第11話ー1/3
登場人物(※身体的性で表記)
・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将
・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任
・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者
・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女
・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部
・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー
・戒外興文かいげ おきふみ【16・男】野球部2年生
・曲川勾太まがりかわ こうた【18・男】野球部3年生
★大和まほろば高校 硬式野球部メンバーは随時ご紹介予定です
・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母
・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母
・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生
・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー
・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親
・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー
濡れた髪をタオルで拭きながら、グレーのスウェットハーフパンツとTシャツを自分専用のクローゼットから取り出し、縄手はリビングルームへ深い溜息と共に足を踏み入れた。
大阪市内にある、このエリア一番のタワーマンションの最上階から二番目のフロアの一室。ここから見渡せる街の風景は、縄手にとって相変わらず別世界のように思えていた。
この部屋に訪れることが当たり前になった時から何も変わらない、足元のターミナル駅に次々と発着する列車の数、高速道路の規則正しく同方向に流れる光の列、オフィスビル群の光り続ける残業の明かり。
何かに逆らうことすら出来ず、支配されるがまま、渦の外面をぐるぐる回り続ける、巨大なパーペチュアルオブジェが今日も動き続いていた・・・だけど今はそんな景色に目を移す余裕がない。
「おいおい!本当にそんなんじゃないから!」斎部優耳【いんべ ゆさと】は、柔らかめに茹で上がったパスタをトマトソースに絡め、深めの皿に盛りつけながら、すっかり意気消沈してしまっている縄手に視線を合わそうと顔を向けた。
目を合わさないまま、同意するように大きく頷きながら近づいた縄手は、カウンター上に置かれてある、出来上がった鶏手羽元のレモン焼きを乗せた木製の器を手に取った。
「本当に僕ちゃんを脅す目的で会った訳じゃないから。」
人生初の野球監督としての一日が、いかに波乱に富んでいたかを興奮気味に話す縄手に、斎部が以前に仕事で橿原を訪れた際に、たまたま久米に会ったことを話した。
その後から口数が一気に少なくなってしまった。
「俺の行動が、優耳を不安にさせてしまってるのは、ほんまに反省しやなあかんとこや。」
自分に言い聞かせるように呟く縄手に苦笑いを見せ、斎部は空になったフライパンをシンクに置き、盛り付けた終わったパスタを手に取った。
「いや不安も、なんとも思ってないって。僕ちゃんにとられてしまうかもって、私が嫉妬してるとでも?」
その言葉に歪んだ笑顔を見せながら、目を逸らしている縄手の姿に、「なんて可愛い奴。」と口元を緩めながら、テーブルへ進み皿を置いた。
「俺は優耳とずっと一緒におりたいんや。そもそも俺は・・・・・ゲイとちゃうし・・。」
ぶっきら棒に言葉をつぶやきながらそれでも、最後は脆い自信なのか、気力ない発言になってしまった。
ズッキーニやナスなどの夏野菜をトマトソースで絡めたパスタを、腰を下ろした縄手の前に差し出しながら、
「ホンマに心配せんといって。偶然会っただけやから。」
