私と彼女の異世界事情
三年前、まだ私と妹が中学生で、バタカップが小さかった頃。道路で陥没事故が起きて、自転車に乗っていた妹は、突如として現れた大穴の中に落ちた。その穴の中から妹は見つからなくて、事故死として扱われて両親は大泣きしたけれど、私は彼女の死を信じなかった。だって私と妹の間には、ずっと繋がりがあったから。
双子には良くあることなのか、私と妹の間には、特別な繋がりの感覚があった。離れていても、互いの存在を感じられるのだ。その感覚が、妹は生きていると私に教えてくれていた。
だから、ある日、妹から『私、今、異世界にいるんだー』とテレパシーで伝わってきたときも、私は驚かなかった。むしろ来るべき報せが、やっと来た。そういう感情だった。
どうやら妹は異世界に転移して、魔王を倒すべく勇者となったらしくて。妹は時間を掛けて自分の力量を上げていって、ついには次元を超えるテレポート能力を手に入れて、私たち家族の前へと帰ってきた。一時的な帰還で、「まだ異世界で、やることがあるから」と戻っていったけれど、それでも両親は涙ぐんで喜んだものだ。
面白いもので、私と妹の繋がりは、妹がレベルアップするたびに強化されていった。テレパシー能力が強くなったからなのか、妹が得た経験や能力が、全て私の中に入ってくる。何の苦労もせず、いつしか私は妹と同等の能力と強さを得ていた。
「異世界の服装も面白いよね。空を飛ぶときは、やっぱりズボン姿がいいなぁ。下から覗かれそうな気がして落ち着かないんだよねー」
「百メートル以上の距離から? この世界に双眼鏡とかないから心配ないよー」
今、私と妹は異世界の服屋であれこれ見繕っている。私たち二人は魔王を倒した功績で、王都ではあらゆる施設を無料で利用できるのだ。店員は礼儀正しいが、私たちへの視線には、隠しようのない恐れがあった。機嫌を損ねて殺されないかと怯えているのである。長居も気の毒なので、早々に私たちは店を出た。
「異世界での生活はどう? 苦労してない? 寂しくない? いつでも勇者なんか、辞めていいんだからね」
「心配ないよー。数か月に一回は、お姉ちゃんたち家族に会えてるし。お姉ちゃんとはテレパシーで、しょっちゅう話してるし。今の仕事は残務処理っていうか、後継の戦士や魔法使いへの引き継ぎ作業なんだよね。それが終わったら、家に帰れると思う」
妹は向こうの世界で、事故死として扱われてるけど、遺体が見つかった訳ではないのだ。記憶喪失のふりでもして、何食わぬ顔で帰ってくれば、問題なく家族で過ごせるだろう。そう私たちは楽観している。テレパシーで私と知識を共有できるので、妹は高校での勉強にも苦労せず復帰できるはずだ。
お昼過ぎ、私たちは一緒にバタカップと遊んでいた。こっちの世界で一緒に外出するのは、まだ不味い。家で共に過ごす分には問題ないだろう。妹が猫を抱き上げながら、感慨深そうな声をあげた。
「シュレディンガーの猫、って言葉があるよね。良く知らないけど、一方の世界に猫がいて、もう一方の世界には居ないとか、そういう話。私はバタカップがいない方の、異世界に落ちちゃったんだろうね、きっと」
「私も良く知らないけど、異次元とか、そういう話だよね。私たちの能力って、次元を超えたり、切り裂いたりするものなんだよ多分。魔王を倒した能力も正にそうだったし」
飛行能力や、空気の塊をぶつける能力は、一見すると風や空気を操る力に見えるけれど。実際は次元を超えたり、異次元からエネルギーを取り出すのが、私たちの能力の本質らしかった。だから妹は異世界からテレパシーで通信してきたし、こちらの世界へテレポートで帰還することができたのだ。
「強かったよねー、魔王。半年前のことだけど、お姉ちゃんが来てくれなかったら倒せなかったと思うなー」
「日曜日でヒマだったから、一緒に行っただけだよ……でも良かったよね、あの戦いで世界が崩壊しなくて」
魔王は強かったけど、それ以上に私たちは強かった。強すぎた、と言うべきだろう。私と妹は魔王を最大級のパワーで挟み撃ちにして、それで倒せたのだけど結果として次元の壁には大穴が開きかけた。何とか修復できたけど、あれで異世界が消滅しなかったのは幸運だったとしか言いようがない。
おかげで私たちは、異世界で危険視されてしまった。魔王よりも危険な存在が勇者なのではないか、という考えだ。王城では妹を暗殺するプランまで考案されて(テレパシー能力で、私たち姉妹は察知できたのだ)。腹が立った私は王城へテレポートして、王様の胸ぐらを掴んで脅しつけたものだ。
『妹に何かあったら、私は外の世界から、この世界を攻撃して壊滅させる。あんたたちは防ぐことすら不可能だ。滅ぼされたくなかったら、魔王を倒した妹に最高級の扱いをしてやれ』と。そんな感じのリクエストをしたら、私まで異世界で待遇されることになってしまった。まあ、ありがたいので私も異世界を訪れては、無料で王都での食事や宿泊などを楽しませてもらっている。
「はい、お金。お母さんから留守番中の食費は、貴女の分も含めて貰ってるからさ。これで昼ごはんはファミレスに行ってきなよ」
「ありがとー。夜は家で、一緒に食べようね。いつか家族みんなで、また暮らしたいな」
「暮らせるわよ、すぐに。もう異世界の任務は、ほぼ終わってるんでしょ。文句を言う奴がいたら私が片づけてあげるから」
私と妹は見た目がそっくりなので、一人でいれば妹が外出して、誰に見られても私だとしか思われないだろう。テレパシーでの知識共有があるので、成りすましは簡単そのものだ。服は私のを着せているし、妹には私の生徒手帳だって貸している。
「異世界なら、お姉ちゃんと二人で外食したりできるのにね。……あんまり歓迎はされないけどさ」
「私たちが二人でいると、国家転覆でも企んでるんじゃないかって、疑われるからねー。強すぎるのも考えものだわ。じゃ、私は異世界の方に行ってみるから」
まだ妹には勇者としての仕事が残っているので、長く休むことは難しいのだが、そこは私が代わりに出向けば解決である。異世界の服は無料で貰っているので、必要なら妹に成りすますことも可能だ。
仕事といっても大したことはない。要は他国の軍勢やモンスターが攻めてこないように、睨みを利かせればいいだけの話だ。魔王より強い私たちにケンカを売るような奴は、もう滅多にいないのだった。
その後のゴールデンウィークは、妹と一緒に異世界で外出したり。妹がこっちの世界でノンビリしたり、私が異世界に行って空を飛びまわったりしていた。そして夜は、常に私と妹とバタカップがベッドで一つになる。テレパシーなんかじゃ足りないくらい、私たちは沢山の会話をしながら、同じ顔の飼い主に挟まれて眠るバタカップの寝息を堪能しては笑い合うのだ。
そんなこんなが、私の連休。可愛いペットがいて、愛する家族がいて、少しばかり刺激的なことが待っている日常の話。旅行中の両親が後で見られるように、私はスマホで妹と一緒にいる動画を撮影しまくった。未来は幸せで一杯だと、私たち姉妹は確信している。