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おっさん――もといビショップの案内で辿り着いた教会は、三角屋根の天辺にみすぼらしい少女像が乗っていた。その少女はストラディエリア教における主神であり、その他多くの神々を従えているそうだ。
もとは光陰の女神だったらしいが、人は光の性質を信じ魔族は闇側の性質を信じた。ゆえにどちらの種族にも信者が多いというオイシイ女神ということだ。
こうした説明をビショップは小話を交え、面白おかしくしてくれた。孤児院をやっているということで、子供相手に話しているからか、このおっさんの喋りは中々に面白い。
もともと同じ人間ということもあり会話の力も合わさって、俺の警戒心はもはや紙よりも薄くなっていた。
「教会の裏には墓地もある。死ねばニンゲンも魔族も一緒だからな」なんて話を聞きながら、教会の中へ入る。それから古いわりには掃除の行き届いた廊下を進み、晩餐室とやらに通された。「まず、飯を食え」ということらしい。
「あっ、神父様、お帰りなさいッ!」
俺とビショップが中に入ると、長いテーブルを布巾で拭く一人の少女が驚いた顔をこちら向け、声を張り上げた。それを困ったように見つめ、おっさんが口を開く。
「リューネ。今日は学校が終わったら、ガキ共の面倒を頼むって言っといたろ――何でこんな所にいるんだ?」
「何でってあのね! 学校が早く終わったから、少し掃除をしてから子供達の所へ行こうと思っていたの! 神父様こそ用事があるって言ってたクセに、また昼間っからお酒を飲んでッ! そのうち本当に身体を壊しちゃうんだからねッ!」
少女が腰に手を当て、ビショップに文句を言っている。彼女が頭に付けた白い頭巾から、淡い金色の髪が覗いていた。
歳は俺より少し下のようだけど、随分としっかりしてるなぁ――っていう印象だ。キリリとした目元が、少しだけサーシャに似ているような気がした。
「――俺の事はいいんだよ、どうでも。そんな事よりせっかくだ、リューネ。コイツに何か食わせてやってくれねぇか」
ビショップが後頭部を掻きながら、席に座る。俺もその隣に座り、リューネと呼ばれた少女に会釈をした。
彼女は薄い黄緑色のワンピースに白くて大きなエプロンを付けただけの、野暮ったい服装だ。けれど溌剌とした律動的な動きが、彼女の雰囲気を美少女へと昇華させていた。
「あら……この方は?」
リューネが俺を見て、僅かに首を傾げている。
まあ、いきなり知らない人が家に上がり込んだのだ。当然の反応か。
「……ちょっと仕事を紹介することになってな。住処も無ぇって言うから、ここに、おいてやろうと思ってんだ」
「まぁ! じゃあ、これからよろしくね! 私はリューネって言います。ええと、あなたは……」
「あ、コクトー=ガイです。よろしく」
「えっ! 姓があるってことは、貴族様!?」
「いや、そういうんじゃなくて。俺の生まれた国はね、みんな姓があるんだ。むしろ全員が平民だよ」
「えっ、凄い! じゃあさッ――」
「おい、リューネ。この兄ちゃんは腹が減ってんだ。話はまた今度にしな」
ビショップがトントンとテーブルを叩き、リューネを見た。
「はぁい、神父様。じゃあガイ! 今度、色々お話を聞かせてねッ!」
パァッっと顔を輝かせて、リューネが笑う。単純に可愛いと思った。
それから彼女はキッチンへ移動し、右へ左へと手際よく動く。そうして「有り合わせで、大したものは無いけれど」と前置きしながら出してくれた食べ物は、スライスされたパンにゆで卵、スモークチキンに羊肉のシチュー、そして生野菜を丁寧にカットした色鮮やかなサラダなど、など。
まあ、確かに有り合わせの食材を組み合わせたものだ、ということは分かるが。けれどそれらが食卓に整然と並べられていく様は、歴戦の主婦もかくや――という手並み。それに今の俺には、十分過ぎるほど豪勢な食事だった。
それらを平らげて、俺はテーブルに置いた紙袋を眺めホッと一息。これで最悪の場合でも、中身のサンドイッチを夕食にすればいい。
「――じゃあ、ごゆっくり」
リューネは俺が使った食器などを洗い、白いエプロンで手を拭くとすぐに出て行った。俺としては少し寂しかったけれど、もともと孤児院の子供達を、どこかへ迎えに行く予定だったようだ。
