仲間①
1
(体が痛い……、あの態勢で寝ればそうなるか)
結局、零自身の疲れも相まってベッドに背を預けた状態で寝てしまった。
朝日が入らないのでどのくらい寝たのか分からないが腹時計は朝を示していた。
零はベッドの上で重なっている二つの手を見て僅かに微笑む。
そのまま視線を枕の方に向けると寝息を立てている穏やかな顔をした華蓮が映った。
さすがにずっとこうしているわけにもいかないので、名残惜しくはあるが手を放そうとした時、自分に向けられている視線に気づいた。
視線はドアの方から向けられている。ドアは僅かに空いているがそこから目が覗いているわけではない。
はっきり閉めたのかと言われれば自身はないがそれでも自分に向けられている生暖かいような感触を無視することはできなかった。
「誰だ! いるんだろ」
この場ではこれが一番効果的な方法だ。たとえいなくても問題はない。華蓮は寝ているのだから零が恥をかくことはない。
そして、覗いていた犯人はゆっくりとドアを開け、姿を表した。
「……別に覗き見しようと思ってたわけじゃないのよ? ただ……、なんというか……、まさかお前らがそこまで進んでいたとは……、いや、仲がいいとは思ってたんだけどね? まさか……」
こめかみをポリポリと掻きながら言葉を詰まらせる犯人はなんとも気まずそうな顔をしている。
「どうしてここに? というか双葉! お前何か誤解してるだろ⁉」
「誤解も何も、二人が一緒の部屋で一夜を明かしたってことは――」
「だーっ‼ 何なの⁉ どうしてお前らの頭はそうハッピーなんだよ⁉」
零は修哉に詰め寄って自身の潔白を説明しようとするが、『いや、いいっすよ旦那。旦那は、一足先に大人になったんすね』などと言って遠い目をして話を聞いてくれない。
「ぅんん?」
その騒々しいやり取りのせいか、ベッドで寝ていた華蓮が目を覚ましてしまった。華蓮は寝ぼけ眼で自分の部屋にいる二人の男子を眺める。
「……ん⁉」
そして、若干覚醒したかしていないかのような半端な状態で不審の声を上げる。
「あー、この先の展開はもう分かったぞ‼」
零はすぐさま華蓮に近づき、体を揺する。
「思い出せよ⁉ 何もしてないからな、何もしてないよな⁉」
「ぅんと……、確か……、寝るまで一緒に――」
そこで華蓮が顔を赤くする。確かに昨夜のあれは思い出せば羞恥に駆られる部分もあっただろう。実際、零の顔も僅かばかり朱に染まっている。
二人だけの空間だったならば、はははっ、と笑って誤魔化してさあ朝食に行こうとできたかもしれない。
だがここには今、もう一人の存在がある。そして、傍から見れば男女が二人で昨夜のことを思い出して頬を染めているとしたら……、その傍から見ていたのが中学生男子だったとしたら……。
「あー、えっと、俺邪魔みたいだし帰るね?」
中学生男子にしては気が利いた気配りをして――単に思考停止をしていただけかもしれないが――修哉は一目散に華蓮の部屋を出て行った。
そして修哉が走り去った場所には、『リア充なんか死んじまえええぇぇぇぇぇぇぇ‼』という絶叫が響き渡った。
誤解だぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ そう叫んだところで修哉には届かないだろう。
零は肩をがっくりと落としてふらふらとしながら立ち上がる。
「取り敢えず俺も自分の部屋に戻るから……、また後でな」
「う、うん。なんかお大事に?」
思考が纏まっていない寝ぼけ華蓮の言葉を背中に受けて零はのそのそと自分の部屋に向かった。
2
「あー、お二人さん同時出社ですか。そうですか、お疲れさまっすねぇー」
同時に食堂に来た二人を見た修哉は食事の手を止め仏頂面で不機嫌な声を出した。
「だから城風とはなんでもないって‼」
「へー、なんでもないですか。さいですか、さいですか。じゃあなんでそこの彼女さんは旦那の袖をくいくい引っ張ってるんすかねぇー」
見れば、華蓮は不満そうな顔で何かを訴えるように袖を軽く引っ張っている。
「昨日、言った……、名前って……」
「え……、あっ!」
昨日の夜の出来事、華蓮の部屋でのやり取りを思い出す。
「……っ、……ぁ、っぅ――」
零の言葉は中々形を成さない。
「か、華蓮……」
金魚のように口をパクパクと動かしながらやっとのことで発声できたその言葉。
「――零……」
それに応えるように華蓮の口から発せられた言葉。
名前を呼ぶ恥ずかしさと呼べる嬉しさ。名前を呼んでもらえる恥ずかしさと嬉しさ。
頭の中がグチャグチャになりそうな程混乱して冷静な処理ができない。
二人の視線は互いに交わらず交差しようとすると磁石のように反発してしまう。
そんなピンク色の空気を打ち砕いたのは僻みと怨嗟の混じり合った歪んだ声だった。
「え? 何すか? 俺は砂糖でも吐けばいいんすか?」
「あっ、いや‼ だから‼」
「ああはいはい、分かりましたよ。名前呼ぶだけでそんな初々しい反応してるやつなら白だろ」
凄く不本意な形ではあるが修哉は納得してくれたらしく、未だに半眼で睨んでいはいるものの、自身の前の席を指さした。
二人は促されるまま修哉の前の席に腰かける。
