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第10話ー①

登場人物(※身体的性で表記)


・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将

・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任

・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者


・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女

・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部

・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー

・戒外興文かいげ おきふみ【16・男】野球部2年生

・曲川勾太まがりかわ こうた【18・男】野球部3年生

★大和まほろば高校 硬式野球部メンバーは随時ご紹介予定です


・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母

・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母


・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム

・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム


・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生

・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー


・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親

・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー

 短き命をたぎらせろと天晴れな夏空に向かい、はやし立てる蝉たちのアーチをくぐり、【さとやくスタジアム】午前九時、ぞくぞくと集まる【大和まほろば高校】野球部員たちがいた。


 スタジアム中から伝わる躍動が大気を揺るがし、届く興奮がそれぞれの胸を駆り立てていく。


 照り付ける鋭利な太陽光の下では、すでに一回戦が始まっており、団扇やハンディファンを片手に、応援に駆け付ける人たちも多く、賑わいを見せていた。


「野球の試合って、地方大会でもこんなに観客おるんや。」

 オークリーのスポーツサングラスをかけた公式戦ユニフォーム姿の縄手が、到着する選手を迎えながら感心するように呟いた。


「幼い頃から欠かさず見に来ていますけど、二回戦なのに多いですよね。」

 近くにいた山本が、その言葉にノートから目を上げ、球場に入る人たちに視線を移した。


 他の部員たちも、有名プロ野球選手がお忍びで観戦に来ているのではないかと、盛り上がっていた。

 そんな中、北越智は斜め前で戒外と話す曲川の様子を、会話に合わすように表情を変えながらうかがっていた。


 間違いなく、曲川勾太【まがりかわ こうた】の中に手研耳【たぎしみみ】がいる。




 魂には時間の流れがなく、何十年、何百年経とうが、昨日は昨日なのである。

 本来、魂は死後四十九日以降に、人間とは限らない何らかの胎児に宿り、産まれ来る時に以前の記憶のほとんどが消去される。

 新しい人生と共に新しい記憶が始まり、僅かに残った以前の記憶は徐々に薄れてゆく。

 しかし、記憶の遥か根底に、本人も気付かない【感覚】が残る場合もあり、その積み重なりが「この人は人間何回目だろう?」と思わせる要因となる。


 また通常とは違い、封印や祀られてしまっていた魂は、胎児に宿ることなく、何かの拍子に放たれた場合、近くに存在する波長の合う他の魂と融合してしまう。


 融合は乗っ取るのではなく、それぞれが徐々に重なり一つとなるのである。

 それは人間関係と同じであり、誰かの習慣、思考、行動が感じ取った人の生き方に変化をもたらすことと同じである。


 だからその内に、曲川に「あなたは曲川勾太ですか?」と尋ねると、もちろん「はいそうです。」と答えるが、「あなたは手研耳ですか?」と尋ねると「どこかで聞いたことあるかも。」と心の片隅に引っかかった状態になってしまう。


 また強い怨念を持ったままの魂は、その状態で別の魂と融合してしまい、その怨念が強ければ強いほど邪神のように、その人を思いもよらない方向に狂わせてゆく。


 しかし、その狂気を鎮めることができないわけではなく、実際に肉体には時間の流れが存在し、怨念は時の流れに浄化されてゆくため、融合中に治まってしまうこともある。


 宇治頼径も北越智峯丸も似たような存在であった。



 今のところ曲川に何の変化も見られない。普段の調子でご機嫌な笑顔を振りまいている。


 昨夜は疲れ切っていたのか、気付けば湯船に浸かりながら寝てしまっており、危なく死にかけるところだったと。チャリンコも乗って帰ったつもりが、学校に置いたままだったと、漫才ネタのようにまくし立てていた。


