仲間③
食堂にいたのは朱音と佳奈だけだった。
今日はバイキング形式ではないので、近くにいたウエイトレスのかっこをした女性に『うどんで』とだけ言って適当な席に腰を置く。
朱音と佳奈は別々の席に座っており、特段相手を意識することなく食事を進めている。
(俺も会話するのは桐谷くらいだしな)
会話と言っても話しかけられたら返すくらいのことしかしていないが、そもそもそれ以外の人とは口をきくこと自体稀だ。
修哉は自分の料理が運ばれてくるまでの間、二人に感づかれないようにしながら二人を観察していた。別にそこに邪な気持ちがあるわけではなく、今この現状を相談できる相手はいるのか、同い年であろう他の連中はどう感じているのかというのを少しでも把握したかったのだ。
少し見ただけで何かが分かるものか、と一蹴されそうではあるが、修哉は一分足らずの観察であることに気が付いた。
二人とも沈着な様子で座っているがその実、周りを凄く気にしている。
佳奈は顔を固定したまま目をしきりに動かして周囲の状況を窺っている。朱音も佳奈と同じで周りに意識を向けているという点では同じだがその対象が周り全てではなく九割方が修哉に向いている気がした。
もちろん気のせいかもしれないし自意識過剰かもしれない。だがそれでも……。
「か、神崎!」
確かめずにはいられない。修哉は席を立ちあがり朱音のもとに向かう。
「な、なに……?」
疎ましそうな目を向けながら神崎は警戒心を露わにした状態で低く応える。
「えっと……、その……」
さすがにそこまで嫌がられるとは思っていなかった修哉は言葉に詰まり顔に困惑の色を浮かべる。
(俺と同じで不安だから俺のことを見てたんじゃないのか⁉)
そう考えていたが目の前の朱音の目には敵意の色しか映っていない。
「い、いや……、なんでも……」
気圧されてしまった修哉は朱音に何かを問うことはできずにふらふらとした足取りで元の席に戻る。
そのタイミングで頼んだうどんが運ばれてきたので修哉は無心でそれを口に運ぶ。
重いものは絶対に腹を通らないだろうと思っていたからこそのうどんというチョイスだがやはりご飯に比べればいくらか楽に喉を通ってくれた。
修哉が食べ進めていると食べ終わった朱音が席を立ち、食堂を出ていこうとする。その時入れ違いのように二人の男女が入ってきた。
「おはよう、朱音!」
「おはよう華蓮」
あれが先程まで自分に鋭い眼力を浴びせた人間か? その光景に修哉は思わず目を見張った。 先ほどとは打って変わった柔和なその態度は普通の女の子だ。修哉はその変貌ぶりに驚愕していると、華蓮の斜め後ろにいた零が遠慮がちに口を開いた。
「お、おはよう。神崎さん」
「‼ お、おはよう……」
そうそうこれこれ、修哉はそのやり取りを見て不思議な安心感を得た。
そして朱音は『それじゃ』と言って素っ気なく食堂を出て行った。
そして凹んだ零を華蓮が軽く励ましている。
その光景を見た修哉は純粋に、心の底からいいなぁ、と思った。
あの二人には自分のような不安などは一切ないのだろう。きっとこの日々を楽しく有意義に過ごしているのだろう。
そんな二人を見ていると自分の心がささくれ立つような感覚に襲われ、修哉は目を逸らす。
その逸らした先で視界に入ってきたのは佳奈だ。
佳奈は手を止めて、憂いを帯びた目で二人を見つめている。その表情は修哉が知る限り誰よりも綺麗で、そして誰よりも歪なように感じた。
脆く、壊れてしまいそうな彼女に目を取られた修哉は零達に声をかけられたことにも気がつかずに、彼女の一挙手一投足に注意を払った。
食べ方がきれいだとか、歩くときは右足から出すとか、遠慮していつも人の数歩後ろを歩いているとか、そんな些細でどうでもいいようなことが目について、頭にこびり付いて離れない。
もはやストーカーの域に到達しつつあるのではないかという行為を続けて三日が過ぎた。
そしてその三日の間に修哉は一つの確信を持った。
修哉はなぜ自分がアニメやゲームに関心を持っているのかが分からない、ただ何となくという言葉が一番適切だろう。
過去の記憶がない自分がどうして無性に興味を抱くのか、その理由はおおよそ予想ができた。
