第5話ー③
次の日も久米の周りには沢山の人だかりができ、教室に持ち込みが禁止されているはずのスマホが目に付いていた。
その度に教師たちは対応に追われ、見つかりたくない生徒との攻防戦が繰り広げられていた。
何かしら機会を見つけては始まる記念撮影。
インフルエンサーなどの突撃インタビュー。
それを阻止しようと教師がボディーガードのように久米に付き添う頻度が増える。
木之本は行き当たりばったりな騒がしい防衛を繰り返す。
ーーーーーそんな中、無意識的にどうしても避けてしまっている縄手先生との遭遇。
【しょーもなすぎや。みんな消えてしまえばええのに。】
ふざけ合い、笑顔でⅤサインを一生分繰り返した気分になった下校時刻。
付きまとう生徒を木之本が追い払いながら、肩を並べて校門に向かった。
「沢奈―っ疲れたーっ、癒してやー。」
久米は大きく伸びをしながら歩く。
「ほんま、こいつら信じられんて!香月もそこまでせんでええのに!」
木之本は不満そうに久米を睨む。
「せやなぁー明日からは断るわ。タレント気取りって言われたぁないし。」
「ホンマにそれやで!」
ふざけて怒り顔を久米に近づける。そんな木之本に「ごめん」と手を合わせる。
不意に久米の背後から声がした。
「先輩!久米先輩!!!」
!!!
「ちょっと!!あんたらええ加減にしーーや!」
条件反射のように木之本が叫びながら振り返る。
久米も顔をそちらに向けた。
「先輩!どこ行くんすっか!」
聞き覚えのある声に振り返る久米へ、北越智がゆっくりと近づいた。
「・・久しぶりやな。」
距離を縮める北越智に久米は声をかける。
「はい。お久しぶりです。で、どこに行くんっすか?」
「いや・・帰ろうかと。」
「練習はどうするんっすか。」
「あー。まぁー。」
視線をそらした久米に
「大会もうすぐっすよ。」
言葉が強くなる北越智。
「いや、すまん。俺、こんな足やから無理やわ・・・・」
「まだ痛いんっすか。」
「まだ痛いな。」
「で、帰るんっすか。」
「あ・・・・・うん。悪いーホンマ悪いー。」
「練習に顔は出さないんっすか?」
「いや、今の俺、参加できんし。」
「それ本気で言ってすんっすか?練習に参加できやんでも、できることいっぱいあるやないっすか!」
ヒートアップする北越智に木之本が割って入る。
「いやいや、北越智くん、香月はまだ病み上がりで・・・・」
「先輩、すいません。部外者は黙っててもらえませんか?」
木之本に視線を合わせず、久米を見つめたまま北越智が言う。
「は?あのね!香月はね!・・・・」
久米が腕を前に出し木之本を制止する。
「いや、悪い。俺、もう野球部を辞めようと思ってて。」
少し視線を外した久米は、横目で北越智に言い放った。
「俺らのこと、見捨てるんっすか?」
「俺らのこと、必死で野球部に勧誘したのは誰っすか?」
北越智は一歩前ににじり寄る。
「そうやないけど・・・・俺はもう・・・」
言葉に詰まった久米。
「先輩、無茶苦茶、自分勝手っすよね。」
「廃部寸前の最弱な野球部を立て直そうと、先輩頑張ってきたやないっすか。」
「そんな姿を見て応援したくなって、少しでも自分の力が役に立てればと、みんな集まってくれたんやないっすか?」
「今、必死に練習しとるみんなは、どーでもええんすか!」
「俺らは先輩にとって、その程度やったんすか!」
北越智の怒号が校庭に響く。
「・・・・もう、決めたことやから、本当にごめん。」
下校する生徒が通り過ぎ行く中、上級生の久米が一年の北越智に頭を下げる。
「野球部は先輩のおもちゃやないすっよ!!!」
頭を深く下げたまま何も言わない久米に被せる。
北越智はそんな姿を見下ろし、
「・・・わかりました!じゃあ!勝負しましょう!」
「自分が三球全部ストライク投げるので、一球でも当てられたら・・・・」
「かすってもいいっすわ。そしたら俺らも諦めます‼辞めていいです。」