斎部は少し微笑み、麦茶に手を伸ばした。
その笑みに、疑心暗鬼に口をへの字に曲げながら、「いただきます。」と手を合わせた縄手は、フォークに巻き付けたパスタにがっついた。
だけど縄手には、斎部に到底伝えらない久米への気持ちや、行いがあることは確かだった。
それは自分でも理解できないほど、優しいものへと変化している。兄弟愛に近い感情だと自分に言い聞かせてはいるが、自信がない。
久米をホテルで抱きしめたこと、手を繋いで下校したこと、その時に伝わった久米の感情に応えていた自分の感情は、あとから冷静になって考えようとすればするほど、強烈に否定してしまわないといけない思いになる。
だけど、すべてを否定することはできない。どこまでなら許せて、どこから拒否するのか。その線引きに確信が持てないままだった。
そんな揺らいだ気持ちの縄手の中で、ハッキリしているのは教師と生徒の関係であるということ。
そして、自分には斎部優耳という婚約者がいて、永遠でありたいと強く願っているということ。
今、自分の目の前にいて、手を伸ばせば振れられる距離にいて、まだまだ頼りがいがない自分だけど、一生命をはってでも守りたい存在がそこにはあるということ。
その人を傷つけたくはないし、悲しませたくはない。
だから、なんとかなって、なんとかしようとしている久米の思いを、いつかは拒否しなければならない。事故のないように、次は慎重に。
もし、万が一、自分の気持ちが恋愛だったとしても、優耳と共に生きていく未来を選択する・・・・・・。これが自分の答だ。
縄手は斎部に「美味い!」と笑顔で伝えながら、麦茶に軽くまばたきと共に手を伸ばす。
久米がホームインして、得点を追加した時に見せたあの笑顔と、自分に向けた最高のガッツポーズが閉じたまぶたにまだ強烈に焼き付いていた。
縄手は口の中でかみ砕いたパスタを飲み込みながら、胸につっかえるものを一緒に流しこむように麦茶を口に含んだ。
そんなつもりじゃなかった。思いつきの行動で久米と会っていたことは、言わないでおくはずだった。
そもそも、あの時なぜ自分の足が橿原に向いていたのかわからなかった。
なんの変哲もない、ただの高校生に自分の無意識を揺らされていることに、「もう、歳かな。」と斎部は小さく溜息をついてしまう。
縄手が今日一日の出来事を機嫌よく話していたのにも関わらず、それを邪魔してしまったのは間違いなく自分だ。
何故このタイミングでわざわざ言わないでおこうと思っていた出来事を、引っ張り出してしまったのか。
縄手が久米の名前を出す度に、敗北を身近に感じてしまうのか、嫉妬してしまっているのか。
特に今日は笑顔で話す縄手の姿に、何かを感じしまったから、予定にないセリフを零してしまったのだろうと、斎部はフォークに刺したズッキーニとナスをソースに絡めながら、縄手に悟られないように
「この私がふりまわされている・・・・。」
ほとんど失敗に終わった潜入調査の一件で、少し疲れていることも理由に、小さく溜息をついた。
一時は緊張状態にまで発展してしまった【カンダルパ産業技術総合研究所】から帰還した小槻と、支援していた雲梯とのミーティングで、そこでは表向きの医療目的を越え、国の指針で禁止されているクローン、ヒューマノイド、サイボーグ、バイオロイド、レプリカント、人工精子と卵子による受精などなど、さまざまな人間たるものを作ろうとしていることがわかった。
それは【人間の定義】を根本から変え、生命そのものを作り変えようとしていること。しかしそれこそが少子化問題を打開するのであり、ひいては日本国の存続に繋がる研究であるという主張をしていることが報告された。
さらに予想以上に覚醒霊魂をもつ人材が集まり始めており、同じく日本を支える組織である【八咫烏】にも、協力要請を行う旨もあった。
斎部はその報告に腕を組みながら、腑に落ちない様子で聞いていた。
【命とはなにか】
既に霊魂と肉体の違いを、身をもって経験している者には肉体はただの器であり、例えどのような状態であろうとも、霊魂がそこにあれば、命ある者と感じていた。
しかし、いくら少子化が進み、日本国が滅亡に危機に瀕しているとしても、このやり方でよいのか、さらに単独行動が許可されていようと、潜入調査を行うことを知っていた上層部から、事前になんの連絡もなったことも斎部を困惑させた。
