11、影は夢を黒く染める
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これは夢だ。見たことがない景色が広がる夢だ。
輝く星々を眺めながら、夢を見る少女は寂しくしながら見つめている。みんなが笑っているのに、自分は混ざることができない。みんなが悲しんでいるのに、声をかけられない。
怒りも、喜びも、少女は分かち合うことができなかった。
輝く星空。闇のキャンパスを彩る輝き。眺めることしかできない少女は、とても寂しく感じていた。
もし自分が顔を出してしまえば、その輝きは霞んでしまう。みんなの輝きを自分が奪う。それが少女にとって嫌で堪らない。
『輝くのは嫌いか?』
何かが、囁いてきた。少女は思わずその何かに目を向けようとする。
だが、振り返ろうとした瞬間に身体が動かなくなった。身体をよく見ると、自分の影が自分自身に絡みついている。
あまりにもおかしな光景に目を丸くしていると、甘い声が囁いてきた。
『いいじゃないか。輝けるって、なかなかできないことだぞ?』
声が囁く。少女の心を絡み取るように、心地いい低い声で。
とても穏やかな口調は、少女の耳だけでなく心を震わせた。
わかっているのか、声は笑いながら少女に問いかける。
『そんなにその輝きが邪魔か? なら、俺にくれよ』
頷きそうだった。もしこのまま何もかも手放し、楽になれたらと思ってしまうほどだ。
だが、少女は目に入ってきた鏡を見て思わず「だめっ」と叫んだ。
声に対する明らかな拒絶。途端に身体に絡みついていた影が霧散し、少女の拘束を解いた。
『まだ抵抗できるか。ククッ、だいぶ力を剥いだつもりだったがな』
声は楽しげに笑った。少女はその声がする方向に目を向けると、真っ黒に染まった塊らしき何かが炎のように揺らめいている。
少女はその揺らめく塊を見つめると、それは少女を挑発するように囁いた。
『今宵も楽しませてもらったよ。明日も楽しもう、歌姫よ』
少女は震えた。楽になりたいと思った自分に震えた。
黒い何かは、そんな少女を嘲笑いつつ去っていく。
これは夢。とても恐ろしい夢。人の心の弱さにつけ込む夢。
少女はその悪夢から目覚めた時、全身がびっしょりと濡れていた。
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緑が消え、灰と煤だらけの更地。つい先ほどまであった自然公園の姿はすっかりなくなり、それを見つめるクロノ達は呆然と立ち尽くしていた。
同じように立ち尽くすノアはというと、これから起きるだろうお叱りと謝罪の嵐に頭を痛めている様子だ。
「いやー、すまんすまん。つい魔術を使ってしまった!」
最悪な状況を招いた全ての元凶であるジャクシオは悪びれた様子もなく笑いながら謝っていた。ノアは思わず怒りを込めてジャクシオを睨みつけるが、豪快に笑われるだけで何も効果がない。
ひとまずどうしようもない大バカからノアは視線を外し、クロノ達に指示を出した。
「後処理は私がやっておく。君達と新人はパトロールに行ってくれ」
「じゃあ俺もこれで――」
「アンタは私と一緒に謝罪の旅だ、団長!」
ノアは逃げようとするジャクシオの肩を掴む。ジャクシオはそれでも逃げようとしたが、すぐにノアが持つ手錠によって拘束された。
ノアはそのまま自身の右腕にもう一つの錠をかける。これでジャクシオは完全に逃げられなくなったのだった。
「あ、ちょっ、お前なんてことしてくれるんだ!」
「それはこっちのセリフです。さ、一緒にお偉いさんに謝りにいきますよ」
「やぁだぁー! おらぁこれから綺麗な姉ちゃんとランデブーするんだよー!」
「大切な用事って、キャバレーですか!? アンタ医者から酒は控えろって言われてたでしょ!」
「医者のいうことなんて聞くか! 俺はあいつらが嫌いだ」
ノアはとてもとても痛そうな顔をしてこめかみを押さえていた。クロノとヴァンは、これから上司になるジャクシオとそれの扱いに困っているノアを見て、若干同情をする。
フィリアはというと、慣れているのか同情するなんてことはしなかった。代わりに冷ややかな視線をジャクシオに突き刺している。
「まあいいです。諸君、これから団長と楽しいデートをしてきますから後はお願いしますね」
部下である騎士とクロノ達は威勢のいい返事をする。ノアに引きずられていくジャクシオは泣きながら「助けてー!」と情けない叫び声を放っていたが、全員は手を振って二人が去っていく姿を見送った。
こうして早朝からの模擬戦というハードなスケジュールは終わり、ある意味自由時間でもあるパトロールが始まる。だが、ヴァンがそのパトロールに出ようとした瞬間、クロノは倒れた。
「あぅぅ……使いすぎたぁぁ」
「お前なぁ。大丈夫か?」
「ちょっと無理。動けない無理ぃぃ」
ヴァンは呆れつつ、クロノの身体を起こす。魔術を使った反動でクロノは動けなくなる。かなり強力なこともあってその反動も大きい。
だからクロノは普段から魔術を使わない。最近そのことを知ったヴァンは、ごっそり持っていかれただろう体力が回復するまでクロノと一緒に休むことにした。
「まったく、クロノは昔っから体力がないわね」
そんなクロノを見かねたフィリスも一緒にいてくれる様子だった。ヴァンは他の騎士に声をかけ、少ししてから業務に戻ることを伝える。
三人を残し、騎士がパトロールへ向かっていく。それぞれの姿を見送り、ヴァンは呻いて倒れているヴァンに目を向けた。
「気持ち悪いよぉー……」
「はいはい。寝てもいいから静かにしてなさい」
クロノの背中をフィリスが擦る。しばらく呻いていたクロノだが、少しずつ落ち着いてきたのかいつの間にか寝息を立てていた。
まるで姉弟みたいだ、とヴァンが思っているとフィリスが苦笑いを浮かべる。
「今思っていること、当ててあげよっか?」
「いや、いい。それにしても、よく寝ているな」
「こうすると寝付きがいいのよ。ホント昔っから変わらないわ」
「結構、古い付き合いなのか?」
「まあね。よく言えば幼なじみ、悪くいえば腐れ縁って感じ」
ヴァンはその言葉を聞き、いろいろと合点がいった。古くから一緒にいるなら、クロノを寝かしつけるのもお手の物かもしれない。
だが、同時にフィリスのことが少し不憫に感じた。
「すぐ近くにいい女がいる。なのにそいつは高嶺の花に夢中だな」
皮肉も混じった言葉にフィリスは重々しいため息を吐いた。
しかし、すぐに誤魔化すような笑い声を放つ。
「ありがと、ヴァン。そうね、それがクロノのダメなところね」
すやすやと眠るクロノ。フィリスはその寝顔を優しく微笑みながら見守っていた。




