その4
せりかのうしろから、女の子の声が聞こえてきました。振り返るとそこには、黒くて長い髪を、うしろでまとめあげた女の子が、分厚い本を片手に立っていたのです。切れ長の目は、なんだか気が強そうに見えます。せりかは女の子を見て、思わず問いかけてしまいました。
「あなたは、誰? それに、あなたも色がついているわ。夢の世界の中では、色がついているのは夢の主と、わたしとロップだけのはずなのに。あなたは、いったい……?」
「おしゃべりはあとにして。まずはあの巨人を止めるのが先でしょう?」
女の子は手に持っていた分厚い本を開き、ぶつぶつとなにかを唱え始めました。するとすぐに、ガラガラガラッと地面が盛り上がり、土でできた巨大な巨人が現れたのです。
「土の精霊よ、わが行く手をふさぐ者を打ち破れっ!」
土の巨人は、先ほどの真っ黒な影の巨人をがっしりつかみ、勢いにまかせて押し倒したのです。ドガンッと再び地面が揺れ、せりかは思わず座りこんでしまいました。
「ほら、立てる? 早くこの世界から脱出するわよ」
女の子はせりかの手をとり、引き起こしました。せりかはかすかにうめき声を上げます。
「怪我をしているみたいね。夢の中だから、死なない限りあなたの肉体には影響ないけど、それでもその様子じゃ満足に歩けそうにないわね」
女の子は再び分厚い本を開き、なにかを唱えました。せりかの背中を、淡い水色の光が包みこみます。
「癒しの水であなたの傷を浄化した。すぐによくなるわ。さ、それじゃあついてきなさい」
女の子に手を引かれ、二人は巨人の反対方向へ進んでいきました。
「あの巨人は大丈夫なの? あの巨人を倒さないと、琴美は」
「あのねえ」
女の子はあきれ顔で、せりかを振り返りました。
「タピールは、夢の主に触れさえすれば、その夢を吸収できるのよ。だから慣れたタピールは、あんなの無視して、夢の主を探すわ。それなのにあなたは……」
「タピール?」
思わずせりかは聞き返しました。女の子はかすかに驚いたように目を開けましたが、すぐにわざとらしくため息をついたのです。
「夢の中に入る者たちのことよ。って、あなたそんなことも知らなかったの?」
女の子は、今度はロップに向き直りました。ロップがうっとわずかにひるみます。
「あなたもよ。ナビゲーターなら、タピールに危険が及ばないように、安全な道をナビするものでしょう。それなのに、逃げ回ってばかりで」
ロップはぽかんとしていましたが、すぐに女の子にわめき散らしました。
「なんだよ、そんなこと見ず知らずの君にいわれたくないよ。大体君のナビゲーターはどうしたんだよ? 君のナビゲーターは、ナビするどころか、姿さえ見えないじゃないか」
「ええ。わたしには必要ないもの」
「ナビゲーターが必要ない? じゃあ君はどうやって夢の主を探すんだい?」
ロップに聞かれて、女の子は軽く肩をすくめました。
「カンで探すのよ。でも、今日はその必要はなさそうね。さ、この夢の主のところまで案内して」
女の子の切れ長の目が、じろっとロップをにらみつけました。
「ちぇっ、なんだよそのいいぐさは……」
ロップはぷいっと顔をそむけると、ふわふわと飛んでいきました。女の子はすたすたとそのあとを追いかけていきます。せりかもあわててついていきます。
ごつごつとした岩だらけの地面を、女の子は慣れた様子で進んでいきます。せりかもなんとかそのあとについていきますが、だんだんとロップの頭の風船が、ちかちかと光りはじめていました。
「夢の主に近づいているんだわ」
ちらりと女の子がふりかえり、それから小さくうなずきました。せりかは岩の上を飛びはねながら、女の子にたずねました。
「ねえ、あなたは誰なの? 夢の中のこと、それにわたしたちの、えーっと、タピールのことも詳しいみたいだけど」
しかし、女の子は答えずに、すっと前のほうを指さしました。
「あそこよ」
せりかもつられて前のほうを見ます。ごつごつした岩が開けて、そこから淡く光がもれ出ています。
「あっ、琴美!」
そこにはウサギのぬいぐるみを抱えて、がたがたと震える琴美がいました。色がついているということは、あれが夢の主である琴美本人なのでしょう。しかし琴美は、巨大なおりに閉じこめられていたのです。
「琴美!」
すぐにおりにかけつけると、せりかは剣でおりの鉄格子を切りつけました。カーンッと甲高い音がして、剣がはじかれます。
「そんな」
「そこをどいて」
女の子は本を開き、またもやなにか呪文を唱えました。地面から棒のようなものが出現しました。どうやら剣の柄のように見えます。女の子がそれをつかむと、柄の部分が光りだし、光の刃が現れたのです。女の子は無言で、鉄格子を切り裂きました。ガラガラと音を立てておりが崩れていきます。
「すごい、簡単に切っちゃうなんて」
せりかは目をみはりました。女の子はため息混じりにせりかを見ます。
「さあ、夢の主も見つかったことだし、早くここから出ましょう」
「待って」
せりかに呼び止められて、女の子はくるりと振り返りました。うしろで束ねた長い髪が、さらりとなびきます。
「なにかしら?」
「あの、ありがとう、助けてくれて。わたしはせりか。……あなたは?」
女の子のまゆが、ぴくりとつりあがりました。
「別に気にしなくていいわ。それよりこの子、あなたの……せりかの妹でしょ」
琴美を見おろす女の子に、せりかはうなずきました。
「そうだけど、でもどうしてわかったの?」
「よく似ているからよ。……一つ忠告をしておくわ。悪夢をいくら吸収したところで、この子を救うことはできないわよ」
「そんな、どうして?」
女の子は、遠くで争っている巨人たちを見ながら、静かにつぶやきました。
「この子の悪夢を本当になくしたいのなら、そのもととなるものを取り除かないと」
「悪夢のもとって?」
「心当たりはないかしら? この子が悪夢を見るってことは、現実世界でなにかいやなことがあったからよ。夢はその人の心を投影されて作られる。……本当に心当たりはない?」
もちろんせりかには心当たりがありました。静かにうなずくせりかを見て、女の子の口元がわずかにゆるみました。
「そう。ならまずはその悪夢のもとを取り除くようにすることね」
女の子は答えずに、琴美の頭に触れようとします。せりかがあわてて女の子にたずねました。
「待って、あなたは、あなたはいったい?」
「わたしは彩乃。あなたと同じタピールよ」
その5は本日1/25の21時台に投稿予定です。