 そんな曲川に戒外が突っ込みを入れているノリに、北越智は腹を抱えて笑う姿を振る舞っていた。



 気持ち良さそうな高い打球音と共に歓声が巻き起こる。

 誰かがホームランを放ったのだろう。

 気になった部員がスタジアムを覗きに走った。


 祝うように湿った南風がそよぐが、熱を余計に運び暑さを倍増させる。


 縄手は散らばりそうになる部員に声をかけながら、久米の姿が見えないことに不安になり、会場入口に視線を伸ばした。


 不意に腰の辺りを誰かに突かれる。


 振り返る視線の下に、隠れるように背を低く落とし、帽子を深く被る、久米のおどおどした姿があった。


 昨夜のストーカーの件もあり「また、来たのか?」と柱の影に移動させながらつぶやく。


 久米は「ほんまに勘弁してほしいわぁ。もう面倒くさい。」首を横に振りながら繰り返す。

「どうした、大丈夫か?」と優しく両肩に手を置く縄手。


 スタジアムへ通じる道とは全く違う、隣接する陸上競技場脇の小道から姿を見せた久米が、物陰に隠れながら縄手に近付く様子を見ていた木之本は、不審に思い辺りを見渡した。


「なるほど・・・そうゆうことか・・・。」と納得しながら、道路側を指さしつつ縄手に声をかけた。


 その声に振り返り、木之本が示す先に目を向けた縄手は、呆れ顔で大きく溜息をついてしまった。


 まるでアイドルの追っかけじゃないかと思えるような推し活グッズを手にした集団が、こちらにスマホを向け、はしゃぎあっていたのである。


 ――――――――――



 午前十一時三十分、試合開始のサイレンが鳴るはずが遅れを見せていた。


 試合一時間前のシートノックを始める頃から増え始めた人影は、普段以上の賑わいを見せていた。


 お目当てはやはりネットで話題沸騰中の縄手と久米であり、一目見ようと腐女子《年齢が増すごとに貴腐人きふじん汚超腐人おちょうふじんとも言われていたが今は腐女子で統一されている》と呼ばれる人種が内野、スタンド、アルプス席にまで詰め掛けていた。

