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詩詠み騎士の夢想曲《トロイメライ》  作者: 小日向 ななつ
第1章 夢へと駆ける序曲《ウヴェルテュール》
21/34

21、王である前に

◆◆◆◆◆


 おぼろげな空。月が顔を見せ始めた時間に、国王ゼルクスは目を覚ました。

 懐かしい夢。娘の誕生を祝うめでたい日の数日前のことだ。あの時に告げられたことはずっと忘れられない。


 もしあの時、バアバの言葉がなければ彼は後悔していただろう。そう思えるほど楽しさと苦労があった。だからついつい、年老いた自分はかつての出来事を思い返してしまう。

 それだけ、ゼルクスの心は満たされていた。


「おはようございます、先生」


 国王は懐かしい思い出に心を満たしていると、これまたその懐かしさの一人となっている人物が声をかけてきた。


 顔を向けるとそこにはジャクシオの姿がある。かつて教壇に立っていた時期、一番手のかかった悪ガキであり、一番頼りになり、そして今も隣にいてくれるお節介焼き。ゼルクスにとってそれはありがたいことであった。


「俺はまだ生きてるか?」

「生きてますよ。孫の顔、見たいでしょ?」

「生きていられたらな。なあ、ジャクシオ。娘は元気?」

「王女様なら元気ですよ。ご多忙でお疲れ気味では――」


「そうじゃない」


 ジャクシオは思いもしない否定に一瞬、理解ができなかった。しかし、その一瞬が過ぎると国王が何を聞きたいのか気づく。

 嘘をつく必要性はない。もしこの言葉が力を与えるならば、と思い騎士団長は正直に答えた。


「ええ、とっても」


 ジャクシオの言葉を聞き、ゼルクスは満足げに微笑んだ。

 選んだことが正しいかなんてわからない。しかし、それでもこの選択に後悔はなかった。元気に過ごしているならそれでいい。だが、ゼルクスは娘に課せられた使命を知っている。


 だからこそここで黙って寝ている訳にはいかなかった。


「ジャクシオ、剣を用意してくれ」

「その身体で何をする気ですか?」

「運命の時はもうすぐだ。だからやらねばならん」


 身体をゆっくりと起こす国王。ジャクシオはちょっと呆れつつ、立ち上がろうとする師の補助をした。

 老いた身体だが、ここまで衰えるとは。それでも何かと戦うために戦地へ向かおうとするゼルクス王を見て、ジャクシオは何も言わずに準備を手伝った。


 しかし、その準備を邪魔するかのように悪い報せが騎士団長の耳に飛び込んでくる。


「だ、団長! 大変です!」


 一人の騎士が部屋をノックもせず、慌てた様子で飛び込んできた。

 ジャクシオが反射的に顔を向けると、飛び込んできた部下の顔はあまりの出来事だったのか青白いものに変色している。


「どうした?」

「その、副団長が我々に刃をッ」


 思いもしない言葉に、ジャクシオは目を大きくした。一体何があったのか、と思い部下に詳しい情報を求める。しかし、部下は「わからない」「突然襲ってきた」「新人を人質にしている」としか言わない。

 ジャクシオは頭を抱えた。これでは国王の補助に集中ができない。


「行ってこい」


 どうするべきか、と迷うジャクシオにゼルクス王はそう言葉をかけた。

 思いもしなかった師の言葉にジャクシオは振り返ると、国王は一人で立ち上がり剣を取っていた。


「俺は一人で大丈夫だ。お前はお前でやることをしてこい」


 ゼルクス王の言葉に、ジャクシオは不服そうな顔をした。しかし、すぐに頭を下げ、何も言わず部下と共に部屋を飛び出していく。

 一人になるちょうどいい機会か。ゼルクスはそう考え、剣を腰へ添えた。


「お父様!」


 戦地へ向かおうとしたその時、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。そこには騎士学園の制服に身を包んだ娘の姿がある。

 ゼルクスは思わず姫の名を呼ぼうとした。だが、すぐに気づきやめる。


「お前は、フィリスか?」


 息を切らし、まっすぐ見つめている少女にゼルクスは問いかける。名を呼ばれた少女はというと、少し緊張した様子で国王を見上げた。


「なぜ、ここに来た?」


 王の問いかけにフィリスは答えない。まるで叱られている子どものように俯くだけだ。

 しかし、そんな少女の身体をゼルクスは力強く抱きしめた。


「お父様……?」

「ここに来るなと言っただろう」


 ゼルクスはわかっている。これが何を意味しているのか。

 だからこそあの時の選択は間違っていなかったと胸を張った。もしあの時、殺す選択をしていればこの再会はなかったからだ。


「フィリス、ここから一刻も早く離れなさい」

「だけど……」

「ここは戦場となる。だからすぐに――」

「その必要はないさ」


 再会を喜んでいる時間はなかった。

 振り返るとジャクシオの部下である副団長ノアの姿がある。ゼルクスはフィリスを背中に隠し、剣の柄を握った。

 王を見つめるノアの瞳。それは真っ赤に染まっており、不気味に輝いている。


「やあ、初めまして。封印を解きに来たよ」


 その言葉は、ノアと似て異なる。

 その所作は、国王をバカにしている。

 そしてその瞳は、フィリスを狙っている。


 目の前にいる敵。国王はそれを睨みつけながら、一つの質問をした。


「アイリスはどうした?」


 ノアはゼルクスの問いかけに笑う。楽しげにしながら額を抑え、見上げるかのように高笑いをするとこう答えた。


「喜べ、私のモノにした」


 敵の言葉を聞き、ゼルクスは剣を抜いた。刃を剥き出しにし、その目をギラつかせる。


「よくわかった。なら、その呪縛を切り、解き放ってみせよう」


 ノアは、いや敵は笑う。笑って王を見下す。

 フィリスは見たこともない王と上司の姿に、ただ身体を震わせていた。


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