ゆっくり困惑顔を上げる久米に言い放った。
「・・・・・・・・・」
言葉に詰まる姿に
「いいっすよね!」
返事を押し迫る。
久米は気迫に負け、「わかった。」と頷いた。
だけど、いままでリトルリーグから経験を積んできた自信が、それまでどこに所属していたのか全くわからない平凡な一年生の北越智の投球など余裕で打てると、安易に感じていた。
ーーーーーーーーーーーーー
大和まほろば高校、野球グラウンドにこんなにギャラリーが集まったのは何十年ぶりになるだろうか。
ネットで話題沸騰中の久米が一年生の北越智と対戦する情報は瞬く間に広がり、帰宅途中のスマホを持った生徒を集めた。
野球部員全員が見守る中、制服姿のままバッターボックスに立つ久米に、「グローブだけでも付けないと怪我しますよ。」と言い放つ北越智。
それまでの練習で、投球の癖を知っている久米は「要らん。」と首を振る。
さらにギャラリーが続々と集まる。
「なになに!ここから野球ドラマが始まるん?」と口々に言いながら「久米先輩!頑張ってー!」声援が増える。
【アウトコース低めが苦手な事を知っとるから、そこを狙ってくるはず。】
マウンドに立った北越智はセットポジションから久米を睨むようにオーバースローで一球目を投げた。
【やっぱり。予想通りや。相変わらずのなんの変哲もないストレート。】
【あいつは京都から引っ越してきたばかりやから、俺のことわかってないんや。】
【俺に挑戦しようなんか百万年早いわ!当てりゃええんや!チョロいな。終わりや!】
【俺の邪魔すんなや!】
青銅の仮面が顔に浮かびあがる久米は少し笑い、バットを持ち直した。
「行きます!」
次の瞬間!!!
北越智の体がいつもと全く違うフォームを描く。
考える間もなく、二球目が投げられる。
【アンダースロー???】
初めて北越智見せた投球。
ボールの出所がわからず、浮き上がりカーブするボールにバットのタイミングが合わない。
久米は大きく空振りした。
クッソ!!!!
【なんやそれ!今まで隠しとったんか!でも!アンダースローのツーシームぐらいで!なめんな!】
久米は一度バッターボックスを離れ、頭を切り替えるように肩を大きく揺らした。
【次は当てる!お前も壊したろ!】
青銅の仮面の中から久米は北越智に睨みを利かした。
【来いや!!!】
ふいに紀伊山脈を越えてくる南風が、二人の間を吹き抜けた。
ーーーーー「【林邑八楽】(りんゆうはちがく)【迦陵頻】(かりょうびん)」ーーーーー
小さくつぶやき、魂の覚醒力を一気に上げた北越智は深く体を沈ませ、描いたイメージの中、ボールを指先から滑り出した。
!!!!!!!!!
【鳥!!!!!!???????】
キャッチャーミットから響く轟音と共にボールがバックネットへと弾き飛ぶ。
ーーーーー久米の青銅に輝く仮面の左半分が削り取られた。
久米は一ミリも反応できなかった。
アンダースローからの更にスピードの上がった体感一五〇キロを超える速球ストレート。
どこから投げられたのかさえ全く見えなかった。
ーーーー今までの野球人生の中で経験もしたことない差。
部員たちのどよめきの中、顎を少し上げ、見下ろすようにこちらを見る北越智に、一瞬にして久米は恐怖を感じてしまっていた。
左目だけが大きく見開かれた久米は震えていた。
【こいつ・・・・・。】
【あれ?俺は一体・・・・】
集まったギャラリーは、何が何かわからないまま雑踏を生み続けていた。
「さあ!先輩、練習やりましょう!着替えてきてください。」
北越智はベースボールキャップを取り、深く久米に頭を下げ、部室の方向に手を差し伸べた。
錆びたバックネットの裏、木之本はなぜか安心した表情で、敗北感を漂わせた久米の背中を見送った。
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