第5話ー②
嫌に静まり返った教室の扉に指をかけ、久米は普段通りの気持ちを作り、横へ滑らせた。
!!!!!!!
「お帰りーーーーい。」
大歓声にクラッカー音と拍手がさく裂する。
何となくわかっていた状況に、驚くより先に苛立ちが表面化しそうになった久米は慌てて満面の笑みをとった。
「あ、ありがとう!久米香月、ただいま無事帰還いたしました!」
お道化て敬礼をしてみせる。
黒板には『久米香月くん、お帰りなさい』と嫌味なほどデコレーションされた文字が浮かび上がっていた。
「久米君、ノートとっておいたで。」
「ガチか!ありがとう!。」
両手をクラスメイトに大袈裟に振り、感謝を見せながら席に着こうとした久米に差し出されるノート。
「これ!私が作ってん!よかったらお昼に食べてよ!」
「おおおお!めっちゃ食べるで!サンキュー!」
別の生徒が、弁当箱が包み込まれたハート型の巾着袋を差し出す。
「よう!久米!お前無事でよかったな!ホンマに心配したで!」
「大丈夫や!おおきにい!」
今まで会話すらまともにしたことがない奴が肩を組む。
「みんな本当にありがとう!久米は感謝の嵐です‼」
頭を大きく下げて席に着く。
・・・・・・・・・・
【こいつら、みんな嘘つきばかりや。】
【カスだ、クズだ、カトンボや。】
【そんな笑顔を俺に一度も見せたことないくせに。恥を知れ俗物!】
【ネットで話題になってる俺に近づきたいだけだろうが。今更、友達のふりすんなや。キモイんじゃ!!】
・・・・・・・・・・
「ねえ!久米くん!復帰記念にみんなで写真撮ろうや!」
返事をする間もなく囲まれ、小型のデジカメが向けられる。
「私も!私も!」
「俺も!俺も!」
もみくちゃになる中、唖然としている木之本もその輪に連れ込まれる。
「イチたすイチは?」
「にーーーーーーーい‼」
久米は慌てて歯を揃え、笑顔でⅤサインをして見せる。
「もう一枚撮るでーーーぇ!」続けられる撮影会。
「もう!ちょっと!香月は病み上がりなんやから、無茶させんといてや‼」
木之本は囲むみんなを落ち着かせようと制するも、雰囲気に飲み込まれ、一緒にこの場を楽しんでいる。
久米と縄手との関係がなかったかのように進む場面と時間。
「何でも困ったことがあったら俺に言えや!手伝うで!」
「今度カラオケ一緒に行こう!」
「俺、TikTokやってて、今度出てや!ぜったいーバズるから!」
・・・・・・・
【なんやこれ。こんな世界に俺はいるんか。アホほどしょーもない世界や。】
・・・・・・・
「そん時は頼むわ!」
「カラオケ久しぶりにいきたいねん!」
「どんな動画撮んの?」
超絶に心を開き、笑顔で言葉を返すふりをする。
突然、耳に何かが覆いかぶさり、音がこもり始めた。
視界が白くぼやけ始める。
フワフワと体が浮き始める。
世界がゆっくり大きく揺れ始める。
ーーーーー【ヤバい!!!!】
直感で何かを感じた久米に、吐き気が一気に襲った。
慌てて両手で口を押えるも遅く、久米は朝に食べたものを吐いてしまった。
ーーーー机に、床に広がる嘔吐物。
「キャーーーーーーーーーーーー‼」
盛り上がっていた教室を、一瞬にして沈黙が支配する。
「オォ・・オオエエェエエエーーーーーッ」
静まり返った空間に再度、久米の嘔吐音が響く。
「イヤーーーー!服にかかった!」
誰かが叫ぶ。
一斉に距離をとったクラスメイト。
苦しさで涙が滲む瞳で、上目遣いに辺りを見渡す。
【そうや、その目や。】
【汚い奴を見るその目や。】
【それが俺を見る本当の姿やろうに!】
机を叩きつけ蹴り上げたい衝動を殺しながら、嘔吐物がこぼれないように両手で口を押え、ふらつきながら立ち上がろうとする久米に木之本が駆け寄る。
「私、ここ掃除するから、クラス委員長!香月を保健室に連れて行って!」
誰もが動けずに、時が凍った空間に木之本の声が突き抜ける。
久米が委員長に連れられ教室を出た後、普段のざわつきに戻った集団は、嘔吐物の処理をする木之本を残し、それぞれになっていった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
結局、下校時刻まで久米は保健室の天井を眺めていた。
カーテンで仕切られた空間が心地よく、クーラーで程よく冷えた空気が、褐色に熱を持った久米の仮面を冷やし続けていた。
そして、すべてに考えることを止めた久米は、腕を額に当てたまま時間を流していた。
「久米くんの保護者の方が、お迎えに来られました。」
保健室の扉が開く音に続き、誰かの声が耳に届く。
ー
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久米は助手席に深く座り込み、流れる見慣れた景色を漠然と眺めていた。
「だから、今日はゆっくりしておきなさいって言ったやん。」
ハンドルを両手で持ち、ため息交じりで母親の香織は横目で香月を見た。
「ごめん母さん・・・・仕事、早く終わらせてしまって。迷惑かけてごめんなさい。」
「それはええねんけど、本当に心配になるから。」
反省を示すように何度か頷く。
「今日の晩御飯!香月の大好きなエビフライにしよ!タルタルソースたっぷりのやつ!」
赤信号でブレーキをゆっくりかけた香織は、元気づけようと満面の笑顔で、深くシートに沈みこんだ香月に目を合わせた。
母親の気遣いに少し微笑んだ久米は
「エビフライしか勝たん!って古い?」
と親指を上げた。
「何それ?よーわからんけど、じゃあ、私が買い物してくるから、香月は車の中で休んでて。」
そんな元気が戻ったような香月に笑い返す。
「いや、俺も行く。もう大丈夫、気分転換したいし。」
青信号で動き出した車は、関西最大のショッピングモールへとハンドルを切った。
夕日に照らし出された巨大なイオンモールは光を反射させ、この街の崇拝対象のモニュメントのように輝く。
『相変わらず、めっちゃキラキラやし、でっかいなぁ・・・やけど、この中もやっぱ汚れまくってんやろうなぁ・・・・』
香月は目を閉じ、シートに体を預けた。
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