ズッキーニとナスを口元に運びながら、「美味い!」と伝える笑顔の縄手に「でしょ!」と瞼を閉じて頷いてみせた。
――――――――――
「私から奪ってみせろ!。」
「はい。あなたから奪ってみせます!」
久米が斎部を見据える。
――――――――――
まっすぐで穢れのない視線で見つめていた久米の顔が、頭の整理ができていない斎部の瞼の裏に浮かび上がる。
「まただ・・。」斎部は口の中でかみ砕いたズッキーニとナスを飲み込みながら、胸につっかえる複数のものを、強制的に流しこもうと、麦茶を口に含んだ。
――――――――――
アンティーク家具でレイアウトされたリビングに違和感なく置かれた、五十五インチ画面には、奈良テレビが中継している夏の高校野球選手権奈良県大会の様子が映し出されていた。
怠惰な姿勢で、ソファーに沈み込んだ葛本定茂【くずもと さだしげ】は舌打ちをしながらそれを睨みつけていた。
「なにしとんねん!ほんま!おっとろっしい奴らばっかりやで!」
吐き捨てるようにぼやいては、画面から目を逸らし、また視線を画面に戻す動作を繰り返す。
曲川が担架に乗せられ運ばれていく様子がアップになる。
「あと使えるやつは北越智しかおらんやんけ。」
吐き捨てるように独り言を繰り返す姿に、葛本義乃【くずもと よしの】がキッチンから声をかける。
「あんた、明日から学校やろ。」
「おーそうや。」
「課題ちゃんと出したんかいな?」
「出したから解除されたんやろうーが。」
「よーゆうわ!あんたの課題、ほとんど山本さんがやってくれたんやろうに!えっらっそーに!あんたには勿体ない彼女やで!」
イチゴのショートケーキとホットコーヒーをトレイに乗せ運んできた義乃は、怠惰な姿勢でソファーに陣取る定茂の前に並べながら「私の座るスペース空けて」と手のひらで催促した。
「なんで横に座んねん!おっとろしいぃーのぉ!」舌打ちをしながら、テレビ画面を凝視したまま座りなおす。
定茂の言葉など耳に入らない様子で、ドシッと腰を下ろした義乃は
「すごいやん!勝ってるやん!」
テレビ画面が映し出す様子に目を丸くしながら、
「え?曲川くん、怪我したん?運ばれてるやん。」
ショートケーキにフォークを入れた。
皿ごと手に持った定茂は、フィルムをめくりながら
「こいつあかんわ。使えん。」
素手でケーキを掴み、口に突っ込んだ。
「まった、えっらっそーに!一年の時、同じクラスで仲良ぉーしっとったやんか。」
行儀悪いことやめなさい。と手のひらを振り注意する。
「こいつ、ホンマにあかんて、別人やんか、ぜんぜんなってへん!あかんわ。退場して正解や。」
口の中にケーキを含みながら、顎でテレビを指す。
「そんなに調子悪かったんやったら、ここまでよぉ頑張りやったやんか、褒めたらなぁー。」
「でもまーぁ!これは久しぶりに勝ちよるなぁ!」
定茂は口角を上げながら、残りのケーキを口に押し込み座りなおした。
「久米くんも頑張ってるし。勝ちそうやなぁ。」
画面の端に久米が映る。
「こんなオカマ、どーでもええわ。」
「またそんなこと言う‼・・・あれ、私初めて見る子がピッチャーみたいやけど。この子大丈夫なん?」
パーンした画面には、ピッチャーマウンドに立ち、投球練習を始めた北越智が映し出されている。
「・・・・・・。こいつなぁ。俺の相方や。」
義乃の指摘を無視し、鋭くなった定茂の視線が、睨むように画面の中に移された。
「あー山本さんが言ってた子やなぁ。わーめっちゃ可愛い顔してるやん。ファンになろ!」
義乃は前のめりになり、コーヒーを手に取った。
定茂は横目でそんな姿を見ながら、鼻を鳴らす。
「・・・・今まで、何を隠しとったんや?見せてみーや。」
腕組をして、片方の口角を上げた。
――――――――――
病院の天井を眺めながら、大きく溜息をつき、木之本が伝える試合結果に心苦しさと安心から、曲川は目を閉じ頷いた。
「だから、勾太くんはお母さんが迎えに来てくれるまで、ゆっくりしてて。」
ベッド脇に置いた折りたたみ椅子に座り、曲川に笑顔を見せてから、スマホを手に取った木之本は、縄手に連絡を入れる。
俯いた木之本の耳にかけていた髪が滑り落ちる。
昨夜から、体調がおかしいのは何となくわかっていた。何をしていても胸の奥がしっくり落ち着かない。
中度の熱中症との診断だったけど、それ以前から何かがおかしい。