 ティックトッカー、インフルエンサーにユーチューバーと思える姿まで見受けられる。



 大会運営側も予期せぬ事態に、右往左往するばかりで、対応が遅れてしまっていた。


 結局、毎年現れるスター選手同様に、安全最優先となり、大和まほろば高校に警備員が配置されることとなった。



『香月LOVE』『章畝大好き』『指さして』『バーンして』『指ハートして』などなど書かれた推し活うちわを手に、スタンドが揺れる。

 色とりどりのバルーンを浮かせる人。三脚を広げ撮影に入る配信者、缶コーヒーを手に持つ人。

 これまでの人生で、野球観戦など微塵にも参加したことのない人たちばかりで、高校野球においてのルールを知らない。

 個人名の入った応援グッズや風船の類、SNSへの投稿を目的にした撮影、缶や瓶の持ち込みはNGであるため、係員が注意や一時預かりのために右往左往している。



「なんやこれ。」

 試合前のシートノックですら、叫びに似た歓声が届く。戒外は捕手位置から見える観客席の様子に開いた口が閉じず、驚愕していた。


 どこで調べたのか、誰かがエビフライのぬいぐるみを、グラウンドにいる久米の名を叫び投げ入れる。

 ギョッと体をビクつかせながら、肩身が狭くなっていく感覚に溺れそうな久米は、大きくため息をついた。


 エビフライを慌てて回収に向かう係員と、腕組をしたまま、こちらを見て何か愚痴っていそうな相手チームの監督の表情が痛い。 

 縄手がベンチから何度も帽子を取り、頭を深く下げ謝罪の意を示すも、顔を覗かせるたびに誰かの黄色い声が飛ぶ。


 やはりと言うべきか、観戦時のルールを知らせるアナウンスが流れる異例の事態となってしまった。


 首にかけたスポーツタオルで額の汗を拭きながら、内野席に座る宇治頼径は、肩をすくめてこちらをチラ見する北越智に苦笑いを返していた。


 全く自分に視線が集まりそうにないことで、安心し緊張の糸が緩む戒外は、ミットを拳で左手にフィットさせながら曲川が投げるボールに構えた。




「大変お待たせいたしました。白輝高校 対 大和まほろば高校の試合、まもなく開始でございます。」

 真っ青な夏空に覆われたスタジアムにアナウンスが幾重にもこだまする、それぞれだったざわつきが一斉にグラウンドに集中する。


「まず、守ります大和まほろば高校のピッチャー曲川くん、キャッチャー戒外くん・・・」

 ラインナップとアンパイヤが紹介された。


 風が凪いだ日本晴れの七月正午。

「プレイボール!」

 審判の張り上げる声を合図に、サイレンが蝉の大歓声を飲み込みながら、天高く舞い上がった。


 深呼吸をした曲川はセットポジションからボールを握り潰すように力を込める。バットを握りなおし鋭く睨むバッターの視線が突き刺さる。

 歓声と鳴り終わらないサイレンを切り裂きながら、最初の一球がホームベース後方に構える戒外に放たれた。


 振り切るバットを避けるように、気持ちのいい音でミットに納まったボールは、普段から感じている曲川の重さと信頼で届いていた。思わず戒外は微笑んだ。


 大和まほろば高校、硬式野球部の真夏が、これまでに感じたことのない色で今、幕を開けた。





 大阪府と奈良県を隔てるように存在する生駒山。

 深緑が太陽光を後光のように反射させ、神詠を奏でる蝉たちに包まれた山麓に凝然と立つ、気高く存在感を放ち続ける建物の中に久米香織はいた。


 エントランスには、天井からの無数のライトで金色に神々しく輝き放つ、巨大な龍のモニュメントが鎮座している。

 その周りを取り囲むように、季節の花が飾られ、神の住む高天原を表しているようだった。



 まるでコンサートホールのような講堂に集まった群衆の中で、香織はすがるような瞳でステージを見つめていた。

『幸せな家族を守るあなたの力』と大きく映し出されたスクリーンをバックに熱弁する、教授と呼ばれる人が作り出す抑揚と、移り変わるライティングに、人々は激しく心を揺さぶられていた。


「子どもたちは、あなたの分身です。あなたが強く願う事で、気持ちは必ず共有できます。」

「幸せを願わない人がこの世のどこにおりますでしょうか!」

「誰もが幸福を願い、笑顔絶やさない時間を過ごしたい。」

「そうでしょう‼」


 教授が、脇に立つ二人の助手と共に群衆に大きく手を広げる。そして三人が同時に手を一度だけ打ち鳴らす。

 その音は聞き入る人々の鼓膜を震わす。

 教授の首にかけた比礼が、振り子のようにゆっくり揺れる。


 プロジェクションマッピングで宇宙空間を演出した講堂の闇に、スポットライトで浮かび上がる教授の姿は神と重なり、発するすべての言霊が、群衆を引き付ける。


 さらに教授は続けた。


「私たち日本人は、太古の昔から幸せであり続け、そう願うことによって秩序を保ってきました。」

「現存する最古の文明国でありえるのは、皆さんそれぞれが家族の幸せを強く願い、自然万物、八百万に感謝をし、その秩序を守ってきたからであります!」


 大きく息を吐く。


「しかし‼」

「今、その秩序が崩れる危機に陥っていることに、皆さんもお気づきでしょう!。」

「我々が願う、家族の幸せが今!崩されようとしています!」


 再び大きく手を打つ。

「この世には男と女しかいない!」

「乱れ始めた秩序により、日本国が消滅させられようとしています!皆さんの生きた証が失われようとしています!それは皆さんの家族が崩壊してしまうということです!」

「根源たるものは、幸せを願う気持ちが弱まってきているのです!幸せを願い、安堵に満ちた家族を思うあなたの心を邪魔する者がいる!」


 エコーがフェイドアウトしてゆく空間で、教授は群衆のひとりひとりに視線を合わせるように、顔をゆっくり動かす。


「この世に生を受けた男と女は、運命の出会いをし、愛しあい、子どもという生きた証を授かり、天寿を全うするために、家族全員が望む幸せの形を、平等に手に入れられるばずなのです!」


「道を踏み違えた者や、幸せの形が手に入れられない者にとりついた邪悪なるモノを、あなたの究極の愛の力で打ち破り、この世に生きるすべての者のために、まずはあなたの幸せを取り戻すのです!」

「あなたは今までよく一人で頑張ってきた!誰にも味方になってもらえず、何度お願いしてもわかってもらえず、孤独の中で泣き崩れた日もあるでしょう、本当にあなたはよく頑張ってきた!」

「しかし!もうあなたは一人ではない!ここに集いし仲間たちがいる!共に戦ってくれるみんながいる!」

「さあ!あなたの幸せを、みんなの力で取り戻しましょう!」


 雅楽が宇宙空間に響き出すタイミングに合わせ、比礼をなびかせながら、講堂中央にせり上がってくるステージに教授と助手は歩み寄った。


「今こそ、邪気を祓い、皆さんの幸せを確固たるものにし、次の世代に繋げるのです!」


 せり上がったステージに並ぶ十種神宝の中から剣を右手に、左手に玉を取り、天高くかざす。

 二人の助手も鏡を両手に掲げる。


「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ!」


 教授が声を高らかに【ひふみ祓詞】を唱え始める。

 群衆がそれに続く。


 香織も手にしたパンフレットに書かれた文字を目で追いながら、声を出し同調してゆく。


「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ!」


「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ!」


 何度も何度も繰り返す祓詞は、いつの間にかひとつとなり、地鳴りのように生駒山を振るわし、そこに祀る者を解き放とうとしていた。


 パンフレットから目を上げ、眼鏡を指でかけ直した小槻スガルは、群衆に紛れたまま、周りに合わせるように声を出し、中央ステージで絶対的カリスマの支配力を見せつける教授と助手の様子を精察していた。