すると勝手にご飯、味噌汁、漬物、焼き鮭、お茶が手際よく用意される。
給仕係の人達は用意を済ませると即座に奥の方へ姿を消した。
「相変わらずファーストフード店並みの早さだな。行ったことないけど」
零がその速さに感心していると、不貞腐れていた修哉は一変、真面目な表情を浮かべる。
「二人もここに来るまでの記憶はないんだろ?」
ボリュームを抑えた冷たい声音。それには先程までの修哉の面影は一切なく、まるで別人が乗り移ったかのようにさえ感じられた。
「……なるほどお前が、しろ、か、華蓮の部屋にいたのはそれが理由か」
その一言ですべてを察した零はあくまで食事を楽しみながらの雑談に見せかけながら相槌をするかのようにさらりと言った。
華蓮も零と同じように楽しく朝食を取る子供を演じている。
「ああ、俺がその真実に辿り着いたのは一週間前なんだが――」
修哉は無駄な部分をすべて省略し、根幹の部分の話を進めた。
「俺たちはだいぶ最初の頃だ。といっても華蓮がいなかったら俺はもうちょっとかかったと思うが」
「やっぱり二人の方が早かったのか、何となく予想はしてたけど……」
修哉は少しだけ声を暗くし、俯く。俺が最初じゃなかったのか、という呟きは二人には聞こえず、二人は首をかしげる。
「俺は昨日佳奈と話した。朱音とアラタもそうだが、何というか、こう、三人とも昔の記憶の残りかすみたいなもののせいで変に性格が歪んでる気がするんだ」
修哉の例えは微妙だが零と華蓮もその見解には同意だった。
二人は箸を進めながら頷いて修哉に先を促す。
修哉が早朝にわざわざ華蓮の部屋を訪れたのは用事があったからだろう。そしてその用事というのがこれだ。だとしたら今は口を挟まず修哉の意見を聞く方が賢明だというのが二人の総意だった。
「もしも大規模なテロを起こす場合、朱音とアラタは現状でも正確に動くことができるだろうけど佳奈は別だ。多分俺たちが言ったことしか出来ないと思う」
大規模なテロ、言い換えてはいるが、つまりここを破壊して脱走するということ、つまり修哉の目的も二人と同じだ。
だがそこで零は一つ引っかかる。
「言ったことを正確に行ってくれるなら別に文句はないんじゃないか?」
それを聞いた修哉は目を丸くしてわざとらしくやれやれと言わんばかりに肩を竦め箸の先を零に向ける。
「さては零ゲームやったことないな? 命令に従うだけの人間なんてただのNPCだろ。格ゲーでもサバゲーでも大事なのは臨機応変に動けるかだ」
修哉は胸を張って自慢げに言うが、零と華蓮の顔は少しばかり青ざめたものになっていた。
「双葉君! 食べているときに箸を振り回すとは何事ですか‼ 昨日も言いましたが食事中に話すことが悪いとは言いませんがそれで食事を疎かにするのは言語道断です‼」
後ろからピシャリと鞭を振るわれた修哉はビクンと震えた後、借りてきた猫のように大人しくなって目じりに涙を浮かべながら黙々と咀嚼する。
その様子に満足の笑みを浮かべた給仕長は音を立てず滑るように奥に消えた。
後ろを振り返らずともその気配を感じ取った修哉は張りつめていた緊張を弛緩させる。
「なんなんだよあの人は⁉ 何で毎度毎度音もなく忍び寄るんだよ‼」
修哉の訴えに二人は苦笑するしかないが当人である修哉は怒られたショックでしおれてしまっている。
「それで? ゲームがなんだって?」
話が途中で頓挫しそうになったので零は舵を元の進路に戻す。
「え? ああ、だからね、自立意思を持たないと使えないってことだよ。それにオーラなんてものがあるとしてもいきなり大事を起こすのはリスクが高すぎる。俺達のレベルは一なんだからな」
威勢は消え、淡々と話す修哉。だが言っていることは最もだ。いきなり銀行強盗をしたって成功しない。少しずつ知識と経験を蓄えることで成功率は上がっていくものなのだ。
「それは分かるよ。だけど場数を踏むにしてもどうやって?」
華蓮が修哉にもっともな疑問をぶつける。零も同様の疑問を抱いたが、それと同時に昨日見た遊技場を思い出した。
「まさかあのゲームはそのために?」
自分の考えを予測してくれたことが嬉しかったのか、修哉は指を鳴らしてザッツライ! とお茶目に笑う。だがその指の音を聞きつけた食堂の番人が滑らかに、怒りを全く感じさせない様相で奥から姿を見せた。
「双葉君!」
「ひゃい! すみません‼ 食べます‼ ちゃんと食べます‼ 生きとし生けるもの全てに感謝していただきます‼」
「よろしい」
必死な修哉の叫びのおかげか、給仕長はまた颯爽と奥に消えた。
「お前……、ちょっとは懲りろよ……」
「はい……」
修哉のせいで全く話が進まない。二人は呆れたように修哉を見やるが彼は奥の方に意識を向けて震えている。
「……えーと、それでゲームがどうしたの?」
華蓮は手を動かしながら会話はついでという体裁で零に問う。
「昨日遊技場に行ったんだけどさ、どうみても一人用の部屋じゃなかったんだよ。まるで俺達全員が一緒に遊べるように準備されてた」
零の言葉を聞いた華蓮は目を丸くする。
「ゲームで場数を踏むってこと?」
その言葉にコクコクと首を振る修哉。
華蓮は呆れを通り越したような目を向け大きく息を吐く。




