああ、そんなん……ただの勘や勘。先行くで」

 納得いかないが、問い質したところで吟が口を割るとは思えない。大股に歩いていく吟の背中を殴る仕草をすると、エトは小走りに後を追いかける。 


 政令指定都市における最大規模の公立図書館の例に漏れず、ここの市立中央図書館にもビブリオテイカの支部が併設されている。もちろん一般公開するどころか存在が完全に秘匿されている。エトの通う中高一貫校の経営母体がビブリオテイカの傘下にあることを知る者が、関係者以外皆無であるのと同様である。

 支部の多くは小規模であり、書庫の奥まった一角を借りた設備で事足りている。リベルとは稀少なものなのだ。必要とする保管器の数は両手で足りるとは言わずとも決して多くない。それはエトの通う学校にしても同様だ。

 ビブリオテイカに常駐している館長と司書も多くはない。とはいえ昼夜問わずいなければならないため、どんなに小規模でも館長と司書を兼任してたった一人しか駐在していないという話をエトは聞いたことがなかった。この地のビブリオテイカ支部以外には。正確には一人とは言わないのかもしれないが。


 市立中央図書館の一号館裏手の職員通用口から入ると、二人は男女別ロッカールームで学生服から職員風の衣服に着替え、一般利用者と同じように三階まで上がる。

 書庫手前のカウンターで、吟が愛想笑いを浮かべながら受付の司書に厳つい銀の指輪を見せると、ICリーダーのようなものが差し出される。そこに指輪をかざすとID確認が済む。エトは吟の後に続くだけ。

 カウンターの奥の扉から書庫に入ると、林立する書架の間を縫うようにして吟はさっさと行ってしまう。

 エトは並ぶ背表紙のタイトルが気になって、ついつい吟の背中から目が逸れて道も逸れてしまいそうになるのだが、そういうときに限って吟は曲がり角に立っているのだ。待っている風でもなく書架の本を眺めながら。らしくないことに文句も言わず。

 その姿を見ると、エトはなぜか懐かしい気持ちになる。夕陽の河川敷や夏の田園風景などの映像を見て、それが未知の風景でもなぜか郷愁の念が湧いてしまう体験に似ている。昔、彼に似た誰かを知っていたのかもしれない。

 ビブリオテイカへの扉は一番奥の壁にある。壁に扉があるということに、一見しただけでは、いや、じっくり観察しても、気づかない。

 これには高位アンブリストの遺物が使用されている。培養器に入った背布が、疑似神経網を張り巡らせた扉と接続されていて、常に意味を擬装しているのだ。アンブリストの背中でよく成熟した背布には、こういう一つの技能に特化したものもあるらしい。

 吟はここでも指輪を壁に押し当てる。指輪の飾り彫が鍵の役割をしているのだ。もちろん錠である彫物に、外すことなく一度でピタリと嵌める必要がある。もしも外してしまうと、あのタブレットみたいに時間を空けなくてはならなくなるので面倒くさい。

 吟とここに来るのは三度目だが、彼は過去二度とも外したことはなく、見えてないはずなのに今回も難なくするりと開けてしまった。


「早かったのね、放課後でよかったのに。休講にでもなったの?」

 書庫の奥で待っていた館長の常磐(ときわ)(みどり)は、笑うと目尻にシワが目立つ。けれども肌艶は二十代で通用しそうだ。

「いや、まあ」吟は言葉を濁す。

「こんにちは、ミドリさん。ネズギン、やっぱりサボるつもりだったんじゃん」

「あらエトちゃん、こんにちは。今日はとてもオシャレさんね」

「え?ああ、友だちに遊ばれて」

「遊ばれたにしてはとても似合っているけど。それで、授業は?サボッちゃったの?いけないわ」そう言いつつ館長の笑みは大きくなる。

 常磐碧館長はわずかに白いものが混ざる髪を会うたびに違う編み方でまとめていて、今日は後頭部に編み込んで垂らしている。フランスだかオランダだかいう編み方だっけと頭の片隅で思いながら、エトは書庫を見回した。

「ミドリさん、鑑定する背皮ってのはどこですか」

「鑑定?いいえ、いま予定はないわよ……ところでギンちゃん、三時間ほどになると思うけれど、大丈夫かしら」

「もちろんだよ、ミドリさん。三時間と言わず、夜中まででも明日まででも、ゆっくりしてきてよ。たまのことなんだから」

「ありがとうね。でも大丈夫、わたしはここにいるときが一番調子が良いのよ。仮眠室も好きに改装させていただいたし」

 館長はビブリオテイカ上階の1LDKに住んでいる。元はどれほど広い仮眠室だったのかと、エトは訝ったが、以前は夜勤が常時二、三人いて部屋が三つあったのだそうだ。

「いまはもう、ここが狙われることもないからねえ」

 無邪気に微笑む常磐館長はその昔、極東の三賢者と呼ばれたアンブリストだったとかなんとか。Sランクのリベルも他所に移したいま、あえてここに盗みに入ろうという輩はいないだろう。


「どうして標準語なのかはあえて訊くまい」

 館長が出かけるとエトは渋面を作った。「鑑定って嘘ついてまであたしを連れてきた意味って何?」

「いやほら、独りやと退屈やんかあ」

「本でも読んでろよ。遅読のおまえでもモノによっちゃ読破できるだろ」

「なんやて?つか、おまえ読みたないん。許可はもろてんねんで」

 紙の本ではないことは察せられた。それなら話は別だ。

「ネズギン、あんた気が利くな。そういうとこ好きだぞ」

「あたりまえやん、けどまずオレが読んでからな。一人は目ぇ開けとかなあかんやろ」

 吟の言葉にエトは目を剥く。「ハア?ふっざけんな、そのために連れてきたな。あのな、おまえ読むの遅いだろ?そういう自分本位なとこ何とかならんの?ってか、おまえが見張っとけばええやんか!」

 さらにわめき散らしながらエトは吟に詰め寄る。

 吟は曖昧な笑みを浮かべて両手を上げた。「冗談やん、いくらなんでも誘っといてオアズケさすわけないやろ」

「ホントに?なんや人が悪いなあ。ほな、早速。どれにしよかなぁ。三つとも読んだことあるけど。いや、あるからこそ……」エトは揉み手をしながらケースを覗き込んだ。

「また妙な言葉遣いになっとるで」吟は苦笑する。「ん?そういやおまえ、なんややることある言うてなかったか?」

「え?なに?」

「検索や、検索。なんや本のある場所、調べ来たんちゃうんか」

「ああ、そうだった」

 エトは眉間にシワを寄せて懊悩するが、「くーっ、しゃあない、ちょっくらヴェールさんとこ行ってくる」

 エトは吟に向かって追い払うように手を振る。「あんたはついて来なくてよろしい」

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