その3
「あれからはかなり大変だったみたいだね」
色がまったくない、真っ暗な世界の中で、クマのぬいぐるみがおどけたようにいいました。頭には大きな風船がついています。
「ホントよ。大体他の人の夢の中へ入るとか、ぜんぜん信じられなかったもん。なにがなんだかわかんないまま、クレをにぎって眠ったら、いきなりからだが浮かび上がるし」
せりかも笑ってうなずきます。ぬいぐるみがしゃべっているというのに、せりかはまったく驚いた様子もありません。
「それにしても、よく道がわかるわよね、ロップ。わたしだったらこんな暗闇の中だったら、絶対迷子になっちゃうわ」
「せりかは琴美ちゃんの夢の中、何度も来てるだろう? ほとんど構造も同じなんだし、いいかげん慣れなよ」
「そんなの無理だってば。こんな真っ暗な中、わたしだけなら永遠に出られないわよ」
「まぁ、君はまだ新米だしね。でも、心配しないで。そうならないために、ぼくたち『ナビゲーター』がいるんだからさ」
ロップと呼ばれたクマのぬいぐるみは、ゆらりゆらりと風船を揺らしながら進んでいきました。そのあとをせりかがついていきます。
「でも、いきなり幽体離脱したから、死んじゃったかと思ったわ。そしたらまたあの声が聞こえてきて、もやを探して夢の中に入れだの、白いもやは『楽しい夢』で、黒いもやは『悪い夢』だの、いきなりいろいろいわれるから、もっとパニックになっちゃったんだから」
「あはは、確かにせりからしいね」
「なにがせりからしいね、よ。本当に大変だったんだから」
ごつごつした岩の地面を軽くけって、せりかは口をとがらせました。
「でも、せりかはえらいよ。すぐに琴美ちゃんの夢の中に入っていったんだもんね。しかも黒いもやだったのに。普通はあんなことできないよ」
せりかは照れ隠しするように、ロップの風船をつんつんっとつつきました。
「だってわたし、琴美を助けたいからあの女の人にお願いしたんだもん。それで琴美の様子を見たら、黒いもやが出てたから、思わず飛びこんじゃったの」
「ま、それもせりからしいよね。でも、そろそろ慣れてきたんじゃないかい? 琴美ちゃんの夢の中も、もちろん戦いもぉわっ!」
ドーンッという轟音と共に、ものすごい衝撃波が二人をおそいました。せりかはロップをがしっとつかんで、なんとかふんばります。衝撃波が収まったころに、暗闇の奥に目をこらすと、巨大な影が見えました。
「うわぁっ! 出た、出たよ、巨人だ!」
ロップを離すと、せりかは指をパチンっと鳴らしました。とたんに空中に、銀色に輝く剣が現れたのです。せりかは剣をつかみ、そして巨大な人型の影を見あげます。
「……なんだか、今日はいつもより大きくないかしら……」
「確かにいつもより、かなり大きな巨人だよ! これはきっと、夢の主である琴美ちゃんが苦しんでいる証拠だよ!」
「でも、どうして? 悪夢はここのところ、いつもわたしが吸収していたから、ぐっすり眠れていたはずなのに」
「理由はあとで考えなよ、来るよ!」
ロップのさけび声とともに、せりかはハッとして剣をかまえました。巨人が振りかざすこぶしを、かんいっぱつでかわします。せりかはくるりと反転して、すかさずそのうでに剣で切りつけます。ガキッと鈍い音がして、剣がはじかれました。
「かったぁ! なにこれ、すごい硬いんだけど」
「せりか、危ない!」
ロップの叫びに、せりかはあわててうしろに飛びのきます。さっきまでせりかがいたところを、巨人の足が蹴り飛ばしました。ドゴゴンッとものすごい衝撃が地面を揺らします。
「どうすればいいの、大体今まで、こんな大きな巨人じゃなかったじゃない! 今までの夢だと、せいぜいわたしの倍くらいの背丈だったのに」
まるでビルのように巨大なうえ、からだもまるで鉄でできているような硬さです。せりかの顔にあせりの色が見られます。
「せりか、いったん逃げよう! こんな巨人、せりか一人じゃどうにもならないよ!」
「逃げようったって、どこに逃げるのよ? それにここで逃げたら、琴美が」
「夢の主である、琴美ちゃんにさえさわれば、この悪夢も消えてなくなるんだ。こんな化け物と戦わなくったって、琴美ちゃんは救えるんだよ」
ロップの言葉に、せりかが振り返ったときでした。巨人が隕石のように勢いをつけて、こぶしで思いっきり地面をたたいたのです。地面が砕け、岩がはじけ飛びます。その破片のひとつが、せりかの背中にぶち当たったのです。
「ガハッ!」
吹き飛ばされ、地面を転がるせりかに、ロップがすぐに駆け寄りました。ゲホゲホッと、せりかがせきこみます。
「せりか、口から血が」
口元をぬぐうと、手に血がついています。せりかはなんとか立ち上がりましたが、足元はふらふらです。
「逃げようって! せりか!」
しかし、せりかは逃げずに剣をふるいました。ブウンッと風を切る音とともに、真空波が巨人の足めがけて飛んでいきます。ですが、ぱちんっという甲高い音とともに、風の刃ははじけ散ってしまったのです。もちろん巨人の足は無傷でした。
「ここまでなの……?」
「ふう、見てられないわね」
その4は本日1/25の20時台に投稿予定です。




