最初の一歩②
少しすると國枝とは別の人物が姿を現した。その人物に導かれて六人は場所を移す。向かった先は体育館のような場所だった。
「今からオーラを発現し、操るための訓練をしてもらう」
零は思わず、は? という気の抜けた声が出そうになった。零の前にいるのはどう見たって三〇は超えているであろう大人だ。その大人がいきなり理解の外の話をしてきたのだ。
そもそも、だ。
零からすればオーラってなに? という状態だ。
「まずはお前からだ。こっちにこい」
そう言ってアラタと名乗った少年は手を引かれ、零達から距離を取らされる。
「これを割れ」
男が指さしたのはどこにでもありそうな瓦だ。
瓦を割る、つまり男は瓦割をさせたいらしい。
アラタは無表情のまま瓦をちょんちょんと触ったり撫でたりしている。当然だがそんなことで瓦が割れるはずがない。
「早く割れ」
この男は自分がどれだけ無茶な注文を付けているのか理解していないのだろうか。
空手を習っているとかならまだわからないでもないがアラタはの体はどう見ても武道をしている体ではない。瓦一枚とはいえ、細腕で殴りつければ腕のほうが割れてしまう。
「オーラを使え!」
男はにらみを利かせ、語気を強くするがそれでもアラタのとる行動は変わらない。軽く叩く程度だ。
仮にセイヤー、と気合を込めてもひびすら入りそうもない。
「もういい、次だ‼」
アラタと入れ替わり瓦の前に立つのは佳奈、だが彼女もアラタと同じようにペチペチと叩く程度だ。
なんのコントを見せられているんだろう。零はその光景をコントとしてしか捉えられなかった。
男は本当にオーラなるものを信じているのか、そのオーラを使えば瓦が割れると思っているのか。
仮にそうだとして、どうやればオーラを使えるのか零達には提示されていない。
これではまるで白紙の解答用紙をもらった状態で、頭を使えば解けるぞと言われているようなものだ。
情報量が足りなさすぎるのだ。
零が思考を巡らせていると、唯一人間だと確証を持った華蓮が口を開いた。
「あのー、あたしたちに瓦なんて割れないと思うんですけど……」
「オーラを使えば割れる」
「そのオーラっていうのはどうやったら使えるんですか?」
「そんなものはお前たちが理解するんだ」
これだけ難解な国語のテストはあるだろうか。棒線部の意味を答えなさい、ただし棒線部が引かれている場所は各自が考えること、そんな感じだ。
「お前、やってみろ」
佳奈に代わり先ほど問いをした華蓮が瓦の前に立つ。
ただし、華蓮の行動は少しだけ前の二人とは違った。
瓦を触ることをせず、目を瞑り、腕を組んで、何かをじっと考えるような姿勢を取っている。
その様子を見ていた零も何となく同じかっこをしてみる。
目を閉じて腕を組む。当然だが視覚は消え、他の部分が敏感になる。だがだから何だという話だ。
(考えている? 何を? オーラのことを?)
零は華蓮がとった行動の意味を考えてみるが理解ができない。
仮に男が言ったことを真に受けてオーラというものを使おうとしているのならそれは柔軟性が高いとか、臨機応変だとかではなく、お馬鹿なのではないか? そんな結論に至った。
しかし、頭の中で若干華蓮を馬鹿にしている零を嘲笑うかのようにバリン、という音がした。
(うそ……だろ?)
零は何が起こったのか、音だけで理解をしたがそれが冗談であることを祈って目を開ける。
しかし、零の眼前に広がっていたのはノックするように軽く瓦を叩く華蓮、そしてその行動の結果として形を失った瓦の残骸だった。
「お前、今のをどうやってやったんだ?」
よりにもよってお前が聞くのか、といった感じだが、男は憚らずに聞いた。
「どうやって、と言われても、何となくやったらできたとしか……」
「……っ、そうか……、戻っていい。次はお前だ」
男に指名されたのは零。
いよいよ出番である。しかも成功者の後になってしまった。
零はなぜ自分がこんなことをするのか分かっていない。ただその場の流れに身を任せてしまっているだけだ。オーラというものも、瓦を割る理由も分かっていない状態でできるはずがない。
できなくて当然、できる方がどうにかしている、零はそんな気持ちで足を進める。
「手のひらに意識を集中させてそれを引き延ばす感じ。成功したら『出来た!』って感覚が分かると思う」
華蓮はすれ違いざまに零にだけ聞こえる声量でそう呟いた。それを聞いた零は瞬間、目を見開くが、咄嗟のことで声は出なかった。
(意識を集中して引き延ばす?)