俺は手を振り彼女との再会を約束してから、ビショップへと向き直った。
「早速だけど、俺、どんな仕事をしたらいいんだ?」
「うん――そうだな。湾口労働や鉱山労働なら、すぐにも紹介してやれる」
ビショップの話を聞き、「うーん」と唸る俺。俺としては金を貯めて魔術師を探し、その上で日本へと帰りたい。
しかもサーシャに呼ばれた場合、従属者として彼女を守りに行かなきゃいけないから、この辺もネックになるだろう。
今までの流れからビショップを信用できる人物と判断して、様々な事情を話してみた。ここでもしも「変な奴」とか「やばい奴」と思われたら、それはそれで仕方が無いなと諦めて。
だがビショップは、やや無精髭の残る顎に手を当てて、「そうだな……」と思案顔を浮かべている。少なくとも俺の話を、荒唐無稽の与太話――と切って捨てることは無かった。
「正直言っちまえば、真っ当じゃねぇ仕事も紹介してやるこたァ出来る。それなら金もたんまりと貰えるし、貯まりもするだろう。ついでに言やぁ兄ちゃんが国へ帰る為にどうしても必要っていう、その優秀過ぎる魔術師ってのにも、心当たりが無ぇワケじゃねぇ、だから紹介してやることも出来るんだが――……」
「本当か!?」
「ただな――その組織に一度入っちまうと、抜けられねぇんだわ。家に帰りてぇって思ってるなら、止めといた方がいいかもな。最悪の場合、抜けたが為に家族が危険に晒される――なんて話もあるからよ」
「そっか。じゃあ貰える金が少なくても、普通の仕事をしてた方がいいってことか」
「ああ。ここに住むなら家賃は要らねぇし、そんで金を貯めればいいだろうよ。一年、二年も働きゃ、何とかなるんじゃねぇかな」
「え! 家賃要らねぇの!? そりゃ助かるぜ!」
「ただし――ウチは孤児院だからよ。お前さんは暗黒騎士だろ? 何かあったら、ガキ共を守ってやって欲しいんだわ。それが条件だけど、いいか?」
「おう、そんなんで良けりゃ、任せてくれ。でもよ――俺が従属者としてサーシャに呼ばれたら、仕事に穴をあけちまうだろ。子供達を守るにしたって、優先順位はサーシャの方が上になるぜ。その辺はいいのか?」
「――それなぁ、お前さん自身はどう考えてんだ? その、サーシャ=メロウに恩でもあんのかよ? いきなり呼ばれて戦わされたんだろ? 俺なら呼ばれても迷惑って思うがなァ?
そもそも、ソイツの態度に腹が立って別れたんだろ――だったら、そう気にする必要もねぇんじゃねぇか?」
「あ――……それはなんつーか……」
頬を指で掻きながら、天井を見上げる俺。ほんのりと顔が赤くなっている自覚なら、あった。
「その女に――惚れちまったとか」
「あ、いや……そ、そんなんじゃねぇけどよ!」
「……でもま、その辺は大丈夫だと思うぜ。要はサーシャ=メロウが兄ちゃんを呼ばなきゃ、何の問題も無ェんだから」
「いや呼ぶだろ。だってアイツ、魔国の――……」
「ああ、魔国の元帥だな。だから大丈夫だって言ってんだ。何しろここは魔国だぜ。その元帥閣下を、誰が危険な目に晒すってんだ?」
「――そ、それもそうか。分かった。そういうことなら湾口でも鉱山でもいい、とりあえず働かせてくれよ、おっさん!」
「おう。まあ、なんだ――折りを見て優秀な魔術師も紹介してやっからよ。ゆっくり金でも貯めときな。
で、だ――そうと決まれば、お前さんにゃあ一応、改宗して貰わにゃならんのよ。何しろ俺ァ坊主だろ? 建前として、俺が色んな職場に紹介すんのは信者――ってことになってんのよ」
「改宗?」
「ああ。形だけで構わねぇから、ちょっと女神様の前で祈りを捧げてくれや。それだけで済む。なぁに、大したことじゃねぇよ――ウチのガキ共も、それこそさっきのリューネだって毎日やってらァ」
「そっか。その位はしゃーねーな、これから世話になるわけだし……」
「おう、じゃあちょっと礼拝堂まで来てくれや。そうすりゃ兄ちゃんも、晴れてストラディエリア教徒になれるってわけだ」
その時、ビショップのおっさんがニヤリと笑った。
でも俺は――なんだ、このおっさん。何だかんだ言って神官だから、信者増やしたいんじゃねぇか――としか思わなかったのである。
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