そして、佳奈も同じように過去の経験によって今の状態に縛られてしまっているのだろう。
佳奈を見ていて感じた違和感がそれだった。人見知り、恥ずかしがりや、どれも佳奈には似つかわしくない。なぜなら佳奈はいつも口を開いて何かを言おうとする瞬間、その動作が急停止され、そのまま言葉を発することなく黙ってしまうのだ。
もしも佳奈の先天的な性格が人見知りだというのなら修哉はそれを矯正しようとは思わない。
――だが違う。
本来の彼女は殻の中に閉じこもっており、今表に出ている彼女は彼女が自分を守るために創り出した虚像なのだ。
――もったいない。
修哉は純粋にそう思った。
桜佳奈という人間がその虚像を打ち破り、中身を露わにしたのなら、どれだけのものが出てくるのだろうか。
純然たる興味、どうしてそんな興味を抱いたのか、修哉には分からない。ただ彼女のことを深く知りたい、深く、深く、そう思った。
目標が定まってからの修哉は早かった。まずは距離を縮める。そのために修哉はみんなを名前で呼ぶことにした。何故佳奈だけじゃないのか、その理由は簡単で佳奈を特別扱いしていると思われたくなかっただけだ。
そして積極的に交流を図る。これも佳奈だけではなく全員と、だ。そうしていくうちに修哉は周りにいる連中がどういう性格をしているのかをおおよそ把握した。
それと同時にここに自分がいる理由についても解を出していた。
当初は佳奈と打ち解けた後に零達に状況を説明し、ここから出るためにどうしたらいいかを考えるつもりだった。
しかし修哉最大の落とし穴は自分自身だった。
結論だけ言えば、修哉はコミュ力が高くなかったのだ。
何を言えば相手が喜ぶのか、どうすれば会話が滞りなく進むのか、それを掴むことができない修哉は佳奈の殻を破ることができずにいた。
その硬直状態を打ち破りたいがために、修哉は苦渋をなめる思いで零の部屋に向かった。
零と華蓮、彼らは異性でありながらこの閉鎖空間の中でお互いを尊重して行動している。自分自身の力で何とかしたかったが、それがままならない以上は先達者に教えを乞うしかないだろう。
しかし、やりきれない思いを封殺して部屋を訪れたにも関わらず肝心の主はいない。朝が早すぎたせいでまだ寝ているのだろうか、そう思考を巡らせるが、そこで部屋の鍵がかかっていないことに気が付いた。修哉は申し訳程度にノックをし、中に入る。真っ先に向かうのは寝室、しかしそこに姿はなく、風呂場、トイレと部屋を回るも、影すら見当たらない。
大浴場が閉まっているこの朝の時間に他に行く場所などあるのだろうか、修哉は逡巡した結果、一つの候補に行き当たった。
ほぼ毎日と言っていいほど、零と華蓮は一緒に食堂にやってくる。だとすれば零は華蓮を迎えに行っているのかもしれない。そんな結論に 至った修哉は華蓮の部屋に向かい、あの光景を目にしたのだ。
5
「えっと……」
その囁き声に引きずられ、修哉は顔を上げた。
見れば、佳奈は気まずそうな顔つきで修哉の様子を窺うようにしている。
(俺はどうすればいい?)
修哉は自分に問うが答えを持っていない以上考えたところで意味がない。
「佳奈はここの生活は楽しいか?」
不意に出てきたのはそんな言葉だった。
「う、うん。楽しいよ……」
そうだろうな、そう言うだろうな。帰ってきたのは修哉が完璧に予想していた答え。だが修哉はそこではっと息を呑む。全く意図していなかったが自分の問いは秀逸なものだったのではないかと気づいたのだ。
ちょっと意地が悪いけど、修哉はそう思いながら敢えて言葉を出す。
「そう? 俺はあんまり楽しくないけどね」
「えっ……⁉」
その言葉を聞いた佳奈は愕然の表情を浮かべ、 あたふたと慌てながら訂正の意を示そうと何とか言葉を探す。
だが修哉は佳奈の口から次の言葉が生み出される前に先手を打った。
「佳奈はどうして楽しいの?」
「えっ……」
佳奈は言葉に詰まり、何も言えない。そのまま俯いて顔を伏せてしまう。
表情は窺えない、だが泣いているわけでない。修哉にはそう思うだけの根拠があった。
佳奈は困っているのだ。修哉の望む回答をしたはずなのに修哉が提示した答えは逆だった。それによって修哉の機嫌を損ねてしまった。佳奈はそう考えているはずだ。




