その2
柳田せりかは、今年青村中学校に入学した、ほやほやの中学一年生でした。しかし、あこがれの中学生になったというのに、せりかの心は沈んでいました。
――琴美、大丈夫かなぁ? 小学校のころは、いつもわたしのクラスに来てたけど、今年から一人だもんね――
クラスメイトにいつも意地悪してくる男の子がいると、妹の琴美はいつもおびえるように話していました。
――矢部君、どうして琴美のことをいじめるのかしら――
晩ごはんを食べて、琴美をなんとかなだめて寝かしつけたあとも、せりかは眠れず、じっと天井を見つめていました。
――琴美はいじわるいわれたりしても、いい返せずに固まっちゃう子だから、なんとかして守ってあげたいのに。せめて、いじめる原因がわかればいいんだけど、そんなの相手の子の心をのぞきでもしないかぎり、出来ないわよね――
いろいろと、琴美を守る方法を考えているうちに、せりかはいつの間にか眠ってしまっていました。そして――
――あれ、えっ? なに、ここ? 気持ち悪い――
そして、いつの間にかせりかは、紫色の布で囲まれた、せま苦しい小部屋にいることに気がついたのです。
「えっ、どういうこと? ここ、どこ? それにこの模様、怖いわ……」
紫色の布には、まぶたのない大きな目の模様がついていました。それがじっとにらみつけているような気がして、せりかは思わず顔をそむけました。
「怖がらなくてもよい。ここはそなたの夢の中だ」
布の奥から、誰かの声がしました。女の人の声のようです。心が吸いこまれてしまいそうな、心地よい声でした。
「あの、あなたは、誰ですか? それに、ここはわたしの夢の中って」
「柳田せりか」
突然自分の名前を呼ばれて、せりかは目を見開きました。
「どうしてわたしの名前を」
「そなたのことはなんでも知っておる。なぜならここは、そなたの夢の中であるのだから。そう、そなたの恐れ、それに悩みも……」
せりかはふいに、この小部屋がなんだか恐ろしく、化け物でもすんでいるかのような、そんな予感に教われました。しかし、声の主はせりかの気持ちに気づいたようです。ふふふと優しい笑い声が、布の奥から聞こえてきました。
「怖がる必要などない。大丈夫だ、わらわはそなたを傷つけたり、苦しめたりはしない。わらわはそなたの願いをかなえにきたのだ」
「願い?」
「そなたは、知りたいのであろう。……妹を守る方法を」
いい当てられて、せりかの胸がどきんっと高鳴りました。あとずさりするせりかに、女の人の声がささやきかけました。
「知りたいのだろう? そなたはなぜ妹がいじめられるかを。のぞき見たいのだろう? 妹をいじめる相手の心を。そして、妹を守ってやりたい、そう思っておるのだろう?」
女の人の声は、淡い香水の香りのように、ゆったりとせりかの心を満たしていきました。せりかはゆっくりと、女の人の言葉にうなずいていました。
「わたしは、知りたいわ。そして、琴美を守ってあげたい。でも、そんなことできるはずが……」
再び小部屋に沈黙が流れました。せりかは女の人の返事を待って、ごくっとつばを飲みこみました。
「……ならば、この『クレ』をそなたに授けよう」
「クレ?」
せりかは思わず聞き返しました。しかし、女の人の声はせりかには答えず、説明を続けます。
「クレをにぎりしめて眠ることで、そなたは他人の夢の中へと入ることができる」
「えっ、夢の中? いったいどういうこと?」
混乱するせりかでしたが、女の人はせりかには答えてくれませんでした。
「夢の主に触れることで、そなたは夢を吸収できる。さすれば……」
女の人の言葉が終わると、ピカッとまぶしい光が部屋を包みました。思わずせりかは目をつぶります。そして、次に目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋の天井だったのです。
「いったい今の、なんだったの? 夢、だったのかしら? 変な夢」
せりかははぁっとため息をついて、寝返りをうとうとしました。そして、自分のまくらもとに、なにか小さく光るものがおいてあることに気がついたのです。
「これは……」
それは鍵の形をしたペンダントでした。頭の部分が、ハートの形をしています。
「もしかして、夢じゃなかったの? じゃあこれが、女の人がいっていた、クレってやつ?」
――そのハートに、レーヴが満ちたとき、そなたは他人の気持ちを知ることができるであろう――
あの女の人の声が、頭の中に直接響きました。
「待って、まだ聞きたいことが」
ですが、もうそれっきり、女の人の声は聞こえてきませんでした。せりかはクレをまじまじと見つめ、それからもう一度ため息をつきました。
その3は本日1/25の19時台に投稿予定です。