 無得点のまま膠着状態が続いていた六回裏、大和まほろば高校の攻撃が始まる。

 俊足の三年、土橋一角【つちはし いっと】(十七)がフォアボールで出塁した後、ここまですべて安打している北越智に打順が回ってきた。声をかける縄手にVサインを見せる。


 白輝高校はここ数年、生徒数の減少に伴い、定員割れが続き生徒募集の停止が計画されている高校であった。

 部活に参加する生徒はほとんどおらず、最後の一葉である野球部も、他の部活と掛け持ちをしている選手でなんとか成り立っていた。


 そのため数少ない、野球経験のあるピッチャーですら練習不足のため、握力は急激に落ち、コントロールが乱れ球速が落ち始めていた。

 案の定、監督が外野手とピッチャーの交代を告げる。



 投球練習が終わり、バッターボックスに立った北越智は、一度大きく体を反らし「このイニングで差をつける!」気合を入れバットを握りなおし構えた。


 球技大会並みの初球、振りぬいたバットに爽快な感覚が炸裂した。

 球は夏空を突き抜け、ショートを越えバックスクリーン下の壁に当たる。走り出した土橋がセカンドベースを蹴り三塁を目指す。


 センターが渾身の思いで投げた球が土橋を追いかける・・・・が、大きく外れてスタンド席の壁へ転がる。サードが必死に追いつきボールを手にする瞬間、土橋はサードベースを蹴った。その流れを読んだ北越智も一塁ベースを蹴り二塁へ突き進む。バックホームの正確な送球が土橋を刺しにかかる。キャッチャーがミットに圧を感じる瞬間、ヘッドスライディングの土埃がスローモーションのように舞い上がった。


 指先に感じるホームベースと肩に感じたミットのタッチ。


 審判を見上げる土橋、二塁ベースから振り向く北越智、ベンチから身を乗り出したメンバー、観客席が静まり返り、蝉の声も聞こえない。


 勢いよく大きく左右に広がる両手

「セーーーーーーーーフ!!!!」


「しゃーーーー!」

 地面を叩きガッツポーズを見せた土橋と軽く微笑みバッティンググローブとヘルメットを外す北越智に歓声が沸く。スタンディングオベーションする宇治。


 数年ぶりの公式戦における初得点に、ベンチも興奮の絶頂で、大騒ぎになりながら拍手喝采を送った。


 盛り上がる熱気に思わずグラウンドに駆けだしそうになる縄手を山本が止める。帰ってきた笑顔の土橋に、ベンチにいる全員がハイタッチの嵐を浴びせた。


 この流れを止められない久米が何度か素振りをし、感触を確かめてバッターボックスに入る。


 この短時間で、すっかり大人になったような背中へ「帰って来いよ!」と激励した。真っ直ぐな眼差で大きく頷いた久米の笑顔が、縄手の心を熱くさせた。


 初球はコースから外れる。踏みしめ直し、二球目。

 流れを味方につけたスイングは、低反発性バットの高い音と共にボールをセカンドの頭上を越え、ライト前へと飛ばした。

 観客席から悲鳴に似た腐女子たちの歓声が上がる。

 北越智は三塁へ、久米は何とか間に合い出塁した。


 続く二年の筋肉達磨パワーヒッター十市武勇【といち たけいさ】(十七)。

 縄手と、拳と拳を合わせて準備に入った。


 カーブも何もないストレートのオンパレード。コースも狙って投げているわけでなく、たまたまそこに位置しただけの投球が続く。


 そんな状況にリラックスした十市へ、ど真ん中の甘いコースが来た。

 若干タイミングがずれたものの、思いっきり振りぬいた打球は高く上がり、左外野席へ向かった。


 しかし、北越智も久米もベースから動かない。

 失速した球は、追いついたレフトのグローブに納まった。


 タッチアップ。北越智と久米が同時にベースを蹴った。バックホームの投球は少しそれてキャッチャーがベースを離れてしまう。その隙に北越智がホームインして、更に一点追加した。

