第13話 1/3
※本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズの一編です。
物語はいよいよ新たな局面へ入ります。
息が上手くできず、体全体で呼吸をしようとする度、次々に汗がアスファルトに落ちる。
黒い染みが広がっていく様子を、木之本はかすんでいく視界の先で呆然と眺めていた。
朦朧とする頭の中を、周の声が歪みながら這いずりまわる。
「申し訳ないけど。リシンには特効薬がないの。検出もされづらいから、熱中症での死亡ってなるわね。」
木之本のぼやける視線の先に周の靴先が揺れる。
「えええ???リシン?なに?毒??」
「私、死ぬの?えええ??死ぬ??」
一気に血の気が引く。
うかつだった。
学校内で起きる生徒同士のちょっとした喧嘩レベルではないことを、自覚するべきだった。
今までの環境で作り上げた正義感や反抗心で、太刀打ちできない相手が存在することを、実感しておくべきだった。
世の中には、絶対的に殺人行為は存在する。
メディアを通じて知る情報は身近でないだけに、遠い国で起こったことのように思えてしまう。
だけど、それはいついかなる時でも降りかかってくる可能性はある。
死亡の言葉と、体の症状が重なり信憑性が一気に上がる。
「うそや!うそや!」パニック状態になった木之本は、この場所から逃げ出そうとしたが、手足が痺れて力が全く入らない。
「いやや!!死にたない!!いやや!!!!」
「誰か!だれかーーー!!!」
なんとか顔を上げて助けを求めようと、声にならない声を絞りだす。
感覚がマヒした体を動かそうと必死にもがく。
「いやや!死にたない!!!いややややぁああああああああああ!!!!!!」
視界の外側から、黒い闇が侵食し始める。
「子供が社会をおもちゃにした罰です。久米くんもすぐにあなたの側に行きます、そこでお二人は結ばれて、幸せになりなさい。」
吐き捨てるように呟いた周は、車の助手席から分厚いゴム手袋を取り出し、足元に転がるプレートを拾い上げ保冷バックに入れた。
真っ青な顔をした木之本の体は崩れ、熱された駐車場に横たわり、痙攣を起こし始めていた。
ゆっくり近づき見下ろした周は、目を閉じ額から胸、左肩、右肩へと、静かに十字を描くように指を滑らせた。
「じゃあ、木之本沢奈さん。神のご加護があらん・・・・」
ガシャン!!!!!!!
激しい衝撃と共に周の体が横へ弾き飛ばされた。
手にしていた保冷バッグが宙を舞い、中のプレートが転がり出る。
目を閉じ、せめてもの最後の祈りを捧げてあげようとした瞬間だった。
「木之本さん!!木之本さん!!!」
自転車の激しく倒れる音と、駐車場に響き渡る大声が、空気を一変させた。
何が起こったのかわからない周は、驚き顔で体を起こした。
激しく倒れた自転車と、見覚えのある男子生徒が、力なく横たわる木之本の体を起こし支えている姿が目に飛び込んできた。
脇腹の激痛に顔を歪ませながら周が立ち上がる。
その動きを察した男子生徒は、鋭い視線で睨みつけた。
「先生!!!!木之本さんに何をしたんやーー!!!」
強烈な圧を発する声と視線に、怯みそうになりながらも、冷静を装うように服についた小石を払った。
「・・・・曲川くん・・・木之本さんが熱中症になったみたいなので・・・病院に連れていこうとしていたのよ・・・」
横隔膜が上手く動かない周は、息を詰まらせながら言葉を吐いた。
木之本を優しく両手で抱え立ち上がった曲川は、自分では全く理解できない感情で動いていた。
この人の話す言葉がすべて嘘であること。
自分たちにとって、いかに危険な存在かということ。
今が一刻を争う危機的な状況にあるのかということ。
たまたま教室の窓から外を眺めていた時に、木之本が慌てて校門を出ていくのが見えた。
激しい胸騒ぎに喉を締め付けられた曲川は、急いで後を追って来た。
怒りで体が震える。
目の前に立つ人物が、一年生の時に化学の授業を担当してくれていた周楫子先生だと、ただ認識している自分と、激しい憎悪の炎で心を焦がしている自分がいた。
「・・何してるの?こっちへ・・連れていらっしゃい。」
その言葉を無視し、木之元を木陰のある芝生の上に運びゆっくり下ろし、曲川は周と向かい合った。
何故かわからない。
心の中心が叫び続けている。
