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死んでからが本番です  作者: 木崎優
四幕目

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18/21

『模索』

 家主がいなくなっても、屋敷がなくなったわけではない。何代にも渡り悪魔を崇拝してきたこの家には、有用な情報が転がっているかもしれない。

 そう考えたセシリアとアベルは、共に屋敷の中を散策することにした。


 二手に分かれて探したほうが効率がいいのだろうが、何かあるかわからないからとアベルが固辞したことにより、セシリアはアベルの後ろを歩くことになった。


「……逃がす前に情報を引きだせればよかったのですが……俺の落ち度です」


 アベルがぽつりと零した言葉に、セシリアは見えていないとわかりながらも首を横に振る。


 ――逃げたものはしかたないわ。


 それに、とセシリアは思考を続ける。


 ――あの人を追いかけるよりも、私を探すことを優先させたのでしょうし。


 セシリアの脳裏をよぎるのは、地下に続く扉が開かれる前に聞こえた物音。金属を叩きつけるようなあの音は、どこにいるかもわからないセシリアを探してのものだったのだろう。

 そして偶然空洞を見つけ、そこを厳重に叩いたのではないだろうか。


 セシリアを閉じ込めていた扉は、よくよく見ると床と同色で、入念に調べなければそこに扉があると気づけない作りになっていた。


 ――入る前に気づいていたら、何かおかしいと気づけたのかしら。


 セシリアが地下に入った時、扉は開いていた。内側は普通の鉄扉と変わりなかったので、疑問を抱くことなく地下に足を踏み入れたのだった。

 もしも隠し扉のような作りになっていると気づけていたら、セシリアも少しは警戒していたかもしれない。

 とはいっても、もはや過ぎたことだ。セシリアは首を横に振り、今考えるべきは別にあると頭を切り替える。


「……どうやら、ここが書庫のようですね」


 長い通路を歩き、いくつかの扉を開けた後、前を歩いていたアベルが言う。

 セシリアも部屋の中を覗きこみ、所狭しと並べられた本棚と、びっしりと詰まった本の数々を視界に入れる。


「ですが、あまり使われていないようです」


 床につもった埃が、しばらくの間人が踏み入っていないことを示している。

 もしもここに悪魔崇拝に関する本があったとして、崇拝者たる男が立ち寄らないなどということがあるだろうか。

 セシリアが疑問を抱いて首を傾げると、アベルも同じことに思い至ったのかどうするのかと問うような眼差しを彼女に向けた。


 ――何もない、と決めつけるのは早計よね。


 どうせ他にすることなどないのだ。セシリアはこくりと頷き、中に入ることを示した。


 生命活動を終えている体のいいところは、環境に左右されないということだろう。埃によってくしゃみ一つ出ない体に、セシリアは皮肉じみた考えを抱く。


「ここにある本をすべて読むのは、だいぶ時間がかかります。ある程度しぼって探したほうがよさそうですね」


 部屋自体もそれなりに広く、敷き詰められるかのように並べられている本棚の本をすべて読もうと思ったら、たとえ二手に別れたとしてもそれなりの日数が必要となるだろう。

 見落としがないように片っ端から読むのが正解なのは間違いないのだが、国の騎士であるアベルにそこまで付き合わせては悪いと思い、セシリアは頷いて返した。


 ――また今度、一人で探しにくればいいでしょうし。


 家主である男もしばらくは帰ってこないだろう。一度逃げたのだから、アベルがいるかもしれないと思いながら戻ってくる可能性は低い。

 問題があるとすれば、セシリアの処遇がこれからどうなるかだ。


 アベルがセシリアを探しに来たのは命令されてのことだろう。とすれば、セシリアがどれほど訴えても一度は城に帰ることになる。

 セシリアの意を汲んで城から出してもらえればいいが、そうはならないだろう。


 ――優しいあの人たちは、危ないからと言って必死に守ってくれるでしょうね。


 もう二度と過ちを犯したくないと言って、厳重な守りを敷くだろう。許しを求めるのと同じように、セシリアがこれ以上傷つくことがないように注意を払うだろう。


 ――すでに手遅れなのに。


 それなのに許しを求め守ろうとするのは、セシリアの体が動いているせいだ。

 あの処刑の日に死んでいれば、真実を知った彼らが悔やみ涙したとしても、いつかは過去のこととして整理されていただろう。

 だがセシリアの体が動いているばかりに、自らの犯した過ちを突きつけられ、そして今からでも挽回できるのではと錯覚させられている。


 ――ここに手がかりがあるといいのだけど。


 だからなんとしても、セシリアはこの体をどうにかする方法を見つけたかった。彼らの心の救済を求めて、というわけではない。