 連続得点に沸く三塁側スタンドと、腕組をしたまま声を出す白輝高校の監督を横目に、十市が戻ってきた。


「越えたと思ってんけどなぁー。」

 ベンチで残念そうに、だけど笑顔で声を上げた。


「お前ら凄いな!」拍手をし、十市と北越智をハイタッチで迎えながら縄手は、試合前に対戦相手の監督と交わした言葉を思い出していた。



「ついに野球部もこの夏で解散ですわぁ。もうあの時代に戻れないと思ったら、寂しいですわぁ。最後ぐらい、こいつらにいい夢の終わりを見せてあげたいので、胸貸してください。」

 帽子を取り、頭を下げた監督に、「こちらこそ、何卒宜しくお願い致します。」と縄手は頭をもっと深く下げた。


 野球部に限らず、廃部が続く現状は良く知っている。要因は運動離れや、少子化だけではない。中学校の部活が地域移行へ移ってから、徐々に参加者の減少が進んでいる。そのしわ寄せが今、高校の部活に来てしまっているのだ。


 白輝高校の監督が上げた目は、遠くの過去を見つめている郷愁に染まっていた。

 それでも縄手は「私たちも胸を借りるつもりで頑張りますので、お互い全力で戦いましょう。」と再び頭を下げた。



 続くバッターは曲川勾太となった。

「やっべー。何か緊張してる!」

 ホームベースの端にバットの先を軽く当ててから、ぐるりと後へとまわし、ピッチャーと威嚇するようにバットを立てたまま、真っ直ぐ前に腕を伸ばした。

「なんでこんな緊張してんねん・・・・」

 言葉を殺し構える。


「みんなが得点に繋げるプレーをしている。俺もやらないといけない。」至上命題が一気に膨らんでくる。


 ピッチャーマウンドからの甘い初球。

 ど真ん中!


 振りぬいたバットは空を切った。

「・・・ヤバい、ヤバい・・・嫌な感覚や・・。」

 焦り始めた気持ちは加速して行く。


 二球目も空振り。

「ガチで、当たらん・・。」


 続く三球目と四球目はボールで、若干の気持ちを切り替えるタイミングができる。

「無心や、無心になれ!」と可能な限り胸の奥へとリフレインしながら、息を吐く。


 切迫した場面は、野球を始めた頃から何度も繰り返し慣れているはずなのに、心のざわつきがそれでも静まらない。


 キャッチャーのサインに頷き、投げられた五球目、「くそッ‼」思わず目を閉じて振ったバットに手ごたえが炸裂する。


 少し驚き、開いた曲川の目に映った光景は、打球がダイレクトにセカンドのグローブに吸い込まれ、塁を離れていた久米が戻り切れず、ベースを踏まれアウトになった瞬間だった。





 降り注ぐ夏の光を、拡散させる竹林が風に静かに揺れる。

 深緑の中庭を横断する全面ガラス張りの廊下は、桃の香りで満ち溢れていた。


 両側に力強さと繊細さを見せつける竹林の隧道の中、香織は導かれていた。

 足裏に伝わる畳の感覚は、さらに神聖なる空間へ誘うように背筋を伸ばさせ、呼吸を静かにさせていた。



 井草に擦れる足音を極力抑えながら、辿り着いた扉の前で、先導していた案内人は立ち止まった。

「こちらでございます。教授がお待ちになっていらっしゃいます。」


 天井まで届く黒漆喰で塗られた観音開きの扉がノックされ、大きく引き開けられた。



 目の前に広がった空間は、開放的な奥行きを持ち、分厚いガラス越しの竹林をバックに巨大な黄金の龍が香織を出迎えた。

 雅楽が優しく漂い、桃の香りがくゆる。


 気付けば龍の前に立っている教授が、香織に微笑みながら手を差し伸べた。

「こんにちは、久米香織さん。ようこそいらっしゃいました。ドクターから聞いております。」


【トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル】オリジナルイメージソングアルバム

がSpotify、Amazonmusic、YouTube、Instagram、TikTokなどで14曲配信中です。

アーティスト名に【HIDEHIKO HANADA】入力検索で、表示されます。

ぜひお楽しみください。


また曲のPVなど登場人物のAI動画をX、Instagram

両アカウント@hideniyanにてPV等も公開しております。

お手数ですが、検索からのぜひご覧になってください!

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