第2話ー⑨
耐えられない感情に、叫びだしたくなった瞬間。
縄手の手が久米の肩に置かれた。
!!
そっと優しく置かれた縄手の手のぬくもりに、一瞬ビクッと体を揺らした久米は、驚き目を見開いたまま、ゆっくり見上げた。
恐る恐る目を合わせた縄手の姿は、笑顔で小さくうなずき、「がんばれ!」と声にせず口を大きく動かし、親指を立てていた。
そんな縄手の表情に久米は、自分の強烈な後ろ向きな気持ちが完全否定されたように感じてしまった。
嫌われてなかった・・・・
笑ってくれた
緊張が一気に崩れていく爆音が、心の真ん中に響き渡る。
笑顔で縄手に頷き返した久米は恥ずかしくなり、顔に体中の全血液が流れ込んだ。
縄手の顔を真っ直ぐ見れずに俯く。
だけど心地いい暖かさに包まれる。
椅子に座りなおした久米は、テスト問題に目を落とした。
訳もわからないまま字がぼやけ始める。
風邪をひいているわけでもないのに、鼻水が流れ落ちる。
縄手はテストに向き始めた久米の頭をくしゃくしゃと撫でた。
!!
頭を撫でられた感触が、更に心を激しく揺さぶった。
久米は必死に目をこすり、次々あふれ出す涙をぬぐい、鼻をすすり上げた。
そして縄手の視線を感じながら、今やらないといけないテストに、全力を注ぐこむ姿勢をとった。
―――――――――――
普段よりも早い下校時刻になるテスト期間中は、慌ただしく時間が過ぎる。
「香月!」
木之本が教室の扉から顔を出し、中を覗く。
「久米ならもう帰ったでー。」
クラスの一人が木之本に声をかける。
その視線と言葉のトーンが、自分を憐れんでいるように感じた木之本は目を伏せ、踵を返し昇降口へ急いだ。
下校指導に校門に向かう縄手に、バックパックを左右に大きく揺らしながら、走り寄る久米の姿が校庭を横切る。
「先生!」
その声に振り返り立ち止まる縄手の顔は、笑顔だった。
「おう!久米!テストできたか?」
「はい!なんとか頑張れました!」
頭を撫でてもらった、あの手のひらの優しさを感じたまま、久米は誰もいない朝の校庭を一緒に走っていた時と同じ笑顔で駆け寄った。
縄手に嫌われていなかった、むしろ逆に笑顔で応援してくれた。
安心感は無限大に広がり、ひょっとしたら少しでも受け入れてくれているのかもしれない、もしかしたら、もしかしたらワンチャンあるかもしれない。
そんな思いを久米は抱きながら、同時に縄手先生さえ本当の自分の姿をわかってくれていたら、他に誰もいらないとの思いが強くなっていった。
以前と同じ満面の笑顔で近づいた久米の様子を微笑ましく思えた縄手は、自分の生徒対応に間違いはなかった、病める高校生を救えたと、さらに自信を持った。
「そうか!よーやった!まだ始まったばかりやから、残り頑張れよ!」
「はい!」
元気な声に思わず縄手は、また久米の頭に手を伸ばす。
「やめてくださいよーヘアがー!」
頭を撫でられる事に喜びながら、少し嫌がる様な素振りで体を引いて見せる。
「マジでがんばれよ!」
「めっちゃ成績上がったら、なんかご褒美くださいよ!」
頭を撫でられながら、笑顔で冗談を口走った。
「ご褒美てか!まあーめっちゃ上がったらやな!」
「え‼いいんすか‼今、言いましたよ!」
目を丸くして声のトーンが上がる久米の姿が、何故かじゃれつく動物のように愛おしく思えてきた縄手は、「おう!」と勢いで言い切ってしまった。
「ガチっすか‼やった‼」
初夏の晴れ渡った空に向かい、両手を伸ばす久米は、体の中心から一気に力が漲り、ギアが3段階上がったことを確信した。
「わかりました!やります!やって見せます!帰って速攻勉強しやな!」
はしゃぐ久米の姿を笑いながら縄手は「俺様にまかせたら、いじめも不安定さも全部ハッキリ、スッキリ、マルっと解決やで」と胸を張り見守った。
「頑張ります!では、先生!さようなら!」縄手に一礼をして走り出した久米は
「あ!ご褒美なんでもいいんすよね!頑張ります!」
振り返りながらⅤサインを見せた。
「え…なんでもって・・・・・。」
校門へと走り、時折こちらに振り返り手を振る久米に、手を振り返し見送りながら「まぁ・・・・・・ええかぁ」と縄手はつぶやいた。
「最高やん‼俺は今絶好調やん‼思ってたのとぜんぜんちゃうやんか‼最強やで‼生まれてきてホンマによかったーーーー‼」
有頂天の久米は、下校途中の生徒たちがいる中、校門中央で急に立ち止まり、ぎゅっと強く誰かを抱きしめるように、自分の肩を抱きしめ、「しゃーーーーっ‼」と大声でガッツポーズを見せた。
周りにいた生徒たちがびっくりして久米を見るが、誰かの視線などお構いなしに久米は校舎に振り返り、深く一礼をした後、駅へとバックパックを左右に大きく揺らしながら走り出した。
そんな久米の姿を、流れる生徒の川の中で立ち止まり、
木之元沢奈は、拡散して色を失くしてゆく自己と共に眺めていた。
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