苦難を共にしてきた大切な父を、家族から奪っただけではなく、その人の身勝手な妄想によって、残された母と自分の二人でなんとか暮らしていた日常さえもぶち壊した。
幼いながらも、神命を託された父に同行し、数々の戦場を潜り抜けてきた。
名も知らぬ人々や同胞が次々に倒れていくのも目の当たりにしてきた。
数知れぬ星降る夜をくぐり、見知らぬ地で母の隣で震えていた雨の日もあった。
そして、
父に見放された時に諦めを知った。
いや、やっと解放された安堵感に包まれた。
周りに八つ当たりしたこともあったが、
憧れや名誉は要らなかった。
華やかな夢も欲しくなかった。
母と生き続けることをだけを願っていた。
だけど
俺は・・・・
先走った妄想で、時代の流れを決めつけた奴に殺されたことがある・・・・・・・
深夜、寝ていた自分に向け、兵を率いて矢を放った。
後ろに立ち、息絶える姿を見下ろしながら、安堵の表情を作った。
「許せんのじゃーーーーーーーー!!!」
悔しさを宿しながら光が消える瞳に、その表情を焼付けていた。
ひとり残されてしまう母に、ただただ謝るしかなかった。
もちろん曲川にそんな経験があるはずはなく、両親も健在で仲良く妹を含め、四人で暮らしている。
そして周がその人物だったわけでもない。
しかし、心が叫び続ける。
「・・・なんや、このめっちゃ深い悲しさと復讐の怒り・・・」
ささやかに暮らしている自分たちの平穏無事な日常が、もし誰かの思い違いで壊されたら・・・・
深夜、寝静まった自宅に侵入してきた何者かに、突然襲われ、命を奪われる。
自分だけじゃない、父も母も妹も・・・・
目の前で、満面の作り笑顔で、こちらを見つめる周から感じる、オーラのような波動のような魂から発するものに、破滅を感じてしまっていた。
「・・・わかる・・・・こいつは生きとったらあかん人間や。」
激しい怒りで握りしめた拳に爪が突き刺さる。
「曲川くん。落ち着いて、早く木之本さんを病院に運ばないと、大変なこ・・・・。」
「じゃーかぁしぃ!ペラペラ嘘ばっかりよぉーしゃべんのぉー!」
周の声を遮るように、曲川の口から、絶対に発さない言葉が飛び出す。
「・・・嘘なんかじゃないわ。早く。」
とてつもない気迫で距離を徐々に詰めてくる曲川に、周は後ずさりする。
手のひらから鮮血が滴る・・・・・
「わかるで、俺の中の俺・・・・・もう不幸にならへんで、俺の全部、救ったるわ!」
魂がうねり、時空を越え、遥か彼方に残る記憶や感覚が現世の曲川の魂と融合する。
鮮血の筋がアスファルトに落ちる寸前に、時が止まったかのように制止した。
――――――――――
保健室のドアを閉め、廊下に出た北越智は大きく溜息をついた。
あの後、気分が悪くなった久米に付き添いこの場所に来た。
カウンセリングを定期的に受けているため、養護教諭は慌てて駆け寄り、体調を確認した。
崩れ落ちるように、保健室のソファーに倒れ込んだ久米は教員の問いかけに、頷き「大丈夫」と伝えていたが、暫く休養を取ることとなった。
ベッドへ向かうことを拒否し、アイスノンを包んだタオルを瞼に乗せ、ソファーに深く沈んだ久米の姿を、北越智は眉をひそめながら見ていた。
虚空見つ【そらみつ】な広がりの中にある久米の魂が、少しずつ拡散させられているように感じていた。それはまるで、未来への不安から無関心にならなければ、今を維持できない、青年期によくあるモラトリアム症候群や情動的麻痺に似ていた。
だから特に気にも留めないでいたが、手にしていた缶コーヒーを滑り落とし、目をこする久米の姿にそれだけでは済まないように思えてしまった。
「またかいな・・・ホンマに、手のかかる先輩やで・・・・・。」
小さくつぶやいた北越智は、教室に戻ろうと歩き出す。
悩まし気に頭を掻き二、三歩歩いた瞬間だった。
ここから近い場所で、激しく混じりあう魂の波動に、北越智の視界が揺れた。
「!!!!!!!!!!!」
ハッと目と口を大きく開け、その方向に顔を向けた。
「手研耳【たぎしみみ】!!しまった!忘れてた!!」
大声を上げた北越智は、その叫びに驚きこちらを見る生徒たちを避けながら、全力で激震する場所へと走り出した。
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