記憶も所々飛んでいる。戒外の手を、大声を上げて振り払ったこと。フォアボールの連続だったこと。全く覚えていない。
それどころか今でも、心が落ち着かず、ここではない別の場所に行かないといけない、急かされた気持ちが続いている。
行かないといけない場所・・・・。
わからない・・・・・。
「なんやねん、これ?・・気持ち悪い・・。」
湧き上がる不快感を払うように、その場所を思い出そうと眉をひそめ目を閉じる。
場所の名前だろうか。形を成さない言葉が頭の中に徐々に広がるが全く理解できない。同時に霞んだ場面が浮かぶ。
原っぱ?森?木々に覆われているような・・・そんな場所どこにでもある。
なんとなくだけど、北の方角であることは感じる。
それだけしかわからない自分に何故か腹が立ってくる。
わかってもらえない状況に苛立ちが募り唸る。
自分が自分に腹を立てることなど、よくあることだが、何かが違う。
とりあえず、じっとしていられない気持ちになった曲川は起き上がろうと目を開けた。
「‼‼‼‼‼っつ‼」
「勾太くん!大丈夫???」
目を開けた曲川の顔を心配そうに覗き込む木之本の顔が、ありえないくらい至近距離にあった。
一気に唇が渇き、口を半分開いたまま、瞬きができなくなってしまった。
「うなされてるけど、大丈夫?」
再び尋ねた木之本に「大丈夫」小さく小刻みに頷いた。「びっくりした。」と顔を離す木之本の髪が曲川の頬に触れる。
病室の中は時間が止まった感覚に陥ってしまった。
気が付けば曲川は、起き上がることを忘れてしまったように、ベッドから動かずにいた。
ただ、しきりに視線をパイプ椅子に座る木之本へ向けていた。
「え?なんでや?木之本さん・・・あんなに可愛かったっけ・・・久米の彼女やろ?・・・・あ・・・違うか。久米はゲイやから、木之本さんはただの友達やったんか・・・・。」
曲川の視線を感じた木之本は「なに?」とスマホから目を上げる。
目を逸らし、ゆっくりと背を向ける曲川の股間は痛いくらいに勃起していた。
「ちがう!ちがう!ちがう・・・・今まで、木之本さんのこと、なんとも思ってなかったやんけ!なんでや・・・・あーーーヤバい。」
先程とは全く違う感情が、曲川を支配していく。今すぐにでも行かないといけない場所のことはすっかり消え失せ、木之本に欲情していく気持ちと体が治まらない。
「え?本当に大丈夫なの?」
背を向けたまま、息が荒くなっていく曲川の様子が心配になった木之本が声をかける。
「木之本沢奈・・・木之本沢奈・・さん・・。」
突然沸き上がった感情が、これまで無意識に保ってきた距離を崩壊させる。
「木之本沢奈さんの肌の感触を感じたい。木之本沢奈さんの肌の匂いを吸い込みたい。木之本沢奈さんの・・・・。」
どこから噴出してきたのかわからない様々な興奮は濁流となり、理性を押し流す。
木之本は苦しそうに息を繰り返す曲川の様子を確かめようと、立ち上がりベッドに近付いた。
シーツが激しく揺れている。
苦しそうに上下する背中を摩ってあげようと木之本は手を伸ばした。
「やめろ!やめろ!駄目だ!俺‼」
木之本が近づき、自分の側にいることを認識できてしまうが故にさらに感情は荒ぶる。
「勾太くん?」
木之本の手が背中に触れる寸前、止まれない曲川は腕を伸ばし、木之本を抱こうと体を一気に向けた。
スマホに着信が届く。
木之本は「はい!」と耳に当て、体を翻した。
曲川の手が宙を掴む。
木之本を掴み損ねたことで、冷静さを少し戻せたことで、「あほか!何をしてねん!俺は!」恥ずかしさが頭の中で稲妻のように走る。
勢いよくシーツを頭からかぶり、再び背中を向け、暴走しないように手枷代わりに手のひらを握りしめ、曲げた股の間に強く挟みこんだ。
それが悪かった。
挟んだ腕が勃起した股間を強く押さえてしまい、強烈な刺激を与えてしまった。
一気に絶頂にむかった快感は、制御する間もなくうめき声と共に、パンツの中でこれでもかと大量に射精を繰り返す。
電話を終えた木之本は
「勾太くんのお母さんが、下に着いたみたいだから迎えに行ってくるね。」
シーツにくるまり、激しく息を繰り返す曲川の背中に伝えて、カバンを手に持った。
「・・・・・・ん?」
クンクンと匂いを嗅ぐようにした木之本は、首をかしげながら病室を後にした。
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