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詩詠み騎士の夢想曲《トロイメライ》  作者: 小日向 ななつ
第1章 夢へと駆ける序曲《ウヴェルテュール》
10/34

10、想定外による想定外

◆◆◆◆◆


 まだ空に闇色が残り、月が僅かに顔を残している空の下。準備運動を終えたヴァンとやる気満々のクロノを見て、ジャクシオは背中を一度伸ばす。

 隣に立つノアは耳に装着した通信端末に意識を集中しなが背伸びするジャクシオに声をかけた。


「しかし、どういう風の吹き回しですか? 普段はこういうこと私に任せるじゃないですか」

「たまには運動しようと思ってな。それに数少ない魔術が使える人間だ。いい戦力になるかもしれん」

「それだけの理由でやらないでしょ? ジャクシオさん」


 ノアは少し崩した口調でジャクシオを呼んだ。ジャクシオは顔を上げ、ノアを見ると呆れながらも笑っている表情が入ってきた。

 どうやらある程度は何を考えているのか見抜いているようだな、とジャクシオは悟り、楽しげに微笑んだ。


「詳しい話は後にするが、俺はしばらく騎士団を離れないといけなくなった」

「唐突ですね。いつからですか?」

「これが終わったらすぐにだ。先生――いや国王に頼まれごとをしてな」

「本当に唐突ですね。その頼まれごとっていうのは?」


「それはこれが終わってから話そう」


 ジャクシオは一方的に説明を打ち切った。ノアは少し不服に感じ、さらなる説明を求め踏み込もうとしたその時に通信が入る。反射的に耳に手を添え、通話機能を起動させると部下から準備ができたという報せが入る。

 タイミングがいいもんだ。ノアはそう思い、追求を諦めてジャクシオに声をかけた。


「準備ができました。いつでも大丈夫です」

「よし、ではやるか!」


 ジャクシオは木剣を握り、持ったまま右肩を回し始める。ノアはいつ見ても勇ましいジャクシオの背中を見送りつつ、通信機のチャンネルを切り替えた。


「そろそろ団長と新入りの模擬戦が始まる。外からの乱入は許すな。誰であろうと、特に一般人は絶対に通すな」


 ノアは対峙するジャクシと新入りの二人に目を向け、模擬戦を見届ける。普通に戦えばジャクシオが負けるなんてことはないが、万が一ということはあるかもしれない。

 ふと、ノアはある注意を忘れていたことを思い出す。


「あっ、本気出さないように注意してないや」


 それは、致命的なことだった。ノアが慌てて声をかけようとしたが、すでに遅い。

 駆けるジャクシオとぶつかるヴァン。その衝撃はすさまじいもので、風が吹き荒れるほどだ。


「グゥゥゥゥ!」


 木々が叫び、葉が騒ぎ、小鳥達が逃げ出す。その豪風は緑に染まった葉を飛ばし、どこかへと去っていく。

 ノアはそのすさまじい突風に身体が飛ばされないように踏ん張った。しかし、どれほど足に力を込めても身体が浮かびそうになる。想定以上に強い風が吹き荒れる中、ノアの目にクロノの姿が入った。


 暴風の中、クロノは羽ペンを持って黄金に輝く文字を空間に描き、踊っている。この荒れ狂う風が吹き続ける中で、クロノは何ごともなかったかのように魔術を発動させていた。


「こいつは面白いな! さすが俺がスカウトした人材だ!」


 ジャクシオは楽しげに笑う。ヴァンはというと、一切笑うことをせずジャクシオを見つめていた。

 一体何が起きているのかわからないノアは、ただ必死に踏ん張って状況を見守る。


「ヴァン、とっとと団長をぶっ飛ばせ!」

「黙れ! 精一杯やっている!」

「力比べは得意だぞ! ガッハッハッハッ!」


 僅かにヴァンの木剣が押され始める。クロノはそれを見て目を大きくした。

 相手が騎士団長ということもあり、遠慮はせずヴァンにはクロノが付与できる最大の効果を施している。にも関わらず、ヴァンは力負けしていた。

 クロノはジャクシオが想定以上のバケモノだと気づく。だからすぐにヴァンを助ける付与を施し始めた。


『凍てつく風。身体が縮み上がる寒さは水を固める。だがその冷たさが熱した身体を冷やしてくれる。全てを凍てつかせる風よ、ヴァンの剣に宿れ!』


 クロノが空間に書き記した黄金文字がヴァンの木剣に飛び込んでいく。一瞬だけ木剣が黄金に輝いた瞬間、ジャクシオは後ろへ飛んだ。

 ヴァンは木剣を振り切ると、途端に近くに生えていた草花と地面が凍てつく。よく見ると木剣からは冷気が放たれており、それを見たジャクシオは呼吸を整えるように一息をついていた。


「大した魔術だ。そこまで高い属性付与ができるとはな」


 ジャクシオは首と肩を動かし、ゴキゴキと骨を鳴らし始める。それを見たノアは一瞬だけ緊張の糸を張った。

 しかし、ジャクシオは笑う。そしてノアが恐れていた言葉を放った。


「少しだけ俺の魔術を見せてやろう」


 それは、クロノとヴァンが想定以上に強いという意味である。

 だからこそジャクシオは二人のためにちょっとだけ本気を出すのだ。

 しかし、その言葉を聞いたノアは躊躇わずに通信機を起動させる。

 ノアは知っている。ジャクシオの魔術はとても危険だと言うことを――


「団長が本気を出す。全員、持ち場を捨ててここから離れろ!」


 ノアはクロノ達の元へ駆ける。ヴァンの手を引き、クロノを担ぎ、そしてノア自身が扱える魔術を発動させ、その場から消えた。


 ジャクシオはそれに気づかず、両手を地面についた。途端に地面は揺れ、生えていた草木が大きく成長し始める。

 気がつけばそこは緑深い場所になっていた。深い森と表現できる場所で、ジャクシオは笑う。


「まるごと飲み込め!」


 一気に成長した木々は、突然意志をもったかのように笑い出す。そしてジャクシオの言葉に従うように蠢きだした。

 木々は枝を伸ばし、根をさらに広げていく。草花は見たこともない花粉を飛ばし、生えている実は飛び回る鳥と虫を喰らった。


 いつしか自然公園は草木による要塞となる。そして数分ほど経つと枯れ、爆発したかのように自然発火して燃え上がった。


「うわぁ……」


 フィリアはとんでもない光景を目にして言葉を失っていた。

 集まっている騎士も同じような反応をしており、改めてジャクシオのヤバさを思い知ったという顔をしている。


 そんな風にして惨事を見つめていると、遅れてノアとクロノ達がフィリスの近くに姿を現した。何が起きたかわからず振り返ったクロノ達は、燃え上がっている自然公園を見て「うわっ」と声を漏らす。


「な、なんだこれ……」

「まさか、団長の仕業か?」


 唖然とするクロノとヴァン。そんな二人と燃え上がる自然公園を見てノアは頭を抱えていた。

 今度の後処理にお叱り、そして多方面への謝罪の算段。考えるだけでも頭が痛くなる。


「ハァ……」


 ノアは頭が痛くなりすぎてため息を吐いた。

 フィリアはそんなノアを見て、ちょっとだけ同情する。

 かくして、模擬戦はジャクシオの暴走により終了したのだった。


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