 過ちを悔いる姿を見せつけられ、そしてもはやどうにもならないのに奮闘する彼らに耐えられなかったからだ。


 涙を零す彼らを見て、自分はもう泣くことすらできないのだと動かない胸が苦しくなった。

 悔やみ許しを乞う彼らを見て、許せない自分が悪いのかと思うこともあった。

 以前のように笑うことも泣くことも、喋ることすらできない体に、昔とは違うのだと――あの日からすべてが変わったのだと思い知らされた。


 ――私のために、そしてあの人たちのためにも、何か見つけないと。


 ほんのわずかな手がかりでもいい。この体を、この状況を打開できる策があればいいと、セシリアは並ぶ本の一冊に指をかけた。



 窓から入る日差しが減る頃になっても、なんの手がかりも得られないままただただ本をめくっていく。

 書庫には燭台のたぐいがなく、本を読むのに陽の光を頼りにしていたので、完全に陽が落ちれば文字を追えなくなる。

 それを危惧し、ランタンを事前に用意しておいたのが昼時を少し過ぎた頃。


 ――そろそろ火を灯したほうがよさそうね。


 ランタンの蓋を開けて中に火を点けると、セシリアの周囲が一気に明るくなる。これで続けて本が読める――そう考えたところで、セシリアの頭にアベルのことがよぎった。


 互いに手分けして探すということで、アベルは逆側の端から本を読んでいる。ランタンを探しに行った時にしか部屋から出ていないのは、入口側から本を探しはじめたセシリアにはよくわかっていた。


 ――食事はどうしているのかしら。


 セシリアが地下から引っ張り出された時は、まだ日が高かった。あれから何時間も経っているのだから、生きた人であるアベルの体が空腹を訴えていてもおかしくはない。

 セシリアは読んでいた本を閉じ、ランタンを手にアベルがいるであろう場所に向かう。


 ――なんだか、悪いことをしている気になるわ。


 床に腰を落ち着け、壁に背中を預けて本を読んでいるアベルの姿を見て、セシリアは心の中で自嘲した。

 アベルがセシリアの行動に従う義理はどこにもない。護衛騎士に任命されたからといって、食事を抜いてまで方法を模索する必要はないのだ。


 それなのにアベルは真摯に付き合い、真剣に本に目を通している。


 ――私がただ一言、帰ると言えばいいだけなのに。


 そうすれば、アベルはこんな――あるかどうかもわからない方法を一緒に探す必要はなくなる。城にいた時と同じ生活を送ることができる。

 護衛としてセシリアの部屋を警護しなければならないが、寝食の心配はなく、友人と語らうこともできるだろう。

 だがセシリアが諦めない限り、アベルが護衛騎士として付き合うことは、今の彼の様子からして一目瞭然だった。


「セシリア様、どうかされましたか?」


 一歩前に踏み出すと、靴が床を叩く音が響き、アベルが顔を上げた。そしてそこにいるセシリアを認めると静かな声で言う。


「こちらはまだ何も掴めていませんが……そちらで何か見つかりましたか?」


 その問いかけにセシリアは首を横に振り、アベルの横に腰を下ろした。それから、手に文字を綴ろうとして視線をさまよわせる。


 ――どうすればいいのかしら。


 アベルの両手は本を支えている。無理矢理に引っ張れば本が埃まみれの床に落ちてしまう。

 そんなセシリアの様子にアベルは苦笑を漏らし、手を差し出してきた。


 ――ランタンを探す時に、一緒にペンも探せばよかったわ。


 セシリアも心の中で苦笑を漏らしながら、差し出された手に文字を綴る。食事はどうするのか、という短い言葉を。


「食事、ですか……」


 言いよどむ様子にセシリアは首を傾げた。生きている限り、食事は必要なものだ。飲まず食わずで生活できる者はいない。


「……セシリア様はどうされるおつもりですか」


 続いたアベルの言葉に、セシリアは目を見張る。

 セシリアに食事の必要はない。城にいた時も、食事をとることはなかった。警護にあたっていたアベルもそのことを知っていたのだろう。

 だから、食事ができなくなったセシリアに気を遣っているということがわかり、セシリアはぎゅっと唇を引き結ぶ。


 ――私のことは気にしなくていいわ。


 逡巡するようにアベルの瞳が動く。どうするのが最善なのか悩んでいるのだろう。

 アベルは元王族――しかも王位争いをするほどの地位にいたとは思えないほど、騎士の精神をまっとうしている。

 主をさしおいて一人だけ食事をとることに躊躇してしまうのも、それが理由だろう。


 ――あなたに倒れられたら私が困るのよ。人も呼べないし、あなたを運ぶこともできないわ。


 セシリアは本を読み、花を愛でる生活を送っていた。倒れた大の男を運べるほどの筋力は持っていない。

 そう主張すると、アベルは口元に笑みを浮かべて「かしこまりました」と頷いた。

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