研究者の男は割れた瓦の残骸を足で払い、新たな瓦を用意した。零は瓦の前に立ち、華蓮の言葉を反芻する。
――意識を手中に集中……。
ダジャレみたいだな、という邪魔な思考が混じったのでそれを除去し、自分の手のひらを凝視する。
――分からない……。
意識を集中させるというのが具体的にどうやればいいのか、そもそもオーラなんてものが本当にあるのか、自問するが答えは出ない。
分かっているのは城風華蓮という少女は瓦を簡単に割ったということだけ、もしかしたら華蓮は空手の有段者なのかもしれない。そんな1パーセント以下の可能性を考慮してみる。
(下らない思考をまわしても仕方ないか)
華蓮はオーラを使えて、自分にアドバイスをしてくれた。愚直にそう捉えてみると幾分か気が楽になった。
零は華蓮と同じように目を瞑る。
――手のひらに意識を集中……。
手に熱が集中し、あったかく感じるがこれではないだろう。
「何をしている、早く割ってみろ」
状況を察することもできない男は零を急かすが、零はそちらに一ミクロの意識も割かない。
突如、針で刺されたような痛みが右手に走った。
思わず顔を歪めてしまうが、痛みは一瞬で去ってしまった。
零は戸惑うが、その時、刺された箇所から何かが零れ出るような感覚に襲われた。思わず目を開け手を見るが血は一滴も流れていない。
しかし、零は確かに感じた。
――これだ‼ と。
零れ出た何かに意識を集中させ手のひらを覆うように塗りたくる。
それは無臭で無感覚でそこには何もないように感じさせたが確かにそこにあった。
零はゆっくりと腰をかがめ、瓦に手をのせ、軽く押した。
ギッ、という軋むような音が微かに響く。
零はゆっくりと、それでいて力強く体重を乗せる。
パリン‼ 小気味いい音と共に一枚の瓦はあっけなく散った。
「お、お前、どうやった!」
男はまたもや驚愕の顔で零を詰問するが零自身よく分かっていないのだ。
驚きの度合いで言えば男と同じくらい零も驚いている。
「え、えっと……」
「……っ、もういい、戻れ」
歯噛みながら顔を歪める男からそそくさと離れるようにして零は移動した。
「次、お前来い」
零と入れ替わりになるのは双葉修哉と名乗っていた少年だ。
華蓮がしたように自分もアドバイスをするべきだろうか、零は逡巡するが、結局二人がすれ違う時に会話はなく、修哉は瓦を割ることはなかった。
瓦割の後は先ほどの会議室に戻され、待機、五分程すると國枝が部屋にやってきて施設の案内を始めた。
どんな器具も取り揃えてあるジムにどでかい大浴場。食事をするためのホールに最新のゲーム機器が揃っている遊技場。
この施設にいてできないことは何もないと思わせるほどの広さと利便性。
最後に國枝に渡されたのは一枚の予定表。
朝九時から一二時まで決められたカリキュラムをこなし、午後は二時までフリー、二時から八時はまたカリキュラムをこなし、そこから後は全て自由時間だ。
國枝の「今日は解散だ。明日の九時にあの部屋にあつまるように」と言われ各々は割り当てられている部屋に戻った。
零の部屋は当然のように最初に目を覚ました部屋だ。
「何がどうなってんだろ……」
大統領を丁重にもてなすようなそんなVIP待遇、そして自分に突如発言したオーラ。
「それにな……」
零は先ほどまでの案内係である國枝を思い出す。
困ったことがあったらなんでも言ってくれ。どんなことでも対処しよう。
普通に聞けば頼りになる大人といったイメージを持つのだが、どうにも胡散臭さが拭えなかった。
「取り敢えず、今の俺が選ぶべき重要な選択肢は二つだよな」
零は真剣な顔で思考する。
「大浴場に行くか、部屋のバスで済ますか」
目下、零に与えられた二択の選択肢である。
「今日は部屋で済ませよ。あの二人と鉢合わせても嫌だし」
あの二人、修哉とアラタである。
零は華蓮以外の四人に苦手意識を持っている。話したこともないのになぜか? 理由は簡単。
感情を感じられない能面だからだ。だから話そうとも思わない。
零はピカピカに洗われている浴槽に栓をして近くの壁に付けられているリモコンのお湯張りを押す。そしてその隣にある風呂ふた開閉というボタンを押すと幾重にも折りたたまれていたふたが開いていき、風呂の端から自動的に浴槽を覆った。大きな風呂を覆うフタなので必然的に中央部が垂れてしまうが、使用上の問題はないだろう。
開閉にかかる時間は二秒もかからない。そのシステムは正確に、素早く動作を終える。
「おおーっ」
何となく近未来的なものを見た気がして零は感嘆の声を上げる。
もう一度、開閉ボタンを押すとふたが折りたたまれていき、もう一度押すとまた開いていく。
それを三度ほど繰り返したところで零はさすがに飽きて、リビングに戻った。
リビングに掛けられている掛け時計の時間を信じるのならば現在時刻は六時過ぎ。ただ日光を全く見ていない零はそれを午後だと断定することはできないが、去り際の國枝が言っていた『夕食は君たちの好きな時間に取ってもらって構わない。ただしあんまり遅くなるなよ』という言葉を信じるならば今は午後六時なのだろう。
「ひっまだなぁ」
どのくらいの時間で浴槽にお湯が張られるのか分からない。わざわざ遊技場に行ってゲームをするほど時間がかかるとも思えないこの状況だと零はどうしても手持無沙汰にならざるをえない。
リビングを適当にうろうろしていると、コンコン、と自分の部屋のドアを叩く音がした。
夕食はバイキングのはずだ、だとするとベッドメイクだろうか、どこまでも行き届いた待遇に関心しながら、「どうぞー」と、中に入るのを促す。
ガチャリ、とドアが開き、白衣を着た人間が入ってくるのだろう、と思っていたが、入ってきたのは予想していない人物だった。
「部屋のつくりっていうのはあたしのところと同じなんだね」
入ってきたのは城風華蓮、先ほどまで零と同様この施設を案内されていた彼女だ。




